『東大オタク学講座』1997年9月26日版 ン1997.Toshio Okada
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第五講 まんがとアメコミ

民主主義的に正しいスーパーヒーロー


 アメリカにおいて、日本のアニメ・まんがの権威を三名あげろ、と言われると、トーレン・スミス、フレッド・パッテン、フレデリック・ショットになるだろう。

 フレデリック・ショット氏は本業が日本語の通訳、それも超大企業同士の契約時に、通訳団団長を務めるほどの、達人である。知日家で知られ、日本の現代・古典文化に詳しい。

 故・手治虫氏の大の親友としても知られている。九六年からアメリカで始まったアニメ賞・「手アワード」の審査委員長も務めている。

 こんな立派な人が、日本のアニメやまんがに興味を持ってくれている。これは、大変喜ばしいことだ。

 と言うのも、たいていのアメリカ人は、日本の学生やサラリーマンが電車の中でまんがを読んでいるのを見ると、幼稚だと批判する。その的外れの批判をマトモに受けとめた日本人までが、恥ずかしがったり、反省したりする。

 が、日本のまんがとアメリカのコミックは全然違うものだ。アメリカのコミックスはたしかに子供向けだが、まんがは違う。そこを押さえないで批判したり反省したりは、早とちりであろう。

 では、なぜ日本では、こんなにまんがが盛んで進化できたのか。日本のまんがの特殊性とは、どんな要素からなっているのか。なぜアメリカでは、まんがが市民権を得られなかったのか。日本とアメリカの事情をもっともよく知っている、フレデリック・ショット氏に直に聞いてみたいと考えて、お呼びした。

 

OTAKUとMANGA

岡田 今回はまんが文化というテーマなんですが、俺、ちょっと面白いなと思ったのがですね、ショット先生の最新作『ドリームランド・ジャパン』に蛭子さんの絵がでかでかと描かれていたという……(笑)。普通メジャーなところで手さんとかを出しますよね。なんで蛭子さんなんですか?

ショット まずその「ドーン」という文字に惹かれて。それと火山が噴火してるところにも惹かれてしまいましたね。日本語を知らないアメリカ人にもすぐに「爆発してるんだな」とその勢いが伝わります。

岡田 で、この本には「Japanese Comics For Otaku」と書かれてますけど、この「Otaku」って単語、アメリカの人には意味伝わってるんすか?

ショット そうですね、最近はアメリカでもかなり「オタク」という単語が定着しつつあります。『Wired』というコンピュータ雑誌があるんですが、三年くらい前にその雑誌の表紙に、なんの説明もなしに「OTAKU」という言葉が使われてました。ずいぶん前から入ってきていた言葉で、その頃からアメリカのまんがファンの間でもよく使われるようになり、最近岡田さんがアメリカに来られてからはさらに普及してます。でもアメリカでの「OTAKU」は日本での「オタク」とはちょっとちがったニュアンスで用いられてるようですね。単純に「日本のまんがやアニメを好むマニア・ファン」を意味しているようです。ですから日本での宮崎事件とか「OTAKU」にまつわるネガティブなニュアンスがほとんど削除されているんですね。

岡田 実際、ずいぶんと普及してるみたいでしたね。サンフランシスコで「OTAKU」と書かれたTシャツ着た兄ちゃん姉ちゃんを見かけましたけど、あれは日本でやったら文化的自殺行為ですよ(笑)。向こうのマスコミから「オタクってなんですか?」と質問された場合、ショットさんはどのように説明してるんですか?

ショット 僕の場合は、日本での「オタク」という単語の概念を自分なりに説明します。アメリカ人は、オタクという言葉からネガティブなニュアンスを感じないという事情がありますから、マスコミに説明するときはまず、宮崎事件とか、本来は敬語として相手を「おたくは……」と呼ぶときに使われていた言葉であるとか、そういった説明から始めるんですね。

