『マジメな話』
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●酒鬼薔薇聖斗は筋少の影響を受けている岡田 まずは酒鬼薔薇聖斗の話から。この対談が掲載されるのが八月の後半だから、ひょっとしたら真犯人が捕まってるかもしれないし、部屋から何が見つかるかわからない。今のところ『北斗の拳』に『聖闘士星矢』、あと『13日の金曜日』ですか。 大槻 いいじゃないか、『北斗の拳』の愛蔵版持ってたって。 岡田 こういうものが見つかったからオタクだって限らないのに、でもそういう固定観念がまだありますよね。 大槻 まあ、それは関係あると思ってしまうでしょう。でもそこら辺の話になると、必ず、バッシングが始まって、「バーチャル・リアリティ症候群」とか、ベタな名前をつけるじゃないですか。俺、逆にそういう名前をつける人たちの方に、先に名前をつけちゃえばいいと思うんですよね。「ニューメディア不全症候群」とかベタなやつ。 岡田 そんなこと言う人たちって、たぶん小さいころトンボをとったり田んぼの中で遊んだりしていて、第二次大戦で、銃剣でエーイッていう感じでしょ。 でも今回は、俺、あの一四歳は、正直言って根性あるなって思っちゃった。俺が一四歳のとき、あれはできないもん。 大槻 一四歳のときにあの文章は書けました? 岡田 あれは書ける感じがします。一時期、「薔薇」という字だけ覚えてて、書いたら賢いと思われるというような情報があったじゃないですか。報道されていた本人の肉筆は、へんとつくりのバランスが変でしょ。あれは辞書を見て書いた証拠ですよね。 大槻 ひと目見れば、中学生という感じですよね。あの文面については、ゾディアック事件とか、どこかのロックバンドの影響があるとか言われてましたけど、俺は筋肉少女帯の影響が、大槻ケンヂの影響が非常に色濃いと思いましたね。「俺じゃねえか?」と。例えば「人を殺すことは、それ以上でもそれ以下でもない」っていう文章は、僕が『アイ・スタンド・ヒア・フォー・ユー』というアルバムで使ってる言葉なんですな。また、以前『風車男ルリオ』という歌をかきまして、その歌詞は「この世界でうまくいかないのは、他のやつらが風車を回しているからだ。そいつは首がないんだよ」というものなんです。他にも「猫のお腹は薔薇でいっぱい」という曲とかね。 岡田 それ、もろですね。昔、筒井康隆を読んだ子供が、金属バットでおばあさんを殴り殺す事件があって、そのとき筒井さんが「ショックだけれどもちょっとうれしい」みたいなコメントをしたんです(笑)。小説というのは悪意に満ちているからこんなことがあっても当然だということを、ガーンと言っていたんですけども。
●宮崎勤はオタクのイエス・キリストだ大槻 今回の酒鬼薔薇はまだ容疑者だし何とも言えないんですけど、ああいう屈折のしかたが俺は非常によくわかる。 岡田 彼がどうかわからないですけど、あの文面から「ひょっとして俺が出元かな」という気がするんですよ。 大槻 わりと内向型の思春期を送った人が持つ憤り方としては、非常にありがちなパターンでしょ。あの少年は、「もし村山首相が来たら、僕は何をやるかわからない」と言ったと報道されていましたよね。僕、自分が中学のころどんな作文を書いていたか、思い出してみたんですよ。僕は高校の卒業文集に、佐川君のことを書いてるんですよね。「パリまで行って白人女性の肉を食べてきた佐川君は」って。女性っていう字は「じょせい」ってひらがな(笑)。そこでなにか屁理屈があるんです。「常識は日常の中で何とかないということで優秀と思えたが、結局ただの気違いだったのであいつは馬鹿だ」って。ただそれだけが卒業文集に。怖いですね。その文章の周りを、自分が影響を受けたものの切り貼りでコラージュしてあるんですよ。もうこれはやばいっスね。 岡田 それって捕まったときに一斉に掲示される、典型的なやつですね。 大槻 中学のときには確か「われわれは海に向かって全員で自殺していくペンギンの群れに似ている」とか言ってたんです。当時、糸井重里さんが流行ってたんで、ペンギンというのを使ったと思うんですけど。もし僕が捕まってたら、糸井さんがコメントするんでしょうね。 だから、宮崎勤事件のときに俺が思ったのは、被害者がかわいそうだということよりも、宮崎勤という人間に対して、俺もこうなっていたかもしれない、僕が行き着かなかったところに、彼が代わりに行ったんだって。 岡田 僕、あのときのオタク批判で一番嫌だったのは、世間の人がオタク批判するんじゃなくて、オタクの人たちが「宮崎勤は特別であって、あれはオタクじゃないんだ」と言っていたことなんです。どこが違うんだ。俺たちと全然違いはないじゃないか。彼が代表して捕まってくれた。言ってしまえばイエス・キリストみたいなものですよね。 大槻 まったく同感です。宮崎の部屋の映像が出たときに「あっ、俺んちみたい」というあの感じですよね。 岡田 俺んちみたいだし、友達でこれと同じくらいのやつ十人、これよりひどいやつ十人、ってあげられるわけですよ。だから僕は宮崎勤事件がきっかけでものをつくれなくなったところが、相当あるんですよ。それまではお気楽に、自分たちが思ってることをアニメにぶつけたりゲームをやったりするのはいいことだと思っていたし、いわゆる反体制みたいな感覚も自分の中にあったんです。でもあの事件で「えらいこっちゃ、これは世の中に反抗している場合ではない」と。
