秘密のODENプロジェクト

 毎度のことながら、名刺整理にまたまたアタマから湯気が出ている。
   今週はシンポジウムやらイベントやらミーティングやらで名刺がどんどん溜まって、溜まって、溜まって、おまけに新しいことをやろうとしているためにいろいろな人に会わなくてはならないために、とにかく名刺の山になる。山だけならいいのだけれど(申し訳ないけど)ゴミも溜まる。ああっ、イライラするっ!
 この名刺の山を我が社では総務の担当者がコピーをすることになっている。
 コピーしたものを名刺入力のSOHOワーカーに渡し、毎月10日に入力され、出力されたものが私のデスクの上にきちんと置かれる、はずである。なのに1回としてきちんとできてきたためしがない。
 いったい何故できないのか。これは私が会社を創って10年以上のストレスである。名刺管理さえきちんとできていたら、私のストレスの10%は軽減されるに違いない。

 10年間、相手が変わっても同じ悩みが続いているということは、なにか根本的なことがいけないのだと思うが、いっそのこと人に頼まずに自分でやろうかと思うが、時間がない。
 私の会社のように、零細企業は100の企画案を提出して1つ決まればいいほうで、同様に1万人の人と出会ってビジネスにつながる人はその1%程度である。
 でも1%の出会いを見つけるためには常に人に会っていかなくてはいけないし、出会った人がすぐにビジネスにならなくても何年かたってビジネスになる場合もある。
 名刺は定期預金なんかよりもずっとずっとずっと貴重で、会社を支えてくれるものなのだ。
「名刺整理がなぜ必要なのか」ということを毎月説明しているにもかかわらず、なんできちんとできないのか、できない人間に対して怒る以前に、整理できない自分に怒りを感じる。
 私が自分できちんと整理できればそれでいいだけのことなのに!

 MITのメディアラボで筆頭教授をしているアレックス・ペントランド氏は、年間10万人くらいに会うそうである。そしてそのうち最低でも1万枚くらいの名刺をもらうけれど「とっておくのは3000枚くらいだね」という。
 人の名前と顔が一致するのは3000人くらいが限度なんだろう。
「だから、だれかに会ったときにその人の顔を感知して、どこで、いつ会った、だれ、ということを教えてくれるウエアラブル・コンピュータがあったらいいと思うんだよね」とペントランド教授が言っていたが、まさに名刺なんかなくても顔でデータがわかれば便利だ。
 でも、それでは連絡をとりたいというときに困るので、やはりどこかにデータベースを蓄積しなくてはいけない。
 メディアラボの研究のなかには靴の底にハードディスクを内蔵し、握手をしたときに体内電流で靴底のデータがお互いに交換できるというものがある。
 これなら名刺はいらないが、データを渡したくない人にも渡ってしまうという恐れもあるので、セキュリティー面が今後の課題になるだろう。

「靴底っていうのはあまりにも突飛だから、まずはデータカードでいいと思うんだよね」と、とある夜半、場所は渋谷のおでんやである。
 メンバーは某コンピュータ会社の研究者、某コンピュータ系出版社の編集者、そして私。
「シール式のメモリカードっていうのがいいと思うんだけど」
「なんでシールじゃなくちゃいけないの? バーコードでもいいんじゃない?」
「いや、やっぱり、もらう側から見てさ、『こいつはメモリシール貼ってないから、たいした仕事しないな』とか判断できたりしちゃうわけよ」
「なるほどね、ゴールドカードみたいなステイタスを持たせるわけね」
「でも、磁気カードじゃいけないわけ?」
「いや、そのメモリシールで特許とって、独占的に製造販売しちゃうわけ。でね、読み取り機を大手企業の秘書に無料で配布する」
「おおっ、それは! 名刺管理とか秘書は頭抱えてるだろうからね。秘書にとっては整理が楽なほうがいいから『社長、このメモリシールはいいですよ』なんてご忠信しちゃってね」
「そうそう。だからもう、全世界的に独占的シェアを占めちゃうからね。名称も登録しなくちゃね」
「それはいえるよな。じゃやっぱり、おでんやでできたから『ODEN』かね」
「おっ、いいね。発音はオーデンとかね」
「これからは『御オデン、頂戴できますか?』とか言うわけね」
「うん、いい、いい。これは機密保持契約を結んだほうがいいな」
「そうだね。オレたちはこれから世界の独占企業になるかもしれないんだからな」

 そうだ。これは世界征服企画だったんだ! こんなところで気軽に書いてはいけなかった。
 産業スパイに狙われたらどうしよう。それよりも3人でたてた「ODENの野望」はどうなる!?

 なんてバカな話を思いだしながら、目の前の名刺の整理を続行し、とりあえず「ふだん使う取引先」「取引はないけどよく使う」「使わないけど価値があるから捨てられない」「本当は捨てたいけど、しばらくとっておいて結果的に捨てる」という5つの山に分けることにした。
 分けてしまったために「取引はないけど」欄に入れたはずの人がもう見つからなくなった。
 まあいい。縁があるならまた会うだろう。そのときにまたもらえばいいだけのことだ。
 しかし、それはそれで同じ人の名刺が溜まる。

 年末年始、クリスマスカードだ、年賀状だというので大騒ぎになる。
 毎年同じ人に何通も味気ないハガキが届くハメになって、もう、アナがあったら入りたいほど恥ずかしい。
 父が死ぬ前までは「どうしてもこの人にだけは出しておかねば」という人には自分で年末年始3日間くらいを棒にふって賀状を書いていた。だいたい600枚くらいで、疲れて「あとはいいや」となってしまう。
 届く枚数を見ると、まあそのくらいの人数がほどほどではないかと思うが・・・・。




 




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