岡田 ショットさんは今回日本まんが研究家としてお越しいただいたんですが、やはり活動の中心はアニメでもオタク全般でもなく、まんがという……。

ショット ええ。僕はまんが以外にも著作活動を行っていますが、やはり一番好きなのはまんがです。

岡田 それもマニアックなものが好きというわけじゃないんですよね。ショットさんの前著『Manga! Manga!The World of Japanese Comics』がここにあるんですけど、特徴的なのが、日本でもコアなマニアはあまり意識しないような作品を扱ってるなあと。『フジ三太郎』とかね(笑)。あとは『ゴルゴ13』とか『カラテ地獄変』『おれは鉄兵』、それと『Be Bop High School』。たいへん範囲が広いですよね。

ショット 『Manga !Manga!The World of Japanese Comics』の発行は一九八三年ですから、もうずいぶん昔ですね。この本を書いたときはどの作品もそれほどレアなものではなかったんですが、一三年経ったいまではレアアイテムとして扱われているものも多いようです。

岡田 この本はどういった内容なのでしょう。

ショット 当時、海外で「MANGA」という言葉を知っている人たちはほとんどゼロだったんです。ですから執筆にあたっては、まず日本のまんががどういうものであるか、どういう歴史的・文化的背景から生まれてきたのか、そういった部分から説明していますね。歴史的な流れについては、鳥獣戯画の時代から紹介しています。日本まんがのルーツを、中世の地獄絵や浮世絵にまで溯って解説しています。

岡田 するとショットさんは、まんがのルーツは中世あたりにまで溯るとお考えなんですか?

ショット そうですね。まんがの形そのものはまちがいなくアメリカから輸入されたものですが、僕自身としては、アメリカンコミックのコマ割りやフキダシなどとは別に、日本にも独自のルーツがあったんだと考えています。たとえば鳥獣戯画に見るユーモラスなタッチ、絵解きもののストーリー性、浮世絵のデフォルメ。こういったものは西洋からコミックが輸入されるはるか以前からあったものですし、ですからそれらの作品もある意味でまんがの一つといえるでしょうね。

岡田 フキダシやコマ割りなどの表現形式は、アメリカが発祥になっているんですか?

ショット 近代ヨーロッパの一コマ風刺まんがなどには一部フキダシが使われていますし、コマ割りされているものもありますね。ただ、いわゆるシリーズものとして六コマ、一〇コマといったストーリーにまとめたものはアメリカで誕生したようです。

岡田 それは時期でいうと……。

ショット うーん、今世紀初頭ですね。それか一九世紀の終わり頃。ちょうど時代の変わり目にあたる時期です。

岡田 そうするとずいぶん伝播が早かったんですね。アメリカで誕生した形式がすぐ日本に伝わって、田河水とかあの辺の人たちがあっというまに取り入れてしまって。

ショット 実は一九二〇年代に日本のまんが家やアーティストの一部が、アメリカのコミックスを研究していたんです。渡米して描き方を勉強した方もいました。たとえば『スピード太郎』の宍戸左≦さ≧行≦こう≧さんですね。彼はアメリカに渡って当時新聞連載されていたコミックスを勉強し、帰国してから後はその研究成果を自分流に昇華させて『スピード太郎』などの連載をスタートさせたわけです。政治・社会風刺まんが家として有名な岡本一平さんも一九二三年頃に渡米していて、ニューヨークの新聞社を訪れたそうですよ。その新聞 は当時もっとも多くのコミックスを連載していて、感動した岡本さんは帰国後、朝日新聞の編集者に「アメリカにはこんなに面白いものがある」と売り込み、向こうの新聞コミックスを翻訳連載させたそうです。

岡田 つまり日本のまんがというのは江戸時代の黄表紙や鳥獣戯画のような絵物語と、アメリカから先人たちが学んできた表現スタイルが合体して成立したものなんですね。

ショット そうです。二つの流れがひじょうにうまく融合されています。

岡田 その二〇年代の日本まんがというのは、アメリカンコミックの焼き直しみたいなものが多かったんですか?