●オタクになれないコンプレックス大槻 あのとき僕は、とにかく宮崎勤にあれだけの知識量を発表する場を与えれば、あんな事件は起こさなかっただろうと思った。僕もそうなんですけど、自分のコンプレックスの部分を外に出しちゃうと、それが世に出る機会になったりするんですよ。だからオタクで悩んでる人は、オタクだっていうことをドンと出しちゃうと、わりと世間は認知してくれる。 岡田 してくれるのかな。 大槻 じゃないですかね。でも僕、昔『SPA!』の取材で、「オタクについてどう思いますか」と聞かれて、「僕はオタクではない」と言ったことがあるんです。なぜかというと、僕には「自分はオタクになれない」というコンプレックスがあるんですよ。非常に歪んでるんですけども。 岡田 わかります、わかります。 大槻 オタクの人というのは、ものすごい知識量があって、ある一分野については絶対負けない鉄の壁があるわけですよ。俺、そこまで壁を築いていないから、自分はオタクと名乗っちゃいけないんじゃないかっていうコンプレックスがあって。 ここで僕の屈折のオタク史をちょっとかいつまんで語りますと、筋肉少女帯のベーシストは、ひばり書房の怪奇マンガを集めたりしてたヤツで、彼とは中学まですごい仲良しだったんです。彼は高校で美術部に入ったんですが、それが美術部という名のマン研。 岡田 八〇年代によくあるパターンですよね。美術部と思って入ったらマン研だった。 大槻 そのころちょうど『ガンダム』がありまして、『マクロス』がありまして、『イデオン』がありまして。 岡田 皆コロコロ転んだころです。 大槻 僕の学校にもアニメグループはあったんですが、彼らはすごいんですよ。いつも『六神合体ゴッドマーズ』の話なんかをしてるんです。彼らのロッカーに「GM のことで用あり」と書いてあったんで、「GMって何?」と彼らに聞いたらひと言、「ゴッドマーズ。」。『六神合体ゴッドマーズ』のことで用があるってのがまずすごいじゃないですか。まあ、僕も自分にオタク的素養があるのはわかっていたから、「身の置き場のないこの学校の中で、自分がいるべきところは彼らのグループじゃないか」と思って。ところが、そのメンバーに平井和正の息子がいまして、僕が「君のお父さんの本は全部読んでいる」って言った途端、彼は心を閉ざしてしまった。どうもお父さんに対するコンプレックスがあったみたいなんですね。そのうえ僕の高校のアニメ好きはみんな小林亜星系で、マラソン大会でいつもうしろの方にいるタイプだったんですが、俺、そのころ痩せてて、運動ができるように見えたらしいんですよ。それだけで「お前は違う」って言われて。 岡田 差別してくるわけですね。「お前は普通だ」と。 大槻 正直、寂しかったですよ。友達の方はアニメグループと接近して、同人誌までつくり始めて、学園ラブもどきもあって、楽しくやってるのに、私の方は何もない。わりとそれで酒鬼薔薇系になっていったという。 岡田 鬱屈していって、最後には卒業文集に小田晋が分析するような作文を書いた。 大槻 あの文章は、ヤバイよな。中学の成績表の通信欄に、先生が書いたすごい文章がありまして。「学校から」「家庭から」という欄があるんですけど、先生は言いたいことがたくさんあるらしくて、「家庭から」の欄ぶち抜きで、ザーッと書いてあるんですよ。「ひねくれたものの見方をし、それを楯にして世の中からはずれようとしている傾向があります。このままいくと取り返しのつかないことになる可能性もあるため敢えて苦言を呈します」。そのあとフォロー、「しかし学校では給食委員として頑張っている」。そんなフォローがあるかって。「給食委員として頑張っています。が、だらしがなく」って書いてあって、めちゃくちゃですよ。そんなこんながあって、僕はどんどん性欲の方にいったわけですよ。心の拠り所というのか、性妄想がゴンゴン広がっちゃって……。いろんなところでカミングアウトしちゃってるんですけど。
●とにかく目立てば癒される岡田 二〇代前半はもてたい野郎だったそうですね。 大槻 べつに、いま更生したからとか、そういう意味で言うわけではなく、自分がそういう方向に行こうとしてることに悩んでる人に、何か一つでもアドバイスになればと思うんで言うんですけど。僕はそのころ、一眼レフに二五〇ミリの望遠レンズとテレコンバーターをつけまして、三脚持って小学生バレーボール大会を盗撮に行ってたんですよ。 岡田 そういう趣味があったんですか? それともそういう仮面が必要だったんですか? 大槻 仮面というのは? 岡田 一時期、小学生の女の子に興味を持つようなことがちょっとおしゃれなときがあったじゃないですか。八〇年代を風のように流れた一瞬が。 大槻 そういう、いわゆるサブカルチャーからエロ本に興味を持つのとは違って、本格的に変態性欲道に入っていったんですよ。本当に小学校のバレーボール大会とか運動会に、望遠レンズ持って盗撮に行ってましたね。あれ、撮るときはものすごい興奮なんですよ。ところが、撮ったあと現像に出すじゃないですか。そうすると写真屋のオヤジと会うのが一番恥ずかしいんですよ。「これ、露光が甘いよ」とか言われちゃって、それがブルマー大アップの写真でしょ。 