美術手帖 BT連載コラム第二十一回〜第二十四回
ン1995-1998.Toshio OKADA all right reserved.
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 #21
 謎本の次のトレンドは何か。今、出版社は躍起になって探している。謎本というのは、マンガやアニメ作品の知られざる設定なんかを、いろいろ研究したり、想像したりして書き連ねた本だ。
 ブームのきっかけはサザエさんの謎本、『磯野家の秘密』から。この本では、磯野家の間取りや、波平の年収やマスオの出身地など、事細かいどうでもいいようなことを、全巻読破して調べあげ、書かれている。
 この謎本が一気に大ヒット。その他のマンガやアニメ、耽美小説などの謎本も相次いで出版され、今や書店の棚一つ分を占領する勢いだ。この夏は『新世紀エヴァンゲリオン』に関する謎本があふれたので、本屋で見たことがある人も多いだろう。
 謎本に関しては、もはや飽和状態だ。では謎本にかわるトレンドは何か?
 それが今回、取り上げる「語録本」だ。
 マンガやアニメ作品に登場するキャラクターの名セリフ、キメセリフ、心に沁みいる一言を並べて人生を語る、という形式の本だ。
 人間として許せんヤツには、バシっと言ってやりたい。こんなシチュエーションで、この言葉を使って、キャラクターの気分になりきりたい。こういう「マンガのセリフでカラオケ」が、語録本の醍醐味なのだ。
 まずは正確には語録本ではないが、『巨人の星伝説』。『巨人の星』に登場する元祖モーレツしごきオヤジ、星一徹の名セリフ集と、昭和時代の評論集。
 次に出版されたのが、島本和彦作品に関する名セリフ集『炎の言霊』。炎のマンガ家、島本和彦が描く作品に登場する熱い男達の名セリフ集だ。
 例えば、相手の卑怯な行いを責める主人公に、「お前も以前、卑怯なマネをしたではないか」と言い返すライバル。そこへ主人公が返す名セリフ「それはそれ!これはこれ!」。理屈をぶっ飛ばす力強さ。なかなか味わい深いセリフと言える。
 麻雀劇画誌で活躍する福本伸行の『カイジ語録』も、渋い魅力である。「勝たねば意味がない」「眠り続ける偽善者」・・・こんな福本節は、島本節とは正反対の、クールな魅力に溢れている。でも雀荘でポツリと言ったら、殴られそうなセリフばかりだが。
 この3冊に共通するのは、「男の生きざま」がほとばしっているという点だ。これからは、「生きざまブーム」が来るかもね。


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#22


 先日、某大出版社の言論誌が、『ポケモン』の「ヒットの秘密」を僕に訊きに来た。僕は「なんでそんなことを知りたいのだ?」と思いながらも、一応まじめに答えた。現在の大状況をふまえて、ポケモンの制作者が、売るためにどんな努力をし、どんな工夫をしたかを、具体的に説明した。僕がいくら一生懸命説明しても、記者の顔色はさえない。「それでは編集長に通らない」という。僕がどんなことを言えば、彼は喜ぶのだろうか?
 訊くと、彼は嬉しそうに教えてくれた。「少年ジャンプのヒットの秘密は、友情・努力・勝利なんです。『ドラゴンボール』も、この3つの要素で大ヒットした。ポケモンは久しぶりに、この3要素が入っているから大ヒットしたんですって!」
 得意げな彼の顔を見ながら、僕は腰がヘナヘナと砕けてしまった。
 どんな物語にも、主人公の動機付けが必ず必要だ。ジャンプの場合、主人公の動機は常に「友達の危機=友情」にあるという程度のことだ。動機によって、実際に主人公が行動することで、ストーリーが進む。ジャンプの「努力」とは、主人公の行動に障害がともなうという意味である。「勝利」とはカタルシスのこと。ジャンプの場合、それがいつもハッピーエンドだ、という程度のことだ。
 こんなの、何にも言っていないのと同じだ。この20年、『少年ジャンプ』は友情・努力・勝利に満ち溢れている。その中には大ヒットもあれば全然ダメなのもあるじゃないか。
 第一、ポケモンというゲームでは、プレイヤーの動機付けは友情ではない。だいたい友達なんか出てこないぞ。ゲームをすればわかるはずだ。それでも、記者は嬉しそうだ。要するに、それらしい言葉、わかったような気分が大切なだけなのだろう。
 「では今、子供達の間でポケモン・カードのコレクションがブームですが、これはお宝鑑定のブームと関係があるんですよね?」何が「では」なんだ。関係ねぇよ。