ショット 焼き直しどころか直訳の輸入コミックスが主流だったようです。たとえば一九二三年に岡本一平さんが日本に紹介した、ジョージ・マクマナスさんの『Bringing up Father(おやぢ教育)』というシリーズの場合、朝日グラフ掲載時にはセリフの直訳文が横書きで印刷され、洋書と同じく左から右へ読み進めていくようになっていました。アメリカ形式をそのまま使用していますね。そして岡本一平さんのすぐ後、麻生豊さんが『ノンキナトウサン』を新聞連載したんですが、これもアメリカンスタイルそのままで、コマ割りは左から右へ流れ、フキダシ中のセリフも手書きの横書きとなっていますね。

岡田 『ノンキナトウサン Easy‐going Daddy』になってますね(笑)。

ショット それは訳すのに苦労しました(笑)。で、その後、アメリカンスタイルのまま持ち込まれたまんがが日本のスタイルに変わるまでには、大体一五年ほどの時間を要したんじゃないでしょうか。

 

マッチョヒーローの黄昏

岡田 日本独自のスタイルが出始めたのは一九三〇年代頃ですね。その頃、アメリカの方はどんな状況だったんでしょう。いわゆる「まんが黄金期」だったんでしょうか?

ショット それを語るにはまず、まんがという言葉を定義しなければならないでしょうね。新聞連載まんがとか、社会風刺まんが、政治まんがなど、いろいろなジャンルがありますから。その中でもアメリカでいうところのコミックブック、あの薄っぺらな雑誌として発行されているものをまんがと定義づけるなら……あれはどう呼んだらいいんでしょう。アメコミといった方がいいですか?

岡田 そういう風にいうしかないですよね(笑)。僕らがアメコミと聞いてイメージするのは、極彩色の服を着た変な筋肉オヤジが悪い奴をスポポポポ〜ンと倒して、「こんなの誰が読んでんの。ああ、アメリカ人か」っていう(笑)。

ショット うーん、なんと返したらいいのか(笑)。

岡田 いや、申し訳ございません(笑)。

ショット 僕らは逆にですね、電車内で目の前に女子学生が立ってるのに平然とエロまんがを開いている日本人はどういう神経なんだろうと(大笑)。

岡田 俺の場合、社会教育の一環として堂々と読んでいます(大笑)。ところでアメコミの「マッチョが悪党やっつけてスポポポポ〜ン!」というような作品は、昔からあったわけじゃないんですよね。

ショット わりと早い時期から出ていましたよ。

岡田 ああ、昔からアレが好きだったんですね、皆さん(笑)。

ショット いや、でもやはり、四〇〜五〇年代はスーパーヒーローものだけではなく、いろんなジャンルのアメコミがあったんです。たとえば恋愛モノとかスポーツモノとか。絵柄にしても、いまのアメコミとはちょっとちがったスタイルで描かれていました。でも出版形式についてはその当時から四色刷りの薄っぺらな雑誌スタイルでしたね。一冊あたり三二ページとかそういった形で。

岡田 ジャンルは当時の方が多岐にわたっていましたよね。

ショット そうです。その頃のアメコミはジャンルの豊富さが特徴ですね。

岡田 最初から書き下ろしでアメコミを発行するという現在のスタイルはいつ確立したんですか?

ショット やはり三〇年代の後半からですね。その後の四〇年代・五〇年代が黄金期です。

岡田 いまの日本まんがもジャンルが豊富ですけどあれぐらいあったんでしょうか。

ショット うーん、日本はちょっと特殊過ぎて比較にならないんじゃないでしょうか。これほどジャンルが豊富な国は他にありませんよ。全出版物のうち約四割をまんがが占めているような国は日本だけです。

岡田 たしかに……。なんか責められてますね(笑)。

ショット いや、たくさんまんががあるのは嬉しいことです(笑)。

岡田 で、アメリカ国内のまんが人口というか、アメコミ人口って現在どれくらいなんでしょう。

ショット 具体的な数字は把握していませんが、アメコミ人口そのものは少ないですね。ただスヌーピーのようなものであるだとか、新聞連載されているものはひじょうに人気があって、読者も多いようです。ある意味で国民のほとんどが読んでいるといっても過言ではないでしょう。それとは対照的にいわゆるアメコミ、薄っぺらな雑誌として発行されているものを読んでいる人は、全人口の五パーセントにも満たないんじゃないでしょうか。

岡田 日本と比べるとずいぶん少ないですね。すると、アメコミというのはわりとマイナーな趣味なんですか?