岡田 オヤジにしてみたら町内に一人や二人、そういうのがいるから慣れてるかもしれませんよ。でも、若いのにその道に入ってるのも珍しいでしょうね。 大槻 かわいい女の子を遠くから撮って、「これ、俺の彼女だよ」って友達に見せたりしてたんですわな。やばいですわ。本当にやばいやつでした。 でも、いま「自分はこのまま性犯罪者道とか、本当にやばい道に入ってしまうんではないか」という凶悪観念にかられている人もいると思うんですけど、そんなことないですよ。更生というか、発表の場さえあれば大丈夫なんですよ。 岡田 それは言えますよね。いくつくらいだったんですか。 大槻 一六、七。 岡田 一六でブルマーフェチっていうのは、相当筋金入ってる。 大槻 もう「ブルマー」っていう言葉を聞いただけでも大変なことになっていましたね。ちょうどライブハウスに出始めたころですけど。 岡田 ライブハウスに出ていて、ブルマーフェチもやってたんですか。ライブハウスに出れば、女の子のファンが来てるわけでしょ? 大槻 いや、これもそこで気づいたんですよ。どんなに気味の悪いことでも、スポットライトを浴びれば、あるいはメディアに乗れば、女の子はキャーって言うんですよ。 岡田 そのキャーは駄目なんですか。 大槻 それでOKなんです。だから同時進行でありながら、僕はブルマーフェチが高じてブルマーをはいてライブやってたんですね。あと、ゾディアック事件って、ゴミ袋みたいなの、かぶってるでしょ。俺のあのころ、白衣着て、ブルマー穿いて、ゴミ袋をかぶって目と口だけ開けて歌ってたんですよ。 岡田 それでもスポットライトを浴びていれば。 大槻 そう。これは信じられないことなんですが、そういうものなんです。結局どんどん内にこもっていく原因の一つに、男の場合は異性と交流できないというのがあるでしょ。女性もそうかもしれないけど。じゃあ、どうすればいいかというと、とにかくどんな手段でもいいからメディアに進出してしまえばいいんです。これは絶対に間違いないです。 岡田 つまり目立っちゃえと。 大槻 目立てばいいんです、本当に何でもいいから。たとえばソロバンでもいいんです。小学校のとき、べつに何の取り柄もないやつだけど、算盤だけうまくて四桁の計算とかすぐやっちゃうヤツがいたんですよ。小学校六年生の二月にちょうど珠算の授業があったんですが、ヤツはすごいということになった。そうしたら、その年だけ彼は女子からチョコレートをたくさんもらったんですよ。そのときに「おや、これは」と思ったんですけど。 岡田 でも延々と、小学校くらいのときからもてたいと思ってたんですか。 大槻 もてたいというか、もてるのもあきらめてたんですよ。でも振り向いてもらいたいでしょ。つまり「透明な自分」をわかってもらいたいじゃないですか。そのために、ちょっと変質者を装うような行為に出ていたんでしょうね。だからブルマーを穿いて、紙袋をつくって、それでステージに出てくるわけですよ。紙袋の下は、顔をポスターカラーで真っ白にぬっているんですよ。それでステージ上にガーッて出てって、そのまま客席に乱入していくと女の子がキャーッて言うんですよ。それがうれしくてね。その瞬間は女の子と交流できたっていう思いですよ。完全にコートの下に何も着ないで、「ほーら」って言うおじさんとまったく気持ちは同じですけど。でも無視されないでキャーと言われることが、唯一の救いだったわけですよね。 岡田 僕は女の子とつきあってもその辺が晴れなかった方なんですよ。自分の中にある何か黒いものが、女の子方向ではあまり晴れないというかですね。わりとこれって駄目なのかも分からない。 大槻 それは晴れないですよ。結局、ずっと晴れないわけですよ。わが生涯を振り返って、晴れた日はないですよ、本当に。
●宮崎くん事件で、世間様にばれた気がした岡田 宮崎くん事件、こうやって「宮崎くん事件」と俺の世代は死ぬまで言うんでしょうけれども、一番最初に思ったのは「ばれた」。とうとう世間様にばれたと。 大槻 何か泣き笑いになりますけど、ばれたっていう。 岡田 今までこれがばれるのが怖かったから、それが俺たちの創作のエネルギーになってたのに。僕らが選んだ生活や価値観を隠して、いかにも普通ですよという顔をしながら暮らすために、現実世界に対して「いや、僕たち、それを商売にして食ってるんですよ」とか、「いやいや、海外でもちょっと評価されてまして」みたいな嘘をこきながらやってきてたのにという。何で彼は捕まる前に部屋を燃やしてくれなかったんだろうと。 あれがばれてしまって以来、自分がやってきたものや『マクロス』とかが真っ直ぐ見れないんですよ。「なるほど、要するにこれって、あそこから来てるよな」と。 大槻 たぶん僕はそこまでオタクになれなかったコンプレックスがあったから、オタクの人にいまだに憧れている感じがあるんですよ。本当につきつめたオタクの人の部屋とかそういうものに。だから宮崎勤の部屋とかが出たときに、「この生活に憧れてる人間だっているんだぜ」と言えばよかった。結局オタク的生活をしてきた人は、自分は身分制度でいったら一番下にいる人間だ。それを隠していたのに、宮崎のためにそれが白日のもとにさらされたっていうのがあったじゃないですか。でも僕は、その人たちの生活に憧れてる。 