日本世間噺大系

少女時代から文学少女だった私だけれど、伊丹十三(いたみじゅうぞう)の文章が大好きだった時代がある。
軽妙な語り口でシニカルに世間を分析していたかと思えば、ばかばかしいことを大仰に論じていたり、文章表現の多彩さは、椎名誠や南信坊といった元編集者のエッセイを好きな人ならわかってもらえるかもしれない。
なかでも「女たちよ!」というエッセイ集は秀逸で、何度も何度も読み返しては「こういう文章家になりたい」と、高校生の私を思わしめた。
どの本に収録されていたか忘れてしまったが、「犬の歯を抜く方法」とか「もぐらを退治する方法」、「醤油を1リットル飲んでしまったときの解毒方法」といった、いっこうに実用的ではない実用コラム(もちろんフィクション)が大好きだった。
ちなみに、犬の歯を抜くには、5センチくらいの厚みの大根をあつあつに煮込んで2本の菜箸に刺して、「ほら、ポチや、大根だよ」といって見せると、がぶりとかみつく。
ところが、あまりの熱さに口を開けると、おもわず歯が大根に残ったままになってしまう、という話だったと思う。
そうしたばかばかしい話を語る伊丹十三の父親は伊丹万作という映画監督かなにかだったとかで、子供のころの十三に「線路は片側がくっついているが、片側は開いている。でも、油断しているとくっついてしまう。だから、ぱっと振り向くと、広がっている線路が見えるはずだ」とだました、というような話もどこかに書いてあって、親が親だと子も子であると思ったものだった。

そんな伊丹十三の本「日本世間噺大系」が書棚から出てきた。
昭和51年5月刊行。つまり、1976年。いまからほぼ25年前の本だ。
たまたま読み返して、私は当時とは違う感動を覚えた。
彼は「情報」というものについて、すでにいろいろな示唆を与えている。
たとえば「大都会の生活者は、お互い、役割りをしか演じるべきではない」とか、「日本人は、情報を吸収せねば遅れをとると思っているから、時の流れに乗るのに必死である」なんてことが書いてあったりする。
あるいは、飛行機の座席をとるために走り(このころは指定じゃなかったのだろうか?)備え付けのユーティリティーをすべて試さなくては気がすまない男の話は、現代のテクノロジー・ドリブンの男性たちを連想させる。
コーラやファーストフードを与えすぎる親たちによって将来どういうことがおこるかという整体師の話は、まさに幼児性成人病や幼児虐待の親が増えている現在にシンクロする内容だ。
目が不自由なマッサージ師に、「りんごを写真に撮影したときに、それはどう見えるのか」と説明する話では、「平面で立体がわかる」ということを言葉でどのように表現できるか、ということから、ヴァーチャルリアリティや認知工学などを連鎖的に考えてしまった。

話は飛ぶが、数日前、月刊A誌のSさんがインターネットとメール利用の取材に来てくれた。
カプラーこそ持っていなかったものの、80年代後半にワープロ通信から始めた(しかもそのころのワープロは3行くらいしか表示できなかった、と思う)私は、「メール利用の推移」について、語らせていただいた。
メールの利用頻度と利用方法は、デジタル機器の普及と密接に関係し、動いている。
しかし、利用者のリテラシーは変動していても、「メール」という「情報ツール」の持つ方向性は20年たってもまったく変わらないと私は思っていて、そういう話をしたのだ。
「SIGGRAPHというCG関連の海外の学会で「20年前の作品集」というのを何年か前に見たことがある。それは、現在のコンピュータで制作できるものとあまり大差はないように思えた」
「制作日数とマンパワーのコストパフォーマンスを考えると、20年前といまではやっていることがほとんど変わらないように感じた」
そういうと、Sさんも「振り返ってみると、80年代くらいが一番おもしろいものができてたように思いますね。それまでなかったものが次々出てくる時代がありましたよね。それを考えると、いまは技術は進歩しているかもしれないけれど、おもしろいものがあんまりないですよね」と。

私は技術的な開発が自分ではできないからなおさら思うことがあるのだけれど、結局のところ、技術力よりも「哲学(フィロソフィー)」の持ちようではないだろうかということを言いたかったわけ。

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