ショット そうですね。どちらかというとサブカルチャーに属します。

岡田 四〇年代・五〇年代の黄金期はアメリカでもいろんな種類のまんがが出ていて発行部数も多かったみたいですけど、その当時は人口の三、四パーセントしか読んでいないなんてことはなかったんですよね。

ショット ええ。現在と比べて出版社の数も多かったですね。

岡田 それだけ盛んだったのが、なんで現在みたいに人口の数パーセントしか読まないようなものになってしまったんでしょう。それにジャンルも、昔は豊富だったのにいまでは「マッチョが悪人倒してスポポ〜ン」という形式に収まってしまったのも不思議なんですが。

ショット アメコミが廃れていった背景ですね。そのひとつとして、五〇年代の保守的な社会風潮があったんです。まだアメリカでもテレビが本格的に普及していなかった頃の話なんですが、現在「テレビが子供に悪影響を与えている」というのと同じ論調で、「まんがは子供の教育に悪い」ということがよく言われていたんですよ。たしかにホラーコミックなどかなり残酷な描写をしているものが流行っていたんですが、それらをPTAや政治団体、教会などが厳しく叩いていたんです。その運動は連邦政府にプレッシャーをかけるほど大きなもので、アメリカ上院の某委員会で「まんがは青少年を非行の道へ導く」というようなことが論じられてしまい、それで出版社サイドがビビってしまったんですね。プレッシャーから自主検閲制度を開始したわけです。その自主規制の内容なんですけど、現在のアメコミでもよく表紙に「Comics Code Authority」という表記が入っていることがあります。このコードはひじょうに細かい部分まで規制しているんですよ。たとえば離婚した夫婦を描いてはいけないし、裁判官や警察官を悪く描くのもダメ。アメリカ民主主義への批判もダメなんです。

岡田 離婚家庭を描いてはいけないってのは、かなり厳しいですよね。

ショット かなりキツいですね。離婚家庭がダメだというだけでもう、まんがとして表現できるテーマや内容がかなりの制限を受けてしまいますし。

岡田 そうすると主人公の家はどこも健全な両親がいて……。

ショット もう「善良市民万歳!」という感じで(笑)。そんな状況でしたから、どうしてもスーパーヒーローを描くしかなかったんですね。

岡田 なるほどね。スーパーヒーローしか描けませんよ、実際。なんで敵キャラたちが悪いことをするのかという必然性についても、「それは貧困が悪いからだ」なんて言えませんし。そうなると「アメリカに貧困なんてあってはならない。だからよその国の貧困にしよう。いや、いっそよその惑星の貧困にしてしまおう」という具合になっちゃいますから。

ショット そうなんです。どうしても勧善懲悪の単純なテーマになりがちで、そのためコミックスコード実施後はどの出版社も発行部数が急激に落ちて、つぎつぎに潰れていったんですよ。もう恋愛モノもホラーコミックも出せなくなってしまって、最後に残ったのがスーパーヒーローものだったんです。

岡田 たしかに古い時代のアメコミだと、恋愛モノからギャングストーリー、刑事アクション、西部劇までいろいろなものがありました。

ショット アメコミ出版社が規制攻撃の対象になった理由、数々の出版社が潰れることとなった背景にあったのが、テレビがそれほど普及していなかったということなんです。ほんとうは、テレビの方がコミックスより子供たちに与える影響が大きいはずなんです。でも、まだ普及前だったためにコミックスだけが目をつけられてしまった。もう少しタイミングがズレていたら、テレビが叩かれて、アメリカのコミックも日本と同じように発展していったかもしれません。

 

アメリカ人、世界堂へ行く

ショット アメリカと比較すると、日本ではまんがとテレビがすごくうまい形で相乗効果を発揮していますよね。アメリカでは相乗効果どころかコミックステレビの競争になっていて、人気の面では完全にコミックスの負けといった状況ですけど。

岡田 その「相乗効果」というのは具体的には?

ショット つまり、人気まんがをアニメ化してテレビでシリーズ放映し、関連商品でさらに利益を生むという、巨大で整ったシステムが成り立っているということです。人気が上がったらその続編を作るため、編集者がまんが家に頼み込んで「お願いだから描いて」とプレッシャーかけたり(笑)。

岡田 アメリカのまんが家って編集者から無理なお願いされたりってのはないんですか?