岡田 俺はそれ、「余裕があるから憧れるんじゃないですか?」というくらいひねこびてますね。何か、死体を食ってるところ見られたという気分なんですよ。皆さん、肉食、草食とずらっと並んでて、生存競争あるんだけど自分たちは死体食いだっていう。 大槻 でも、やっぱり俺はオタクの人に対する憧れが、いまだにあるんですよ。今日、それを初めて言えてすごく開放された。世の中では大槻ケンヂっていうと、オタクで、物事をよく知っていて、それでやってる人って思われてるところありますから。 岡田 それを幸せに転換してる人、というふうに見えますよね。 大槻 そうじゃないんですよ。僕はオタクになれなかったっていうコンプレックスが、中学時代から、酒鬼薔薇容疑者の年齢からあった。それでオタクの、基礎知識の部分をふりまくわけですよ、世の人々に。そうすると、だいたいメディアってあとからついてくるわけです。例えば『Xファイル』なんかも、オカルトオタクにしてみれば、あそこら辺はずっと前から全部知ってるから、流行りだすと「遅いな」みたいなことが言えるわけですわ。 でも僕は、本当は広く浅くオタクの基礎知識を知っているだけ。それをふりまけちゃう変な才能がある。だからもしかしたら、自分はオタクの人から排除されるんではないか。実際、平井和正の息子には排除されたじゃないか、というものすごい屈折したコンプレックスがあるんですよ。
●オタクによる世直しに失敗した岡田 じゃあ俺のカミングアウトなんですけど、俺は中学のとき、オタクの知識は有効活用できるって思ってたんですよ。オタクじゃなくてそのときは、SFファンって思ってたんですけどね。 大槻 オタクという言葉は八〇年代からでしょう。 岡田 七〇年代後半は呼びあってなかったんですよ。七九年くらいから急激に流行り始めた。「宇宙戦艦ヤマト・ファンダム」っていうのが組織化されて、そのときにはまだオタクと呼び合っていなかった。ガンダムからなんですよ。それは一時期、ものすごい都会のにおい、東京ファンダムのにおいがして、大阪の俺、SFファンだったので東京ファンダムにめちゃくちゃ反抗心があったんですけど、その表面のかっこうよさだけはどんどん受け入れて、使ってみたけど仲間うちで浮いたりして恥ずかしい思いをしたんですよ。 カミングアウトに戻りますと、SFファンによる世直しとか善なる独裁とかそういうことを考えとったわけです、中学のときに。だから自分の内側に行くんじゃなくて、無限に外側に出る誇大妄想的なオタク妄想だったんですよ。 大槻 諸星大二郎のマンガの一部をコピーして皆に配ってたとか、そういう啓蒙運動ですよね、たしか。 岡田 俺、小学校のときから啓蒙運動していて、家に自分のガリ版おいてましたから。小学校のときは軍歌が好きで、軍歌を刷って校門の前で配ってて、先生に止められたというね。 大槻 それは本当に世直しオタクですよ。オタク三島系というか。 岡田 その後大阪で八ミリのフィルムを、仲間たちとアマチュアでガンガンつくってたんですよ。それでお金儲けて、次の映画ではバンダイからお金もらった。ドーンと劇場公開でやってみたらかすりもしないんですよ。それから鬱屈が始まって、やっぱり世直しはできないんだと。ちょうど八十年代で世の中はバブルの真っ最中で、そんな古臭いこと言うのはやめて、自分たちの好きにやればいいんだ。ロリコンはロリコンでいいんだ。そう思ったところに宮崎君事件が起こったんです。いきなりその方向はせき止められた。それじゃあって行動を変えようとしたら、そこにオウム事件が起きて、もう一方に残っていたSFファンによる世直し運動もだめになってしまった。 大槻 行動派オタクだったから。 岡田 両側ふさがれちゃったんですね。俺、オウム事件のときに「またばれた」って思ったんです。「二大ばれた」なんですよ。宮崎とオウムとで。 大槻 酒鬼薔薇で、「三大ばれた」でしょ。 岡田 いや、今回のやつは僕は最初からあんまりかすらなかったんですよ。こいつ、けっこう力あるじゃんって感じで。 大槻 オタクの霞を食ってるヤンキー、オタクに憧れてるヤンキーという感じだね。 岡田 周辺部の人たち、という印象がありますね。俺は宮崎事件のときもオウム事件のときにも「これ、オタクの犯罪ですね」と言われたら「そうなんですけど」と言うところから始めていたんです。でも今度は「部屋から『北斗の拳』がみつかろうが、今後何がみつかろうが、それは違います」と。「だいたいそこまでオタクに含めちゃったら、日本人口の三割がオタクになっちゃうけどいいんですか?」というのが今の気分なんですよ。
