夢の途中

 寝言というのは自分ではよくわからないものだけれど、ときどき、楽しくてくすくす笑って、あまりにも楽しすぎて目を覚ましてしまってくすくす笑っていたことがある。
 昔、鎌倉で飼っていた猫も、縁側でうたたねをしながら、くすくすと笑っているようなことがあった。
 そんなに楽しいことなのに、目を覚ますと覚えていない。
  なにがそんなに楽しかったんだろうと思う。

 ラスベガスにいるとき、ある晩夢を見た。
 夢の中で私はある人からのEメールを読んでいた。
 そのEメールはとにかく長くて、内容はまるで論文のようにきちんと論理的、学術的にいろいろなことを分析して説明していて、それがまたすばらしくおもしろいのだ。(全然ラブレターでもなんでもないところが私らしいというか・・・)
 なぜかキャノンのデジカメについて、光学的な評価であるとか、一眼レフとの相違であるとか、私が知るはずのないような知識までもがたくさん書いてあり、私はわくわくしながらその文章を読み進んで、読み進んで、読み進んで・・・
 そして突然目が覚めてしまった。
 すごくおもしろかったのに、なにも覚えていなくて、ただ「おもしろかった」ということだけが脳裏に残った。
 あんなにおもしろかったのに、なんでなんにも思い出せないんだろうと、一生懸命夢の中のシーンを呼び戻そうとするのだけれど、終わってしまった夢には戻れない。

   夢の中でなにか悲しいことがあって、目が覚めたら枕が涙で濡れている、なんていうこともある。
 ヒナコがまだ言葉をろくに話せない赤ちゃんのころに、いきなりほろほろと涙をこぼして「なんだか悲しくなっちゃった」と言ったことがあるそうだ。
 なにが悲しいのかわからないけれど、突然、脳のどこかでなにかを思い出しているのかもしれない。

 楽しいことも、悲しいことも、そのときそのときは「絶対忘れない」と思うことはたくさんあるのに、年を重ねていくとひとつひとつ、忘れていく。
 鍵のかかった引き出しの中にしまいこんで、そこにあることさえも忘れてしまった宝物のような。そんな思い出が、ときどき夢の中にふわっと舞い出てくるのかもしれない。 
 大好きだった音楽、大好きだった本、大好きだった空間、大好きだった人・・・・

  これからもまだまだ出会う、たくさんの「大好き」
 忘れていくかもしれないけれど、いつかまた、夢の中で会えるかもしれない。  

 

 



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