
幕張のイベントの興奮も冷めやらぬ3月8日、私は寺沢武一の代理として、スペインのグラナダという小さな町で開催されたコミックフェスティバルに招聘された。
スペインは93年にバルセロナで開催されたFICOMICというコミックフェスティバルに招聘されたことがあるが、その当時はまだ日本のマンガやアニメは大ブレイクとまではいっていなかった。
それがここ数年、急激に人気を博して、いまやヨーロッパではフランス以上にブームになっているのだという。フランスにはトンカムという日本のマンガを多く扱って成功しているマンガ専門店があるほか、テレビでは日本アニメがたくさん放映されているが、スペインでも日本マンガ、それも翻訳されていないオリジナルを求めるマニアが増えているのだそうだ。
寺沢武一に関しては、数年前に「スペースアドベンチャー コブラ」と「鴉天狗 カブト」のアニメがテレビで放映され、特に「カブト」は人気があったのだという。
実はこの「カブト」は制作会社が倒産し、海外版権を所有しているK・・という会社はまったくレポートを提出しない詐欺まがいの企業であり、当然スペインでの放映権料などは入ってきていないのだが、どうやらビデオも売られているのだという噂であった。
そんなことを確かめるということもあり、老体に鞭打ってスペインくんだりに出かけることにしたのだ。
そもそもヨーロッパはあまり興味がなくすっかり「アメリカン」な私に対して、寺沢武一はたぶん、世界でベスト3にあげたいほど好きな国であるはずである。
今回はスケジュールの都合で行けなかったが、返す返すも私ではなくて寺沢を参加させてあげたかった。そのグラナダ。
めっぽう遠いのである。
成田まで東京駅から70分。空港で待つこと2時間。成田からフランクフルトまで12時間くらい。フランクフルトからマドリッドまで3時間。そして! 深夜0時すぎにマドリッドからワゴンカーに乗って4時間の遠距離ドライブである。
「ヨーロッパは鉄道とかないから、クルマやバスはあたりまえだよ」と、あとで寺沢が言っていたが、お嬢様の私は飛行機がエコノミーチケットであるというだけでご機嫌ナナメである。とばっちりで、ドライブ中には同行者の指をドアに挟んでしまうというアクシデントまで起こしてしまった(山田さん、ほんとうにごめんね)ほど、往きの段階からして疲れきった。
でも、こじんまりとした町で、主催者をはじめ町の人たちが温かく迎えてくれて、ほんわりと、のんびりと、アットホームに落ち着いて・・・・ところが、私にはこれがまた落ち着けないのである。
着いてから3日間インターネットが接続できなかった。
それだけで、毎日毎日、なんだかいらいらするのである。
4日めにやっとインターネットカフェを発見してアクセスしたら、それほど重要なメールもなくて、それはそれでなんだか肩透かしだったのだが、ネットワーク依存症であることがすっかり判明したといってもいい。
毎日「インターネットがつなげない」ことがアタマのなかをクルクルとめぐっているのである。
実際には、ホテルの回線がパルスと判明して、帰る前日には部屋からアクセスできたのだが、なんだか大変な騒ぎようで、我ながらちょっとはずかしいといまになって反省する。同行の只野和子さん(http://www.aft.ne.jp/kazz/)はなかなかの人格者で、不満ひとつもらさず、旅をエンジョイしているようだった。ほんとうに頭が下がります。
また、私と彼女の興味の対象がかなり違っていて、主婦歴14年という彼女は食べ物には目がなく、おみやげの大半が(聞いているところでは)食料のようだった。
「これね、日本で買うと高いのよー」といってウキウキとスパイスなどを見せてくれるところは、さすがベテラン主婦といった感じ。
私などは「じゃあ、買って帰ろうかなあ」なんていいながらも、結局は食べ物はやんごとなき方用のチョコレートと、ヒナコと社員用のお菓子くらいのものである。
また、只野さんはおいしいものを食べるとからだじゅうで表現することができる人で、弊社のズズと対戦させたいくらい「おいしいもの大好き人間」のようで、見ていると飽きない。
身長も小さくて、ちょこちょこしているので、なんとなくペットのような感じ(ごめんね)で、見るものを和ませてくれる。
一方私はといえば「スペインは日本の3分の1くらいの物価」と聞いて、「日本で10万円くらいするものが3万円くらいで買える」というようなゴージャスなお買い物がしたかったのだが、結局はそんな高級なものは見当たらず、ヒナコのための本場のフラメンコのドレスとか、妹に頼まれたハンドバッグと財布とか、そのほかちょっとした化粧品とか、そういうものを物色してばかりいた。
デパートに行っても、私と只野さんの趣向はほとんど一致していなくて、それはそれでおもしろかった。ところで、グラナダは、人口25万人のうち、学生が5万人、つまり町の人の5人に1人が学生だという。
週末ともなると(週末でなくても?)深夜2時、3時でも、町のクラブは若者で賑わう。
「アルハンブラ」という地ビールのほか、ビールと炭酸のカクテル「クララ」や「殺人ワイン」(あるいは人殺しワインと呼ぶ店もあるサングリア)、ワイン、カクテル・・・どれもが100円くらいで、オーダーすると「タパス」というおつまみがついてくる。というか、「タパス」がおつまみという意味に近い。
トウモロコシのパンを粉々にしてベーコンやソーセージと炒めたものが出てきたこともあれば、生ハムがはさまったコペパンくらいの白パンが出てきたこともある。一口サイズの豚肉をオリーブオイルで炒めたものも定番とのこと。