●自分を仮想化しながら生きていく大槻 たしかにまず宮崎事件のときに、オタクに憧れる人間としてはガンときたものがあって、オウム事件のときもガンときたんだけれども。両方とも、もしかしたら僕も、宮崎勤やオウム真理教の実行犯になってたのかもしれないな。 でもそうならない方法を俺は知っているという気持ちはすごくありましたね。それは発表の場を持つというやつなんですけどもね。 僕は、オウム真理教事件が起こる数年前、オウム真理教が世の中に出始めたころに『詩人オウムの世界』という詩を書いてるんです。オウムという詩人がこの世を憎んでその言葉が紫の蝶となって世界中に広まる。そうすると燐粉に触れたものは皆おかしくなってしまう。それを恐れた警官隊がオウムを襲いに来るんですよ。それでオウムは、ピエロとかコウモリ、そういう人たちに協力を求める。一緒に逃げるんだけど、そのうちの一人が裏切ったために、彼は警官隊の銃弾に撃たれて死ぬ。その死体は北の国に流れ着いたっていう歌なんです。 岡田 予言書みたいですね。ちょうど杉並区の選挙とかで踊ってたころですか? 大槻 そのころです。これは何かすげえなと思っていて。僕『新興宗教オモイデ教』っていう小説書いてるんです。これがオウム真理教の一連の事件にまあ、ほとんどそっくりなんですよ。これについてオウム事件の何年か前に『SPA!』で中森明夫さんが言ってたんですが、同時期にいとうせいこうさんとビートたけしさんがやっぱり新興宗教にかかわる小説を書いてるんです。この三つの小説がほとんど同じ内容で。なぜ若者のオピニオンリーダー的な人たちが、まったく同じ宗教小説を書いたのか謎だと。そう中森さんが書いた数年後に、オウム事件が起こったんですけどもね。それとオウム真理教が学生を勧誘するサークルの名前が『日本印度化計画』というんですが、これは僕の歌のタイトルなんですよ。あと僕の実家のすぐそばにオウム真理教病院があるんです。その病院の下って呉服屋さんなんですけど、そこの店長が多角経営でやってるファミリーマートに勤めて職務怠慢でクビになったのは俺なんですよ。状況証拠だけでいくと、どうも……。 岡田 日本の暗黒史にちょっと力を貸してるというかグルですね。 大槻 だから、さっき冒頭で出てきたニューメディア不全症候群に陥っている世の心理学者、精神病理学者とか、そういう先生たちは刮目して僕の作品を徹底的に分析した方がいいですよ。ある意味、ユング言うところの、そういう犯罪を起こす人の原型(アーキタイプ)ですね。それがこの俺なんですよ。でも俺は犯罪者にはならなかったわけですよね。 岡田 それは発表することで、そういう欲求とか自分というものを出しちゃってるから、そういう方向に現実を曲げないでいいわけでしょう。ある種、メディアの中に自分を出すというのは、自分を仮想化するということですよね。だからあれは仮想世界がいけないんじゃなくて、自分を仮想化するのに失敗した人が現実社会でおとしまえつけようと思ったら、殺人とか世直しするわけでしょ。 大槻 似たようなことを江戸川乱歩の小説についても思っているんですが、あれは結局、昔のオタクたちの話なんじゃないかと思うんです。例えば、やることがないと三年寝太郎みたいになってるんだけど、犯罪心理学とかをやりだすと思い切り没頭しちゃうような人がいて、彼は現実社会に受け入れてもらえない。それでどうしようかというときに仮想するわけですね。ピエロのかっこうをしてみたり、椅子の中に入ってみたり、天井裏に忍び込んでみたりとか、仮想のなかで悪いことをする。彼らは自分のオタク的素養を現実の世界の中で折り合いをつけようとして、結果として犯罪に走った。唯一、現実社会と自分の中の社会とが折り合ったと思い込んだ世界が犯罪だったという悲劇を、喜劇にして書いているのではないかと思うんです。 岡田 大槻さんにはロックシンガー、タレント、文化人といった、いろんな顔がありますよね。いろいろな顔に変化して、ある程度仮想的な自分をつくらなかったら、あっち側の世界にいっちゃった可能性ってけっこうあるんでしょうか。 大槻 いってましたね。 岡田 俺もそうだと思うんです。俺らみたいなのって皆そうだと思うんです。でも、その中で特殊な人だけが成功するわけですよね。だから社会的な成功と、社会的な犯罪は表裏一体みたいなところがあって、うまくいけばベッコアメみたいな会社が作れるわけです。ベッコアメの社長というのは三十歳前で、ランボルギーニを二台持ってるんですよ。悔しいと思ったら「二台とも動かないんですよ」と言ってました。ざまあみろって(笑)。 大槻 一台は動く車買っとけっていうね。 岡田 三台目買ったら、それもまたイタ車買っちゃってやはり動かないという。いまはレンタカーのポン車乗ってるんですよ(笑)。まあ、彼のような社会的な成功をおさめることもありますけど、だからといって個性教育とかやったら、はっきり言って俺らみたいな人間を増やすだけですよね。 大槻 難しいですよ。 岡田 個性教育を受けた人が千人いるとして、そのうち現実社会で成功する人はおそらく一人なんですよ。残り九九九人は鬱屈して、なかでも特殊な欲求が強いやつとか我の強いやつは犯罪者になっちゃう。いわゆる自分を仮想化する傾向の強い人は、実際に仮想化してあげないとこの世の中では生きづらくて死んじゃいますよね。死んじゃうか他人を殺すか。 大槻 駆け込み寺みたいなのがあればいいのにと思うんですけどね。俺もまた絵に描いたようなことを言うやつなんですが。たぶんそういう作業をしていたのは、寺山修司じゃないかなあ。結局、表現意欲があり余ってる、海のものとも山のものともわからないやつを、とりあえずひっつかまえてきて表現の場を無理やりにでも与えちゃう。 岡田 たしかに劇団をつくって癒すというような構造とも似ています。でもその中にも社会的な組織の現実はできちゃうわけで。そういう現実を抱えたものには、やっぱり入りきらなくなっちゃうんでしょうね。大槻さん自身もあふれちゃうわけでしょ。