ショット カンヅメとかのシステムは全然ないですよ。

岡田 するとアメコミ作家って編集者から「もう一年連載続けてくれない?」とかお願いされることって全然なくて、いつでも自由に作品を終えられるんですか?

ショット まあ、人気のあるシリーズをすぐ止めるというのは難しいでしょうけど、たしかに日本のまんが家に比べたらプレッシャーは軽いですね。日本は量産至上主義に支配されているように思えます。

岡田 なるほど、そういったシステムのせいか、特に日本はまんがが盛んな国ですからね。

出版物の三九パーセントをまんがが占めていて、おまけに子供から大人まで読んでて、同人誌のマーケットが年二回、それも三八万人動員してしまうなんてのは……。

ショット まず日本だけでしょう。普通のアメリカ人はコミケやスーパーコミックシティーにそんな大勢が集まるなんて信じられないでしょうし。

岡田 あの、日本人の僕がこんなこと聞くのも変なんですけど、なんで日本ってこういうシステムができ上がったんでしょう?

ショット 僕の方こそ日本人の岡田さんに質問したいですよ、それ(大笑)。やはり出版社が商売上手だからじゃないですか?

岡田 やっぱそうなのかなあ。俺ね、アメリカに行ったとき、向こうの人から「おまえらみたいに子供の頃から漢字や平仮名書いてる奴は、絵を描けたって不思議はないよ」と言われたんですよ(笑)。ショット 文化的素養は結構大きいでしょうね。この講義に来ている皆さんもそうだったと思うんですが、日本の子供たちは外で遊ぶ機会もそれほどなくて、勉強に追われていて、人口密度も高いし、「周りに迷惑をかけるな」という教えがあるから遊んでても大きな音が出せないという環境でしょう。そうなると自由時間の過ごし方も、一日中まんがを読んで過ごしてたってあまり不自然ではないというふうになりますよね。それに対してアメリカの子供たちは、中学高校時代ほとんど勉強しない。「大学に入ってから勉強すればいい」という感じですから。それに自分の部屋でまんがに読みふけるより、外に出て友達と遊びまわったりケンカしたりというのが主流なんですね。

岡田 あちらの中学生には、クラスでまんが描いてる人っていないんですか?

ショット もちろんいます。

岡田 そういう子供たちは将来まんが家になろうと思ってるんでしょうか。

ショット 日本なら「まんが家になって人気作品を一つ当てれば大金持ちになれる」という夢にリアリティがありますけど、アメリカではその夢は実現しにくいんです。むしろソフトウェアのエンジニアになろうとか、銀行強盗になろうとか(笑)。ビル・ゲイツかギャングスターかというアメリカンドリームですね。どうしても考え方がまちがった方向に(笑)。

岡田 アメリカではまんが家の収入や社会的ステータスはそんなに高くないのですか?

ショット ジャンルごとに見てみますと、新聞連載のまんが家なら、場合によってはかなりの収入を得ることも可能ですね。それに対していわゆるアメコミのまんが家は、最近になってようやくごく一部の人たちが高収入を実現しつつあるものの、ほとんどが貧乏なんです。分業システムで仕事をしているから、自分の描いている作品なのに版権を出版社に取られてしまっていたという状況なんですよ。だからなかなか大金持ちになれません。アメコミは、実際にはインディペンデント系やアングラ系もかなりの数が出ていて、メインストリーム以外でもいろんな人たちが描いているんですね。かれらのまんが作りは日本のまんが家に近いスタイルなんです。つまり一人のまんが家がストーリー考案から下書き、ペン入れまで一貫して行うという。

岡田 日本みたいに大先生がネームと大まかなラフだけやって、その後の背景とかはアシスタント任せという態勢はありますか?