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#23


   僕は、その後、記者に1時間も説教してしまった。みんなの中にもこれから、ジャーナリストになったりする人がいるだろう。そういう人は特に「ヒットの秘密」なんていう言葉には気をつけよう。そんなこと場に惑わされると、本当に、その作品のどこがすぐれていて、どこが受けているのか、ちゃんと考えることを放棄することになる。ズルししないで、自分の頭で考えるように心掛けること!
 アニメにはアニメ論が、マンガにはマンガ論がある。この前、声優論を卒論のテーマにして、北大を卒業したというヤツがいたから、声優にもちゃんと声優論があるらしい。
 それなのになぜか、プラモデルにプラモ論がない。僕の大好きなプラモデルには、プラモ論がないのだ、なぜなんだ?
 僕はしみじみ考えてみた。 プラモ屋やおもちゃ屋の店先に積まれているプラモデルの箱の山を思い浮かべる。彼らは昼寝してるみたいにただ並んでいる。そう、彼らには主張がない。主体がない。内包する悩みがないと言ってもいい。
 箱はともかく、完成品には主張があるではないか、という意見もあるかも知れない。確かに、戦車にきれいに色を塗り、周りに軍装の人形を配して、戦争の一場面を表現することもできる。が、それとて、何となくあり合わせの感じは拭えない。戦場で実際に撮った写真のリアリティにはかなわない。戦争の虚しさや哀しさをを伝えるには、どうしても役不足だろう。
 材質がプラスチックだというのも、役不足の一因だろう。プラモデルは、プラスチックであることを塗装で隠すのをよしとする。「タイガー戦車の鋳鉄の感じが良く出ている」とか「B29のジュラルミンの質感がいい」とかいうのがほめ言葉であることからもそのことがわかる。
 でも、ペインティングアートは、紙の材質を生かして描かれる。興福寺の阿修羅像も木目を生かして掘られたはずだ。
 なぜだろう?
 これは、プラモデルが本質的に、本物のコピーだということに起因している。 つまり、本物にいかにそっくりであるかのみが問われる存在だということだ。 だから、プラスチックであることを隠すしかないのだ。
 でも僕はこの前、とうとう主張のあるプラモデルに遭遇してしまった。押入を整理していて、プラモデルのパーツのかたまりをみつけた時だ。箱もなければ説明書もない。パーツが全部揃っているのかわからないどころか、一体分なのか、三体分なのかすらわからない。プラモデルのからまり。この時、僕は、このかたまりから「作れるもんなら、作ってみろ!」という強烈なメッセージを感じた。プラモデルだって主張できるじゃないか。誰かプラモ論を書いてくれ。自分で書くのはヤだけど。



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#24


『EXPO』は万博グッズで有名な骨董屋で、予想通り、万博グッズがカウンター前に山積みだった。
 レジの横の棚には、万博の絵はがきがカゴ一杯。太陽の塔も、万博記念公園で売っていたソフトビニール製のレプリカから、NECのカラーTVを買うとオマケでついてきたブロンズ製の置物まで、色々な種類がそろっている。向こうの壁には全パビリオン記念メダルのコンプリートセットが飾ってある。万博記念手帖、日本館のパンフレット、各パビリオンのスタンプセットまで、何でもある。万博マークの入った金杯&銀杯セットという、悪趣味なものまである。
 僕は、買って買って買いまくり、店にあった万博グッズの半分を買い占めてしまった。酒も飲めないのに、金杯&銀杯セットまで買った。「そんなに買ったら、次にきた時の楽しみがないですよ」という店長の制止も聞かなかった。
 さんざん買うと、さすがに店長もすっかり心を許してくれて、今度は売り物でない店長個人のコレクションを披露してくれた。まず、万博の椅子。折り畳み式の椅子で、座面に万博マークが印刷されている。「実際に座ると、すぐにこの万博マークがすれて見えにくくなってしまうんですよ。だから、こんなにきれいな状態のは貴重なんです」と、嬉しそうに教えてくれる。もうひたすらうらやましい。思わず夜中に盗みに入ってやろうかと考える。続いて見せられたのは、万博のちゃぶ台。丸いちゃぶ台の表面に、万博マークが一面にプリントされている。これも心底羨ましく、思わず、夜中に火を付けてやろうかと考えるほど憎たらしい。
 お返しに僕の実家の斜め向かいの表具屋さんで作っていた、万博マーク入りの畳の話をしてやった。畳のへりの黒い部分に、金糸銀糸で万博マークを刺繍してあるという、超レアアイテムだ。万博当時、その表具屋さんの六畳の居間には、万博畳がちゃんと6枚敷かれていた。この話を聞いた店長は、僕と同じような、悔しそうな顔をしてくれた。この「自慢→悔しい顔」こそ、コレクター同士の会話の真骨頂だ。
 というわけでとりあえず一太刀は浴びせたわけだけど、やっぱり悔しい。どっかに万博マークの車、売ってたら、それで乗り付けて見せびらかしでもしない限り、この悔しさは消えそうにない。





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