だから複数の発表の場を、持つしかないわけですよね。 大槻 そうなんだけど、複数持つと結局またもとに戻ってきちゃって、これだけいろいろ中途半端にやってる自分は何だろうとなっちゃうんですよ。 岡田 それは一生解決せずに引き受けて散らしていくしかないんでしょうね。病気だから薬で散らすしかないなと同じように。これは欲求というよりは不安ですよね。 大槻 オタク系の人は、とにかく最初に創作意欲・表現欲というのを持ってしまっているわけですよね。これを持っちゃうと人間は不幸で、何かやらなきゃいけないんじゃないかという強迫観念にかられる。それでものを集めだしたりとかいろんなことに挑戦してみるんだけど、うまくいかないものはそこで悩み葛藤するんですよね。俺はいま、誰か型にはめてほしいという気持ちがあるんですよ。何でもいいから「お前はこれをやれ」と言ってくれるような存在があってくれたらと、三十一歳にもなって思っちゃうんですよ。その自分がまた情けなくてね。 岡田 神戸の事件で、犯人と言われている子がネコとか殺していましたよね。あれを校門の上に乗せたらそれは彼が自分の作品を発表したことになるわけですね。あるいは「怪人○○」と名乗ったら、それは仮想の自分をつくったことになるわけです。町の中に「怪人○○」の噂があって、お母さんが子供に「『怪人○○』が来るわよ」と言ってくれたら、たぶん彼は相当癒されるはずなんです。でも、だからといって俺たちは自分の同類にそれをすすめるわけにいかないけど。
●正しいオタクの育て方大槻 でも、変な話ですけど、いま十代でオタクをやっている人々のこれからの育成っていうのを、ちょっと考えませんか、マジで。俺がそんなこと言える身分かとは思いますが、彼らが犯罪に走る可能性もないことはないじゃないですか。どう転ぶかわからない。 岡田 僕にはいま小学校二年の娘がいるんですけども、うちも含めて、お母さん方の教育方針や小学校の教育を見てると、俺たちを増やそうとしてるんですよ、明らかに。型にはめた子供を量産するんではなくて、選択を多くしてもっと自由にさせて、欲望の幅とか、逆にいえば不安の幅を広げようとしてるんですよ。 大槻 欲望の幅イコール不安の幅でしょう、本当に。 岡田 いまはそれで大丈夫だけど、中学、高校になったらいきなり皆すごいことになるぞと思っているんです。 大槻 だから言葉としては矛盾しちゃうんだけど、正しいオタクの育て方みたいなものを考えないといけないでしょう。 岡田 それは、俺たちの後ろ姿で見せる。 大槻 なるほど。職人が背中で語るように。 岡田 俺の背中を見ろ。オタクの背中を見ろ。 大槻 宮崎君の背中、オウムの背中を見ちゃいけないぞっていう。かっこよくは見えるかもしれねえけどっていう。 岡田 俺、みんなに対して大人になれとは言えないんですよ。大人になれと言われて、無理やり社会の中で生きようとして、ああいうふうになっちゃうから、もうよきオタクになれとしか言いようがない。 大槻 変な言葉ですよね、よきオタクっていうのも。でも本当にそうなってきちゃったでしょ。 岡田 俺は、大人というのは人類史上にまだ一人も誕生していないんじゃないかと感じているんです。だったら俺が最初の一人になって、見本となるしかないとまで考えている。だっていま大人と言われてる人って、状況が許されて、何か適当な欲望とか、適当なサイズの不安しかないからみんな生きていけるわけですよね。でも俺たちからあとに続くやつらってもっと不安が巨大でしょ。だからこそ本当の大人にならなきゃいけない。オタクは大人になれと言う人に、俺は今まで全部反対してきたんです。そうじゃなくて別の意味で俺たちが人類で初めて大人になってあげなきゃいけないんだって。それは、よき大人になるというようなこととけっこうシンクロしてるのかな。 大槻 岡田さんからあとの世代というと、つまり、八十年代型オタクと言ったらいいのかな。いわゆる『ガンダム』あたりから急激に進化していったゲームだ何だというオタク文化で育った人たちですよね。それ以前のオタクというのは、例えばトキワ荘の人たちなんかも、やっぱり戦争がからんでくるんですよね。 岡田 戦争とか焼け跡体験から生まれた、高度成長への憧れとマルクス主義で日本をつくったんですけども、俺たちは『ガンダム』とか『マクロス』といったものをを組み合わせて二〇〇〇年代の日本つくらなきゃいけないでしょう。もうつくるしかないんですよ。パーツはそれだけしかないんだから。 大槻 そこで「オウムはハルマゲドンを必要とした」なんて言うといかにも、という感じなんだけど。生きるか死ぬかの実地体験をしていないのが八十年代型オタクじゃないですか。その前の世代というのは、例えば学生運動で友だちが死んだとかいうことが日常にあったわけじゃないですか。 岡田 九〇年代になってふたからこぼれるようにグワッと出てきましたね。前の世代たちの戦いというのか、いわゆる僕たちの失敗というやつですよね。 大槻 でも、年をとるってどうもそういうことみたいですね。みんな自分たちの失敗を繰り返させないために、何とかしなきゃとなる。俺が一番心配なのは、山田花子さんのマンガとかに憧れてるタイプの女の子ね。いま「タコシェ」に行って『ガロ』とか『クイックジャパン』を読んでいるような子。 