スター・トレック −叛乱−

 あんなに見たいと思っていた『踊る大捜査線』すらめんどうくさくなって行かなかった私なのだが、『スター・トレック』の新作ロードショーのためには早起きができた。
 いまさら『スター・トレック』の説明をするまでもないが、そもそもは1966年に『宇宙大作戦』というタイトルで始まった壮大なスペースオペラであり、テレビ・シリーズは500本以上、劇場用映画は今回で9作めになる。

   今回の私的観どころは、ILMからブルースカイVIFXとなったSFX特撮。これまでミニチュアだった宇宙船もすべてCGとなって、存在感もスピード感もコズミックそのものになる、はずであった。

 この夏には『スター・ウォーズ エピソード1 ファントム・メナス』が公開されるが、『スター・トレック −叛乱−』はそれに先立って話題になる、はずであった。

 ところが初日であるにもかかわらず、渋谷の映画館は開演時間になっても「空席あります」の札がかかっている。
 入り口付近にはすっかり登場人物になりきっているコスプレ・ファンと、彼らを取材しているマニアらしき人たちが群がっているが、それもまたなぜかもの淋しいのである。

 肝心の映画の前に、昼ひなかから、ニコール・キッドマンがオールヌードで出てきて、(たぶんヌードの)トム・クルーズと抱き合うというわけのわからない予告映画のシーンが流れて、「子どもがこんなのを観たらどうするんだろう」とひやひやしてしまう。
 アメリカならば女性の乳首やケツクボ(おしりのエクボ)が見えるようなシーンを無防備な大衆に公開したりはしないはずである。
 日本は自由なのか、無神経なのか、恥知らずなのか、よくわからないが、まあ、ショッキングさを狙った予告なのだろう。ドキドキしたことだけは確かなのだから。

 本編に関係ないオールヌードにドキドキしたことを除けば、実のところ、あまりドキドキはしなかった。
 お話もそれなりにおもしろかったし、お目当てのCGはかなりすごいものであった。
 それにも関わらず、観終わった後の充実感がいまひとつなのである。

 宇宙船をはじめ、景観、登場人物の顔やメイクなど、CGは各所に使われていて、それもこれまでのチープなCGとは違って「そのもの」だ。
 しかしそれでも本来わくわくすべき宇宙のバトルシーンなどでは「ああ、またバトルかあ」と思ってしまう。
 宇宙船であれ、登場人物であれ、撃ちあったり、殺しあったりするシーンは 見飽きてしまったようである。
 ピカード艦長とバクー族のアニージの恋愛コーナーも突然すぎて盛り上がりに欠けるし、データと少年の友情ストーリーも、わかるけれどわかりすぎて面白味がいまひとつ。
 思ったほどワクワクも、ドキドキも、ハラハラもなく、当たり前のような宇宙生活と宇宙戦争とつかの間の恋や友情と・・・それでどうやって感動したらいいの?

 感動しきれず、消化不良のまま帰宅したら、風邪が悪化した。
『スター・ウォーズ』は「泣ける」だろうか? 
 そんなことを思いながら、ケーブル局で放映している『スター・トレック』を観ている。

 ところで「スター・トレック」と「スタートレック」、どちらが正しい表記なんだろう。昔はナカグロなしだったように思うが、パンフレットには両方出ている。新旧で違うというわけでもないようだが、ちょっと気になるね。

 



ご意見・ご感想     淳子通信表紙にもどる