デカ長! 事件です!

 さすが12月ということだけあって、忙しい、忙しいといいながら、毎日飲み会が続いている。
 今日も今日とて、なかよしグループのオフ会があり、渋谷の某所で待ち合わせることとなった。

 待ち合わせの場所は渋谷の某パブ。
 入り口近いカウンターに、年のころ30歳くらいの、一見してエリート、インテリ、という言葉がぴったりとなじむような、そんな男性がひとり、英文雑誌を開きながらビールを飲んでいた。
 横目で観察してみると、襟元になにか丸いバッチがついている。
 ちょっと偉いのかもしれない、と思っていると、彼の携帯電話が鳴った。

   しばらく小声で話したあと、彼はやおら、
「おい、もう、泣くな」
 と言った。(「おい、もう、泣くな」だぜっ!)と私は思った。
 結構いいオトコなのでオンナを泣かしているのか、遠距離恋愛中なのかとか、そんなことを思いながら、つい耳をそばだててしまった。すると、ことは意外な方向へ・・・。

「まあ、いいじゃないか。ムショで年を越さなくてすんだんだから。自首してよかったな」
 なんと、恋愛どころか、電話のお相手は前科がある方のようである。
「おまえもこれでわかっただろう。えっ? そうだ。これからがんばってやっていけばいいんだ。できるな? いや、おまえならできる。俺の事務所に来てよかったな。親の言うことをきいて、がんばらなくちゃいけないぞ」などなど、まるでテレビドラマのようなセリフが次々と出てくるのである。(しかもかなりかっこつけて)
 よもや「どっきりカメラ」ではあるまいと、おもわず周囲を見渡してしまったが、彼はいたってマジメに携帯電話に「大声で」「これでもか」というような感じで話している。
 ふふーん。検事か、弁護士か。「自分ってすごいんだぞー」って言いたいわけね。(私はそういう威張りんぼ君は=人によっては=案外好きだったりすることがある)
 まるで「金八先生」の武田鉄也みたいに、これ以上クサイ台詞はないだろうと思われるような台詞をぽんぽん言うこのオトコって・・・。
 私はかなりドキドキと耳をそばだててしまったのだった。

「息子さん、自宅で新年を迎えることができてよかった」
 話相手はいつのまにか親に替わっているようだった。
「これからはあなたがお子さんの手本です。いいですね。子どもは親の鏡といいますから、あなたがしっかりしなくちゃいけませんよ。まだやり直せます。ハタチそこそこですから、これからの人生はいくらだって、なんだってできます。いいですか。親の愛情がすべてです。私はコドモがいませんからわかってないかもしれませんが、親子ならではの情っていうものがあるでしょう。あなたを見て、息子さんは生きていくんです」・・・・

 今日ほど私はICチップで1時間録音できる超小型録音機を持ちあわせてないことを悔やんだことはない。
 それほどまでに芝居がかった台詞の連続で、隣りにいてビールが一気にまわってしまったくらい「ドラマチック」(この場合単純に「ドラマみたい」と訳す)な人なのだ。
「子どもがいない」というからにはまだ新婚なんだろうか・・・なんてことも思いながらも、耳はどんどんダンボになっていく。
「あの、お連れの方、あちらに席ができましたけど・・・」
 やおら店の女の子が割り込んできた。ちょっと、ちょっと。いま、いいところなのよ。「あ、私、ここでいいです」と待ち合わせなんかをすっぽかして、眼の前のビールに集中しているふりをして・・・。
「あちら、お連れですよね? 席が・・・」またまた別の女の子がやってきた。
 なんてサービスがいい店。でも、今日はいいのよ。
「席が空きましたよ」とついには3人めの女の子登場にも関わらず「いえ、この席でいいです」と、隣りの男性の会話に耳をそばだてて・・・あれ? いつのまにか電話は終わっちゃったじゃない。

「年末にね、保釈されてきたのがいて電話がかかってきたんだよ」
 今度は彼は店の女の子に話し出した。
「ん? 傷害。年末は自宅でできてよかった。ところで、年末はなにしてるの?」
 どうやらその男性は弁護士で、そのパブの常連のようであった。
 そして、バツイチで、前の奥さんはあんまり売れていない女優で、それでも大河ドラマなんかに端役で出ていたらしい。正月は40畳もある部屋にビールを何十ケースも注文するような実家が日本橋にあり、どうやらそのパブの女の子を口説こうとしているように見受けられた。年末年始は家でごろごろしているけれどテレビとかはあまり見ていない。だから元妻が女優だったからといってタレントや業界などに詳しいわけではない、などなど。
 女の子のほうはといえば、格段に美人というわけではないが如才なく、話ながらも手はしっかり動いているという働き者タイプで、とりあえず「常連客のひとり」として躱している。
 けっこういいオトコなのに、なんだかもったいないなぁ。パブのバイトなんか口説くなよぉ。いや、パブのバイトがいけないっていうんじゃないんですけどね。もっとハイブロウな会話してほしいんですだけど。隣りで聞いている限りでは、聞かれもしないのに勝手に自慢話をしているだけなんだもの。

 それにしても、電話のときと、女の子に対して話すときと、話し方の違うこと。
 電話は本当にドラマのワンシーンみたいだった。
 なんだか偉そうに、そして「あなたはなんとかなんです」とか「これからだ。いいな」とか、まあ、そんなふうな断定的な言い方が演技がかってちょっと笑えるほどかっこつけていたのだが、女の子の前では気取ったひとりのオトコという感じで、話の内容と反比例してハタ目にはなんだか情けないオトコに成り下がっていた。まあ、そんなものだ。
 あたりさわりないことを聞いている女の子に、思いっきりかっこつけて話しかけているので、私の反対側隣りに座っていた女の子などは「ぷっ」と吹き出していたほど、とにかく最初から最後までかっこつけていたが、若いから許されるのかもしれない。
 同じことを40すぎてやっていたら、しょぼくれたオヤジだよなあ・・・。

 なんてことを思っていると、あと一歩でしょぼくれるかもしれないというオヤジ予備軍がやって来た。(まだ、しょぼくれてないから安心して、と読者サービスをしておく。最近いろいろな人が読んでくれているので油断もスキもないからね)
 そうそう、冒頭タイトルの「デカ長」というのは、このオフ会のメンバーである某社長のサブニックネームである。
 デカ長はメーリングリストのなかで数々の事件のヤマを踏み、歌を詠う天性の詩人である。
 渋谷では迷子になってもジャケット売り場をチェックして余裕を見せたりもして、また雑踏のなかで英語で携帯電話してついつい自己陶酔してしまったりもするオチャメな方でもある。
「で、だから、そのオトコはなんだってわけ?」
 デカ長、ちゃんと聞いてくださいよぉー。



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