岡田 なめるように読んで、ライター希望のはがきをガーッと書いてるような女の子ですね。 大槻 べつにそういう雑誌が悪いという意味ではないんだけど。でも、ミイラ取りがミイラになるというのか、山田花子さんに憧れるのはいいけど、山田花子さんになったらあんた、人生地獄だよっていうことを、たぶん少女たちはわからないと思うから。 岡田 おっさんくさい言い方になっちゃうんですけど、メディアで捉えられる援助交際とかブルセラやってる女子高生というのがいる一方で、そういう女子高生じゃない子というのは、あそこまで享楽的なものをメディアの力であろうと毎日毎日見せられると、いきなりシリアスのシリアス、通り抜けて自己憐憫の極限までいかないと。 大槻 だから心配ですよ。だいたいそういうタイプの人たちの興味って、それこそゾディアック事件とかマンソン事件とかなんですよ。自分もずっと二十代後半までそういうものに憧れがあったし、現実逃避したい気持ちからドラッグに対する憧れなんかも強いでしょ。僕みたいにオタクでロックやってると、周りにそれで駄目になっちゃった人って、ゴロゴロいるんですよ。そういうのを見てきちゃうと、本当にやめなきゃだめよと何とか教えてやりてえっていう気はあるんですけどね。でも聞く耳持たないだろうな。
●情報過多の時代岡田 いま創作するときに、そういうことが自分の中の動機になり得るんですか。ある意味社会的なことですよね。この子たちに教えてあげたいと語りながらやるのって恥ずかしいとか、純粋でないようによく言われるじゃないですか。いわゆる宮崎駿のように、椅子に座ってクーラーのきいたところで環境問題を語る爺みたいなのが、すごくダサイような感覚があるんですけども。 大槻 いま一番困っちゃってるときで、完全完璧なオタクと、オタクにさえなれないと思っている俺みたいなタイプの歪み方がわかっているじゃないですか。だから後輩の育成じゃないけど、それこそ歪まないように育成せにゃいかんという気持ちにはなっているんです。でも、そうしちゃいかんぜというのをベタに書くのも何だなと思ってる。かといって、どの方法にいったらいいのかはわかんねえやっていうところですね。 岡田 僕、九十年代のいつかははっきりとはわからないですけど、もうクリエイティブの時代は終わったという気がしてるんですよ。クリエイターたちが自分の思いを形にして許された時代というのはもう終わってしまい、いまそれをやれば文化的な環境汚染になりますと。以前は、私たちの文化というのは海で、それは無限だった。だからものすごく趣味に走ったものでも広い海を流れていくうちに薄まって、過激に受け取るやつもいないんだ、というような前提があった。ところがこれだけ情報が伝わりやすくなっていて、反復して何回もやれるようになったら、海は有限だと分かった。そこに影響力の強い文化がバンバン出てくると海が汚染されてくる。ついては今後クリエイターの皆さんは環境汚染を防ぐためにフィルターをつけてくださいと。 大槻 話が超科学系に飛びますけども、結局この宇宙は、時間も空間も情報の集合体だという考え方ってあるじゃないですか。そういう意味で、その許容量が有限であるということですね。それ、わかるな。情報の公害というか、情報が詰め込み過ぎによって濃度が上がり過ぎちゃって光化学スモッグを起こしちゃうっていうことでしょ。そこで俺、インターネットが出てきちゃったときに、もういいだろうって思ったんですけど。 岡田 インターネットがさらに加速するんですよ。 大槻 インターネット撤廃論っていうのを考えてるんですけどね。 岡田 インターネットが出てきちゃったから、情報が有限になったと思ってるんですよ。あれがなかったらまだ伝わらないことというのがあるわけですよね。 大槻 「こち亀」の百巻で、インターネットについてうまく説明してあってね。それを読んだときに、こんなものできたら大変だって、両さんに教えられましたよ。 岡田 俺らより三十歳上の人たちが、核兵器と共存する社会というのをしょうがなく選んだように(笑)、俺らはインターネットと共存する社会を選ぶしかない。その恐ろしさに気がついている人ってあまりいないんだけど、でもいくしかないんですよ。 大槻 自分の中の情報が過多になりすぎるから、自分で情報をセーブしていかないといけないと思っているんです。例えば、本屋さんに行くと本がものすごくいっぱいあって、これも読まなきゃ、これも読まなきゃ、でも読む時間がいつあるんだって考えているうちに、ワーッてなっちゃう。それで毎月読む雑誌はこれだけってノートにグワーッて書いて。 岡田 (笑)はいはい。 大槻 読みたい、読みたい、『月刊秘伝』が読みたいと思っても、その手をグワーッと押さえて。 岡田 話しておいて、今さら言うのも変ですけど、変な人ですね、大槻さんって(笑)。 大槻 そうしないと、自分を律していけないところがあって。だから、例えば、一人一チャンネル制度とかね。自分は「日本テレビ」しか見ないとか、自分は「テレビ神奈川」しか見ないとか。 岡田 いや、後ろの世代になればなるほど、自分を律するなんてことは生まれてから一度だって考えたことないでしょう。彼らにはブラウジングというか、ザッピングをさせるしかないんですよ。それによって平均値を、自分の中でバランスを保てとしか言えないんですよね。 