
先日、六本木のヴェルファーレというバブリーなディスコで、おなじみビットバレーの大イベント「ビット・スタイル」が開催された。
午後8時開場を前に、1000名以上がすでに並んで、おもわず「めんどうだなー」と思ったものの、私は3月2日に幕張国際会議場でビットバレーっぽいシンポジウムに出ることもあって、関係者面して入らせていただいた。しかし。 前回は石原都知事が来たというので話題になったが、今回はなんと日銀総裁の速水優ちゃんが来ていたのには驚いた。いったいなぜ?
そしてVIP席といえば、マネックス証券、マザース、Dnaなどなど、お金の匂いをぷんぷんさせている人たちで溢れていて、お金に縁が薄い私は居心地が悪いったらない。
そして、もっともお金をちらつかせ、じゃないけど、金持ちぶっていたのは、もちろん日本のゴッドファーザーを目指す(?)ソンマサヨシ氏である。私はタダで入った手前(?)ステージでなにが起きていようと関係なく周囲の人々と雑談していたのだが、あとで聞いたところによれば、ソン氏はわざわざ3000万円払って飛行機をチャーターして海外から戻ってきたのだと発言されたのだそうだ。
ばかやろー!!! 調子にのるなー!!!
3000万円どころか、30万円がなくて悩んでいる経営者が全国には何百万人も(たぶん)いる時代に、ばかじゃない?
「ボクはこんなにお金持ちなんです。あなたたちもボクを見習ってお金持ちになりなさい」とでも言いたいのか。それとも「ボクはこんなに国際的に忙しいのに、あんたたちのために(この部分、傍点つけて読んでね)、わざわざ大枚はたいて返ってきてやったんだよ」と言いたいのか。
もう、呆れかえってお口あんぐりである。
そんな発言を「やっぱりソンさんてすごい」なんて納得する人々がいるのも情けないと思う。はっきり言って、私から見れば、こういうことでしか威張れない男は最低だ。
3000万かけて返ってきたからといって、男たるもの、そんなことをいちいち報告するか!?
ソンマサヨシ氏がいかに苦労したかとか、いかに資産があるかとか、そんなことは関係なく、こういう発言は、芸者を前に札束を見せびらかすオヤジ同様に、品性が卑しい証拠である。
つまり、私はお金持ちが悪いということではなくて、お里が知れるような成り上がりは嫌いであるということなのだ。お金持ちというのはブルジョワであり、ブルジョワであるならば、知性も品性も兼ね備え、資産は文化に貢献すべきであるというのが私の理想論である。
品性といえば、私はあえて、大阪の品性のなさについて書いてしまおうと思う。
残念ながら日本ではこうした真たるブルジョワよりも、立志伝的成金がもてはやされる風潮があって嘆かわしい。たとえば叶姉妹・・・
あんな下品な金持ちがいるか?
あんなものがエレガントだと信じている人がいるとは思えないが、信者のようにくっついている女性たちを見ると、あながち信じているのかもしれない。
もちろん、横山ノック元府知事のことである。
以前にも書いたけれど、犯されたわけでもないのに大騒ぎするバカ女の口車に乗る、これまたバカ女の群れにあきれかえるし、そんなバカ女を見抜けずに雇い、さらに(やっていないかもしれないけれど)お触りタッチするノックもバカものである。
太田房江新府知事は女だから女性にはセクハラはないだろう。
しかし「女の権利を守れ」と言うなら「やめてください」と言えるだけの勇気と常識を持ってから言え、と私は言いたい。
触っただけで大騒ぎして府知事をクビにするとは、狭量以外のなにものでもない。
また、そんなことくらいではクビにはならないであろうと思っていたとしたら、ノックもまた狭量である。
知事であろうがなかろうが、男の評価は仕事と品性であると私は思っている。そして加えて、ロマン溢れる野望である。男は野望を以て天下を取るべきである。
そのときに、目先のくだらなことに巻き込まれるのは愚の骨頂だ。
また、庶民と同じレベルで比べて自分は偉い、あるいはすごいと思っているならば、それもやはり天下人たる者の考え方ではない。
天下を取るということは、金や力で民を征することではない。
その人が没したあと、人々の心のなかにいかに存在を残していくかが本当の天下の取り方であると私は思うのである。
そして、私は男ではないけれど、そんな天下人のひとりになれたらすばらしいと思う。
目先のお金がないのは苦しいし、たいへんだけれど、そんなことはどうでもいいことだ。私たちはお金のために生きているのではない。ただ生きるためだけに生かされているということを忘れてはいけない。
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