そうしたものをつまみながら、わいわいと大騒ぎする。変わったところでは「アバ」というビールのおつまみ用の豆を食べた。
これは30cmくらいの長さのサヤに入っているそら豆の一種で、生で食す。
ほんのり苦みと甘みがあって、さっぱりした味。
コミックフェスティバル会場でのある日のタパスはこの豆で、大人も学生も、片手にビール、片手に豆のサヤを何本も握り締めていて、なかなか素朴であった。
またある日のランチは、直径2メートルくらいの特製鍋による500人前パエリアが作られ配給されたことがあるが、これもなかなか美味であった。
こうした食べ物の話も含めて、グラナダ・レポートは先の只野さんのサイトでも克明に紹介されるはずだ。というか、私の推測では、たぶん、食べ物特集になるはずだ。だって、只野さんの「おいしーいっ!!!」っていう顔をたくさん撮影したからね、私は。肝心の講演は(たぶん)成功だった(と思う)。
土曜日の午後1時からたっぷり1時間30分「寺沢武一とデジタルマンガ」について語った。
寺沢のデビューにからめて、簡単に日本の「少女マンガ」を紹介したが、これは定番。というのも、アジアをのぞく海外では「少女マンガ」というジャンルはないので、かならず紹介することにしている。
今回は、付録がぎっしりつまった「少女コミック」と、総ページ数が800ページ近くある「結婚物語」というタイトルの「YOU」の別冊を手土産にした。
「日本では『結婚』ということだけをテーマに、30人以上の作家が、これだけの作品を描くことができる。でも、だからといって結婚の種類がたくさんあるわけではない」と、ちゃんとオチもつけるあたりは我ながら慣れたものである、なんちゃって。
参加者は100名弱で、大学生くらいが多いように見えたが、熱心にメモをとる人も数人いて、こちらも真剣にならざるを得ないような熱意を感じた。
スペインのテレビ局や雑誌にも取材されたが、日本のマンガについてというより、マンガのデジタル化やデジタルマンガの今後についてという質問が多かったのは嬉しかった。「日本の出版社と契約したい」という作家などもいたが、残念ながらヨーロッパのコミックは日本の土壌にはあうとはいえない。
ストーリー性とアクションが豊富な日本のマンガは、やはり日本独自の文化といえる。
私が見たなかでは、Loloというイラストレーターと「Kiss」というアダルト・コミックが秀逸だった。
「Kiss」はどの号を見ても「やる」ことしか描かれていない(このあたりで弊社のM子嬢は「やめてくださーいっ!」と悲鳴をあげるだろうが)のだが、ハダカの男女の絡みを描くだけあって、どの作家もデッサン力がある。
しかし、デッサン力があるからといってイケるかどうかというのは別問題で、日本人の感覚でいえば(私は大嫌いだが)青臭い大学生だの目のでかいロリコンだのというほうがいいのかもしれない。最後になるが、今回私がなによりも嬉しかったのは「グラナダのマリア」に会えたことである。
スペインには各地にその土地の「マリア」がいるそうで、グラナダのマリアはキリストが死んだあとの悲しみにくれているマリアなのだという。
私は、神社仏閣を含めて、神様チックなところが比較的好き嫌いが激しい。
場所によっては非常に居心地がいいし、また、いてもたってもいられないほど居心地が悪いところもある。
グラナダ唯一の観光ポイントといえるアルハンブラ宮殿にはついに行くチャンスがなかったが、逆にいえばそれほど「そそる」感じがしなかった。
ところが「グラナダのマリア」は、なぜか見たかったし、偶然とはいえ、宿泊していたホテルの隣りにその教会はあった。
滞在中、ほんのわずかではあるけれど、計3回、私はそこに通った。
最後の日曜にはミサも見ることができた。
私はキリスト教の信者ではないけれど、その教会に足を踏み入れるとなぜか感動し、涙が出てきた。
不思議なことに、毎回、同じ感動があった。
たぶんそこは、一種のパワーポイントなのだと思う。
私は特になにかを祈るということはしなかったけれど、マリアに会えてよかったということだけはわかった。
もし、万が一もう一度グラナダに行くことがあるとしたら、やはり私はマリアに会いたいと思う。帰りはグラナダからマドリッドまでセスナ機で移動。熟睡していた私はまったくわからなかったが、只野さんいわく、恐ろしく揺れたという。
マドリッドでは風邪が本格的になって、翌朝出発までぐっすり(ぐったり?)眠りこけた。
私の行いはさておいて、たぶん只野さんの行いがよかったのだろう。フランクフルトから成田まではビジネスクラスで帰ってくることができて、私の文句も少し減った。
その日は成田から荷物を送り(早朝に到着したので、なんと同日に自宅に着く! たった千数百円で!)、それでも一旦自宅に戻って着替えてから、かねてより予定されていたシンポジウムで講演、
夜は会社でミーティングを朝3時まで行った。
いきなりのハードワークだったが「仕事をしている」という実感が戻ってきてほっとした。
今日はスペインを思い出して、自己流パエリアを作った。
オリーブ油で米を炒めてから、チキンライスの素(たまたま家にあったサンリオ製のもの。妹がくれた)と水を入れて煮る。それだけ。風邪をひいているから魚介類などは入れなかったが、なんとスペインで食べたパエリアの味になった。まあ、そんなものである。
只野さんからメールが来て、スペインで買ってこっそり持ち込んだ生のホワイトアスパラガスはおいしかった、とあった。
これからしばらくは彼女のうちはスペイン料理三昧なのかもしれないと思った。
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