大槻 でも、そんなことってできるものじゃないでしょう。だから、これからのオタク系の人というのは、自分の中でいらないものを捨てていく作業を自分で学んでいかなきゃならないわけでしょう。じゃあなにから掃除していこうっていうときに、それこそ、博愛精神とかいうものをまず捨てようっていう人もいるでしょう。 岡田 いますよね。 大槻 人を殺しちゃいけないっていう常識を捨てようっていう人もいるでしょう。 岡田 絶対いますよね。でも俺は、個人を一人一人サポートすることはできないとドライに考えちゃうんですよね。千人のうち一人を救えなくても、九九九人が大丈夫ならOKだというくらいのシステムが限度じゃないのかなと。外れてしまうやつに関しては、俺は目をつぶろうと思ってるんですけど(笑)。でも、その外れちゃったやつを救おうというのが、大槻さんの考えなんですよね。 大槻 画一的教育があって、それで外れたやつはしょうがないというのが日本政府の満足するような子供たち。今度はオタク系の高度情報化社会だから、情報満杯の子供がどんどん育ってくると。それはしょうがない。そいつらが歪まないようにする画一化教育。 岡田 そうです。 大槻 その中で外れていくやつはしょうがないと。 岡田 そうです。 大槻 まったく、それは、今までの文部省の考えと一緒じゃないですか! 岡田 一緒です。 大槻 なんて……。
●二百五十六色の画一化岡田 ただ、いままでの文部省の考えと違うのは、このままでいけると思ってないところなんですよ。 大槻 子供の種類が変わっただけですか。 岡田 子供の種類が変わったから、早いことシステムを変えないと。いままでみたいに子供を画一化するシステムでも、千人のうち九九九人幸せになっていたわけですよ。基本的にはこれでいいと思うんです。でもいまのシステムだと不幸せなヤツが六百人もいる。これは早いとこ切り換えて、もう一回九九九人が幸せになる別のシステムにいけよと。それはたぶん画一化ではないんです。ブラウジングを自分でさせることによってそこそこ個性的にはなる。だけど引いて見てみたら大して個性的でないやつが大量に溢れて、でも人間なんてそれでいいというくらいの、そんなシステムでしょう。 大槻 その中からはじき飛ばされたやつの中で、世の中にそれを芸として出てくるやつと、そのまま…… 岡田 犯罪として出てきて。 大槻 歪んで犯罪に。つまり時代は変わっても同じってことですわね。 岡田 そうそう。 大槻 つまり世の中には、画一化されるやつとドロップアウトするやつがいて、そのドロップアウトするやつの中から、世に出るやつとダメになるやつがいるという。もう同じっていうことですね。 岡田 画一化っていったらそうかもわからないですけど、今までの画一化は、全員赤だとか、全員青だでしょう。僕が言っているのは、全員二五六色まで使っていいと。二五六色の中で選べと。自分を十六のパターン分けて、十六のパターンの中に二五六色を配分していいけど、それ以外の色を使うなと。これは画一化とも言えるんですよ。でも、あんたらが要求している、人類が必要な個性化なんか、そんなものでじゅうぶんだと。それでも外れるやつは、そんなもの、そういう俺の仲間は辛いけれども、外側をグルッと回って、なんかこういうシステムを作る側に回るか、外れる側に回るか、表現する側に回るか、どっちでもいいけれども。この二五六色の幸せはあきらめろっていう。 大槻 すると、それ以外の色を使っちゃうやつで、それを芸にして世に出られないやつ。つまり犯罪系にいきそうなやつに対しては、やっぱり救世主ですよ(笑)。いまこそ弥勒菩薩を、という(笑)。 岡田 結局、ブッダが出てきたりキリストが出てきたりしても、インド近辺や地中海、エジプトからローマ帝国あたりを見ると、全然幸せにならなかったでしょう。どちらかというと、何千年単位で不幸になる人が増えたじゃないですか。救世主は余計なんですよ、きっと。 大槻 余計ですか。 岡田 うん。その救世主が生きている間は、なんとなくいいような気がしますけれども。そのあとえらいことになるというのは、歴史が証明するんだから。 大槻 だからオウムも似たようなことをやろうとして。 岡田 やろうとしていたわけですよね。 大槻 それで言うとね、ちょっと話が飛ぶんですが、骨法という格闘技の堀部先生というのは、二十年前にやっていたら大山倍達になれたんですよ。梶原一騎も生きてたし。でも今は情報化社会のために、嘘が通用しなくなっちゃったわけですね。嘘と言っちゃいけないな。武道の世界では、はったりです。 岡田 あれですね、マス大山が、シカゴの何とかスタジアムで牛と闘って、ゴッドハンドで勝ったとかいう、あんなはったりですね。 大槻 それがきかなくなっちゃったわけですよね。それと一緒で、オウムだってキリスト教なんかと同じ時代に生まれていたら、すごい宗教になってたでしょう。 岡田 そう思いますよ。キリスト教だって、イエス・キリスト自身が率いていた原始キリスト教の辞典を見ると、恐ろしくセコイ宗派ですから。キリストなんてただ単にユダヤ教への反体制運動を言っているだけの赤軍派みたいな兄ちゃんだろうと、俺は思っているんですけどね(笑)。
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