ョット アメリカではほとんどやっていないですね。

岡田 すると分業制で描く場合は、よく知られているようにペンシラーが下書きして、専門のカラーリストが着色してという流れで、逆にインディペンデント系の人は全部を一人でやるという具合。

ショット インディペンデント系の人たちが一人で作業するのは、お金がないからでもあるんです。人手は増やせないし、だからほとんどの作品がモノクロなんですよ。四色じゃあないんです。

岡田 日本のまんが家はたいていアシスタントを使っていて、背景はそういう人たちが描いてたりしますよね。もっと大御所になるとほとんどアシスタントが描いちゃって、最後の最後で「先生、お願いいたします!」「うむ」と目玉描き入れるだけなんて話が半ば業界伝説みたいに語られてますけど、インディ系アメコミ作家ではそういうのほとんどない。

ショット 近い将来、アメリカにも日本まんが界の制作スタイルがどんどん入ってくるでしょうけどね、まちがいなく。ここ三年ほどなんですけど、手プロが日米まんが家交流会を主催しているんですよ。毎年六〜九人ほどのコミックスアーティストが日本に来て、日本の出版社を回ったりまんがの作り方を勉強したりという活動を行っています。この先アメリカンコミック界にも日本的なスタイルが取り入れられていくんじゃないでしょうか。実際、つい先日もコリン・ドランさんというまんが家がまんが専用のスクリーントーンが存在しているのを初めて知って、かなり感動していましたよ。

岡田 アメリカってスクリーントーンが少ないですからね。

ショット あることはあるんですが種類がだいぶ限られていて、日本で売っているようなまんが専用の画材はまずありませんね。ドランさんはこれまで、日本のまんが家と同じような絵を描くために、画材の少なさをテクニックで埋めようと努力していたんですよ。画材が揃わないぶんテクニックの研究は皆さん必死なようですね。「同じ画材は手に入らないけど、自分も日本のまんがと同じタッチをものにしたい」と勉強している人は結構います。

岡田 なにかその成果が見られるような作品があったらぜひ紹介していただきたいんですけど……。

ショット あまりいい例ではありませんけど、ちょっと持ってきたのがありますんで紹介しましょう。『死』というタイトルのまんがですね。日本のまんがやアニメがアメリカの作家にどのような影響を与えているのか示唆している作品です。

岡田 ああ、影の付け方とか、完全にアニメの手法ですね。墨で濃い部分の影を入れて、スクリーントーンで薄いところを出しているというのは日本のアニメ絵ですよ。

ショット この作品で興味深いのは、初期の頃は顔の描写とか写実的なタッチのアメコミスタイルで描かれていたんですが、同じ作品の中でスタイルが一度に変わってしまったんです。初期のと最近のとを比べるとちがいが見えますね。

岡田 ほんとだ、えらい変わってる。両方見比べると同じ人物だとは思えないくらい。

ショット この『死』というコミックは結構人気あるんですけど、いきなり作画スタイルを変更して「これからまんがスタイルで描いていく」ということを宣言してますね。タイトルも『死』から『マンガ死』と変更されています。この作品の場合はメジャーなメインストリームの四色アメコミなんですけど、もっと真面目に、もっと忠実に日本のまんがを勉強してそのスタイルを取り入れようとしているまんがは他にもたくさんあります。『死』の場合はある意味、ちょっとチャチいやり方なんですけど。

岡田 うーん、たしかに。

ショット 「日本のまんが=瞳が大きい画風」という認識から入ってるんでそうなるんでしょう。『死』から『マンガ死』への変化でもまず最初に目についたのは、キャラクターの瞳が大きくなったことでしたから。

 

輸出可能なまんが・不可能なまんが

岡田 ここでですね、最初に紹介した『ドリームランドジャパン』の内容について、もう少し突っ込んでお話ししていただきたいんですが。

ショット 八三年の『Manga! Manga! The World of Japanese Comics』発行から一〇年経って、アメリカのまんがファンから「改訂版を出してくれないか」という声が多く上がってきたんです。それで改訂版を出すより続編みたいなものをと思いまして。もうちょっと突っ込んだ感じで、自分の好みで面白い作品をピックアップしています。

岡田 「MANGA」という言葉が定着していなかった八三年から『ドリームランドジャパン』の発行まで、アメリカにおけるまんが事情ってどう変わったんでしょう。

ショット かなり変わりましたね。アニメの影響がとても大きかったようです。最近のアメリカですと、まんがファンの多くはまずアニメから入って、そこで好きになった作品の原作まんがへ移っていくというパターンが多いんです。人気作品はだいたい英訳されていますから。場合によっては日本語オリジナル版のまんがも買っているようですね。

岡田 八三年当時は、日本のまんがって出版されてなかったんですか?

