
私はスポーツは政治と同じくらいノンポリなのだけれど、千葉すずという水泳選手が水泳協会にケンカを売ったというニュースはちょっと興味を引かれた。
千葉すず、24歳。水泳選手としてはオリンピックに出られて当然というくらい上手(?)な人らしい。
でも、ちょっと生意気で、鼻っ柱が強く、いいたいことを言うらしく、年配者たちから見れば「かわいげのない女」の代表選手らしい。
そんな彼女が、オリンピックの選考会で「まあ、このくらいの成績にしておけば選考されるだろう」と力を抜いて(それでも記録は出したらしい)泳いだことが、たぶん「態度が悪い」とか評価されて、選考に落ちたのではないか、と彼女は考えたらしい。
そこで彼女は「私が選考から落ちるなんて納得ができない」と、国際的な調停組織にぶちまけた、というようなことのようである。
あんまりよく知らない話だから「らしい」とか「ようである」とか、推測の文章が続いてしまったけれど、要は「落とすなら落とす理由をはっきり明示しろ」という要求を選手が(はじめて)協会に対してつきつけたということが大事件のようなのだ。(とまた、推測文になってしまったが)ここで、おもしろかったのは記者たちの反応で、協会サイドの態度をよしとせず、一見小生意気に見える千葉すずを「よくぞ言った」とばかりに持ち上げたのである。
しかし、千葉すず、少々ズにのって口がすべるあたりは危うくて見ていられない。
千葉すずをコントロールするマネージャーはさぞやたいへんだろうと思う。
確かに今回千葉すずが言っていることは正論(に近い)であろう。
では、水泳協会とかつての大御所先輩選手たちに正義を振りかざして、彼女は本当に勝利するだろうか?実はかつて私は、大手を敵にまわして、とんでもない目にあったという経験の持ち主である。
会社をつくったばかりだから、もう10年以上前になる。そろそろ時効かもしれないが、まあ詳細はおいておこう。
とにかく、正義はこちらにあった。
私はなにも悪いことをしていないし、後ろめたいことを何ひとつ行ってもいない、正真証明清廉潔白な女であり、社長であり、プロデューサーであった。しかも独身。
そこへある会社がいちゃもんをつけてきた。
<ヤ>で言えば「当たり屋」みたいなものである。
仕事を妨害してきた。
いやがらせの電話や、仕事関係をつぶしにかかった。
理由は簡単である。
その業界にまったく縁もゆかりもない、一介の20代の素人女が堂々と仕事をされては「シマが荒らされる」と思ったのだ。私は弁護士を雇った。
日本の著作権法制定に関わったというくらい、由緒正しいすばらしい先生に、偶然の運で出会うことができた。
今は亡きその名弁護士先生は、弁護士であれば「お金を払ってでもレクチャーを受けたい」と思うほどの大御所で、私は文字通りお金を払って、いろいろレクチャーしていただく機会に恵まれた。
私にとってはとんでもない高額であっても、その世界では「え? それだけであの先生が?」と言われるほどの破格のボランティア価格だった。
価格はボランティアでも、先生はホンモノなんだから、あとは大船に乗ったつもりでいようと思った。
が、この船は泥船だった。
先生が悪いんじゃない。相手が悪かったのだ。
そのうえ、気がついたら相手が増殖しているのだった。
「私はなにも悪くないのに、なぜ?」
私はほんとうに不思議だった。
毎日のように新手の嫌がらせを仕掛けてきた。
こちらが立証しようとしていると次なる手を打ってきた。
兵糧責めと同じで、こちらが体力と資金がなくなるまで、嫌がらせを続けるつもりなのだ。敵にとって、(何度も書くけれど)独身の、ノンキャリアの、独立自営の、素人の、女、なんて正に「フィールドにいれたくないものナンバーワン」であった。
夜の銀座のある店では
「伊藤淳子もバカだよなあ。一番最初に謝っておけばいいものを」
という囁きもあったのだそうだがそれもむかつくではないか。
敵が関連する企業が次々と圧力をかけてきて、あげくのはてに
「火のないところに煙はたたないはずだ。これだけなにか言われるにはそれなりのことがあるはずだ」と
よくわけのわからない冤罪裁判みたいなことまでやられた。結局、私は死ぬまで戦うつもりだったが、諸事情があり、結果的には屈服したのである。
「あんたの言うことは認めないけど、金を払うからもううるさくしないでね」と
当時ならVシネが1本できるくらいのお金を1年間にわたって支払った。
屈辱的エンディングではあったし、授業料としてはとてつもない金額であったけれど、その経験は「業界に一生いても体験できないよ」と人に言わしめるほどの体験だった。で、なにがいいたいかと言うと、その当時は「自分は正しい」ということだけで突っ走り、それが果たして戦略的によかったかどうか、ということである。
一時は敵の社長室に単身切り込み、契約書を振りかざして、「これに判を押したのはあなたでしょう!」と詰め寄った。
そうした「正義感」がいちいち「先人」のカンに触り、火に油を注ぐことになったのだと気がついたのは、それから何年もたったあとのことである。
「長いものに巻かれる」ということがビジネスの上でどんなに大切なことか、「薄汚い」とわかっていても男どうしの結託を見て見ぬふりをしながら(時にはそれらの仲に入るために身を投げ出すことさえあっても)最終的に儲かってしまえば勝ち、というのが勝負なのである。
「正々堂々」などという言葉は存在しないのだ、とそのときに感じた。
まわりを見渡せば、そのときに<ヤ>同様のオドシをしかけたT社はいまだ健在だし、NHKの関連会社の名刺で詐欺まがいの契約をしたK社などもとんでもなく大会社になっている。
「問題があるのはおまえだ」といった放送局はいまだに安穏としているし、その他増殖していった関連している企業はどこも健在である。では私もそうした企業に習って「悪人」になったかというと、やはりネがバカ正直だからダメなのである。
バカだから人をだませないし、自分をもだませない。
だからちっとも儲からない。
そんな私を当時助けようとしてくれたのは、寺沢武一だけだった。
だから寺沢先生には足を向けて寝られないし、一生返しても返しきれない恩がある。
でも、がんばってきたおかげで、いまならもう少し、応援してくれる人がいそうな気がする。
「正しいことは正しい」と言える時代になってきたように感じる。千葉すずという人を私は知らない。
彼女が正しいかどうか、それもわからない。
でも、「勇気ある発言」と認める人がいるのはいいと思った。
だめならだめと理由を糾す、モノの道理というものが通用するのはいいと思った。
ただし、突っ張っている若者がすべていい、というわけではない。
年寄りや先人にはそれなりの経験があり思慮分別があると思う。
そうした老若男女が平等に意見を言えるのがいい。
みんなが同じように幸せになるという結末はあまりたくさんはないかもしれないけれど
順番に幸せになるにはどうしたらいいか、考えていければいい。
千葉すずの会見を見ていて、彼女の意見のよしあしはさておいて、
目がきらきらと輝いていて楽しそうだったのが何よりであると思った。
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