
「人畜無害な人」
私の妹の夫になった人は、もともと私の趣味友達である。趣味というのは、例の、しごくマイナーな、ブルーグラスという音楽のことで、かつてコンサートやライブに「うら若い」少女がひとりで行くなどということは考えられない時代に、私は一緒に遊んでもらった仲なのだ。 同じ名字であったため、人に「どういう関係?」と聞かれると、私たちはかならず「きょうだい」と答えていた。 彼はとてもお金がないということを抜かせば、明るくて、楽天的で、相談相手としては抜群の聞き上手で、私にとっては「人畜無害友達ベスト10」にいつも上位ランキングされている人であった。
その彼がなぜ、私の妹と結婚したかはよくわからないのだが、もっぱら「本当のきょうだいになりたかった」というのが有力な噂である。年齢から言えば彼のほうが私より1歳上であるのに、妹と結婚したために、私のことを「ねーちゃん」と呼び、結構嬉しそうである。
先日、父の法事のときに、彼が母に向かって、
「かーちゃん、俺、いまだから告白するんだけど、トモコと結婚する前に、ねーちゃんのとこに泊まったことがあるんだ」と言った。
そのころ、私が住んでいたマンションの上階にはヤ業の方がいて、深夜に騒いだりしてパトカーが出動することなど続いた。管理人不在であったため、恐いので彼を呼び寄せたのである。
編集などの仕事をしていた私は徹夜で仕事をしなくてはならなかったために、
「じゃ、オラ、寝ていいかな」と、彼はひとつしかないベッドで寝ることに。
(ちなみに部屋は12帖くらいのワンルームだった)
汚いジーンズのまま寝ようとしているので、
「そんな汚いズボンのまま、寝ないでよ」と言ったら、
「そうか」といって、いきなり脱いで、パンツ1枚になって「じゃ!」と寝てしまった、という事件(?)である。
「それは、彼としては『きょうだい』になりたいなんて、思ってなかったと思うよ」と、ある男性が飲み会で言った。
でも、どう考えても、そいつとは「きょうだい」以外のなにものでもないのだからしょうがない。
「人畜無害な男なんて絶対にウソだよ」
40代後半、某通信会社系列会社社長のB氏は力説する。
「それはねえ、伊藤さんが相手にそう仕向けているだけだよ」
仕向けるも、仕向けないも、人畜無害は人畜無害なんですもの。
そういうB氏は、結婚して以来、妻以外の女性に「ときめく」ことがなくなったという。
一緒にいた男性陣も「うん、うん」とうなづいて、「特に娘が出来ると、まったくときめかないなあ」なんて言って、自ら人畜無害宣言をしているようなものである。
同年齢の、やはり人畜無害ベスト10上位ランク社に入るO氏も、「娘ができてから、ときめくことなんてない」といっているひとりである。
かつて渋谷で一緒に飲んだときのこと。
午前2時をまわり、私、「そろそろ帰ろうかなあ」
彼、「えっ? オレ、帰れないよ!」(家が非常に遠い)
「えーっ???? しょうがないなあ、じゃあ、ホテルに泊まる?」
かくして私は彼をカプセルホテルに送り届け、自分は自宅まで徒歩で帰ったのである。
背が高いO氏は、生まれて始めてのカプセルホテルで、手足を縮こめて寝たとか聞いた。
後日、「朝まで飲むと思ってたのにぃ」とむちゃくちゃ怒っていた。
そのO氏に、「ほんとうにときめかないの?」と聞いたら、やはり、ときめかないのだそうだ。
「えーっ???? 私にもときめいたこと、ないの?」と聞いたら、しばし「うーん、うーん」と考え込んで、
「1回、くらい、あるかな?」と答えた。
「えっ???? いつっ? どこっ? あ、わかった! 新宿の夜に会ったときでしょお!」とか言ったら、
非常に苦しそうな表情で、
「うーん、違うと思うなあ」
おいおい。無理しなくていいからな。言いたくなったら言えばいいさ、ほら、カツ丼でも食えよ。
(上の1行は、最近私のまわりで流行っている内輪ギャグ。恋バナを聞き出すデカ長の台詞)
ところで、女性ばかりのMLでは「浮気」の話題は日常茶飯事なのだとか。
「もう、私、びっくりしちゃいました」と、教えてくれた人によれば、
「結婚Xヶ月めとかいう新婚さんとかもいるんですよ! それもね、メール交換してるだけじゃなくて、会ったりしてつきあってるっていう人がめちゃくちゃ多いんですよ」
話には聞くけれど、本当にそうなの?
亭主族はみんな(?)こんなにマジメなのに。
そういえば、「人畜無害」って、女性には使わない。
「あいつは人畜無害なオンナなんだ」
一緒に一夜を過ごしたオトコたちは、陰でそう言っているのかしら。
1998.9.2