ショット うーん、なかったですね。……いや、あった。アメリカでの発行ではないんですけど、一九七九年に『はだしのゲン』第二巻が英訳されたのを覚えてますよ。第一巻の英語版はたぶん七八年の発行だったと思います。

岡田 ああ、講義出てる皆さんも小学校の図書館で「まんががある!」と嬉しがって読んだらツラ〜い目に遭ったなんて記憶があるでしょ(会場大笑)。俺が知る限り、日本の子供たちのほとんどはこのまんがについてあまりいい印象持ってないんですよ。というのも小学校の図書館にはまんがといったらこれくらいしかなくて、読んだらいきなり「ギギギ、み、水をくれ……」とか出てくるわけでしょう。

ショット その『ゲン』がおそらく、もっとも早く英訳された日本まんがでしょうね。それがアメリカでディストリビュートされて、多くのコミックアーティストの目に触れたんです。

岡田 すると『はだしのゲン』が英訳された七八年頃までの西洋では、まんがで長いストーリーを語れるんだという認識がなかったんでしょうか。

ショット ありませんでしたね。誰もそんなことを思わなかったんじゃないでしょうか。

岡田 でもアメコミにも、全一〇〇巻とかすごい長く続いているものもあるじゃないですか。

ショット うーん……、続いているような完結しているような、あいまいなところがありますね。連載ものでも、一話読み切りで楽しめるようストーリーは、基本的に完結しています。連続したストーリーが、何百ページにもわたって展開されるようなものはなかったんですよ。これは僕の考えなんですが、日本まんがにおける一番の特徴は長編ストーリーですね。手先生から始まった流れなんですが。

岡田 アメコミ黄金期にも長編まんがはなくて、すると日本で手治虫がこのスタイルを発明したということになるんですね。

ショット 戦前にもストーリーまんがらしきものはなくもなかったんですけど、普及させたのは手先生だと断言していいんじゃないでしょうか。手先生の最大の功績はまんがのストーリーを、まるでパソコン用語で言うところの「ファイルの圧縮と解凍」のように展開させたことですね。圧縮すれば一五ページに収まってしまうストーリーを、何百何千ページの長さに展開してしまったんです。

岡田 日本から始まったそれらの長編ストーリーまんがというのは、翻訳さえしてあれば向こうの人たちも抵抗なく読めるんでしょうか。

ショット いいえ、まんがは文化と密着した要素があるので、英訳しても受け入れられないものや、英訳そのものが困難なものなどはありますね。ですから現在アメリカで出ているまんがはかなり選定されたラインナップになっています。つまり海外出版が企画された段階で、「これはアメリカで売れるだろうか?」という選定がかかるんですよ。たとえばどんなに面白いパチンコまんががあっても、アメリカにはパチンコそのものが存在しないので読者はついてこれない。

岡田 ああ、じゃあ『ナニワ金融道』とかも(笑)。

ショット それはさすがに難しいでしょう(笑)。でも『ナニワ金融道』は『漫画人』という雑誌に一部連載されたことがあるんです。この『漫画人』という雑誌はとてもユニークで、まんがファンよりも、日本文化を学ぼうとしている人や日本語学習者を読者ターゲットにした、いわゆる教材的な編集コンセプトなんですよ。

岡田 『漫画人』、今回ショットさんが持ってきてくれましたね。あ、なんか『加治隆介の議』が載ってるし(笑)。いわゆる政治まんがですよね、これ。翻訳の仕方がほんとに教材的というか、「そんなドラスティックな意識改革が、鹿児島県という保守的な地盤で可能かと思うか?」なんてセリフが一度ローマ字になって、さらに英訳されてますけど、これで鹿児島県が保守的な地域なんだと国際的に広められてしまいましたね(笑)。『漫画人』ではこれ以外にもいろいろまんがを掲載してるようですが。

ショット 掲載ラインナップは毎月変わりますし、ずっと続いている作品も中にはあります。この雑誌のいいところは、普通の市場では販売できないような作品、つまり日本以外では通用しないようなまんがも掲載してしまうところで、ストーリーに関する文化的背景や予備知識についてもしっかり説明されているんです。

岡田 以前これのバックナンバーをいただいたとき、『OL進化論』が載っていて「こんなの分かるかなあ」と思いました。こういうので日本のまんがに初めて出会う人も多いんでしょうね。

ショット ええ。『漫画人』のメイン読者層は普通のまんがファンとはまったくちがった人たちで、三〇代四〇代のサラリーマン男性などが多いですね。まんが専門店ではなく普通の書店に置かれている場合が多いようですし。

岡田 ところで、パチンコまんがみたいに日本にしかない文化を扱っているまんが以外のものならば、大体輸出可能なんでしょうか。

ショット 文化的要素が強すぎるものは、やはり『漫画人』と同じような形で紹介するしかないと思うんですけど、そうでないもの、もっと普遍的なテーマを持った作品ならば輸出は可能でしょうね。SFモノは輸出に向いていて、SFまんがはわりとストレートに入ってきますね。

岡田 まんがではなく小説ですけど、『ロードス島戦記』も向こうでは好評のようですね。小説といえばショットさんも小説版ガンダムの翻訳をなさっていて、あれはひじょうにいい仕事でした。

ショット 富野由悠季さんが書いた、ファーストシリーズの『機動戦士ガンダム』小説版。残念なことに今は絶版なんですよ。

岡田 富野さんの日本語って変でしょ(笑)、よくあれを翻訳できましたよね。

ショット いやあ、なかなか面白いですよ。

岡田 中身は面白いんですけど、あの人の日本語って日本人が読んでも分かりませんから(笑)。ショットさん、どうしてそんな神妙な顔するんですか(笑)。

ショット こういうときはツラい(大笑)。僕自身は富野さんの文章好きなんですけど、これがアメリカで出版されたときはアニメのビデオすら出回っていなくて、売れ行きの面でだいぶ苦戦していたんですよ。さらに『スター・ウォーズ』と比較されてしまったりなんてこともあって、ちょっと残念でした。同じデルレイ社から出ていた『スター・ウォーズ』小説版の売れ行きと比較されちゃったんですね。それでも三巻合計で75000部売れました。

岡田 

ショット 版元のデルレイとしても、『スター・ウォーズ』と比較したらそれはあまり売れてないだろうなということになっちゃうんですね。

岡田 アメリカで75000部といったらかなりの数字ですよ。俺、アメリカで日本からの輸出コミックがどのくらい売れてるのかとかもチェックしてるんですけど、それらと比較しても75000部というのは驚くべき記録ですよ。

ショット それだけアニメファンが多いということでしょうね。ファンなのだけれど劇場でガンダムを観ることもテレビ放映を観ることもできなくて、友達でビデオを貸し借りするとか、日本から直接取り寄せるしかなかったという状況だったわけでしょう。そういう事情があったから、小説版が出たときにはみんな一斉に飛びついたんです。この前インターネット上にガンダムのホームページが開設されたんですが、覗いてみたら一日当たりのヒット数がもう、何万単位なんですよ。ガンダムファンは結構いるみたいです。

岡田 ガンダムってアメリカではテレビ放送されませんでしたし、ビデオ売ってるのもあまり見たことありませんものね。だからあちらのガンダムファンはほとんどが日本からの個人入手ビデオか、もしくはプラモで情報得るしかなくって。

 ええと、そろそろまとめに入る時間なんでショットさんに質問。あの、アメリカで日本まんがを体系的に勉強しようとか、図書館を創ろうとか、そういう動きはありますか?

ショット 図書館設立の運動はないんですけど、僕の書いたまんが研究書が現在、バークレイ大学で教科書に使われているそうです。アジア文化、とくに日本文化を研究している先生が講義でまんがを取り上げているんですね。学生たちに強制的に僕の本を読ませているというのがひじょうに嬉しいんですけど、アメリカの学生は果たして大丈夫なんだろうかという不安も(笑)。

岡田 アメリカの「オタク文化論」みたいなもんですね。今日はありがとうございました(会場拍手)。

 


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