デジタルmonoマガジン『デジタルの神様』
・1995-2001.Toshio OKADA all right reserved.
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◆『デジタルの神様』#1

 あぁ、デジタルの神さま。
 僕はデジタルを信じています。
 デジタルはきっと、僕を幸せにしてくれますよね?

「やっぱりこれからは、オープンカフェでエスプレッソでメールチェックだよね」
「はぁ?」
 秘書の柳瀬くんは面食らっている。
「ほら、東急デパートの裏にスターバックスできたじゃん?あのかっこいいオープンカフェで、外人とか大型犬の連れたマダァ〜ムが、カプチーノとか飲んでんだよ」

「はぁ」
 ノリの悪いヤツだなぁ。
「わかんない?『姉ちゃん、ホットひとつ。濃〜いミルク奥まで入れたってや』とは違うわけ」
「それは大阪だけでしょ?」
「そこで僕が、香り高いエスプレッソなんかを飲んで、優雅に最新型のノートパソコンで午後のブリリアントな一時に、女の子からのメールに返事書いたりするわけよ」
「あぁ、また岡田さんのドリームですね」
 柳瀬くんは急に合点がいった顔で頷く。
「ドリームじゃないよ!デジタルの神さまのお告げだもん。お前は流行りのオープンカフェで、ブリリアントな午後を過ごすのぢゃ、って」
「カフェブームだからですか?流行りに弱いなぁ」
「うるさいなぁ、流行に敏感なのは職業病なの!」
「はいはい、じゃあノートパソコンを1台購入ですね」
 『デジタルくん』である柳瀬くんは、嬉しそうに確認する。デジタルくんとはどんなに貧乏でもデジタル機器を買うことに生き甲斐を見つけている中毒患者だ。
 普段は消しゴム一個ムダにしない柳瀬くんだけど、ことデジタル機器購入に関しては小心者の僕をビビらせる買いっぷり(もちろん支払いは僕だけど)を見せてくれるのだ。
「ノートパソコンかぁ。軽くて最新でデザインがかっこいいやつ。あとね、モノマガの日記に書いたらまた貧乏な同業者が『岡田斗司夫のヤツ、バカでデブのくせに荒稼ぎしやがって!』って眠れなくなるようなヤツ」
「わかりました。そのノートパソコンで原稿を書くわけですね?」
「え〜、そんなの出来ないよ。ノートパソコンってカマボコ板みたいな本体にハンペンみたいなキーだろ?長文なんか打ってられるわけないじゃん()」
「じゃあ原稿を書くのは会社にあるデスクトップ機、と」
「いままで通り、自宅の書斎でもするよん。やっぱ夜中に自宅で書くのが一番はかどるもんね」
「じゃあノートパソコンでは仕事、ぜっんぜんできなくてもいいんですね」
「なんか意地悪な言い方だな。ちょっとした直しやメールの返事程度は、ノートパソコンでもやるに決まってるじゃん。ブリリアントな午後にカフェでメールチェック、なんだから」
「はぁ。じゃあ自宅や事務所のデスクトップ機で書いた原稿のデータと、ノートパソコンで呼び出せる原稿のデータは、いっしょじゃないとダメなんですか?」
「そりゃそうじゃん。直したのと直してないのとバラバラあったら、わけわかんなくなるでしょ。それができるのが、コンピュータのいいとこだろ?LANでつなぐんだよ。僕だってそのくらい知ってるさ。ローカル・エリア・ネットワークだからLAN。うちみたいな小さな会社はSOHOって言うんだって。う〜ん、かっこいい!」
「‥‥じゃあMacのノート、買いますか?」
「ダメだよ、今度はウィンドウズでなきゃ!」
「え?」
「だってMacにはエロゲーないんだよ!代官山のオシャレなオープンカフェで、ノートパソコン開いてエロゲー!これこそ男の夢だよ」
「はぁ、ではこれを機会に会社のパソコンは全てウィンドウズに切り替えますか?」
「ちょ、ちょっと待って!(まったくデジタルくんはすぐに買い物したがるから)
 えーとね、今のMacは今まで通り使って、おまけにウィンドウズも使いたい!」
「Macとウィンドウズをつなぐことも可能なんですが、そうすると○○○が×××の時、ファイルの共有性が△△で(以下、呪文が5分続く)
「でも、最近仕事の依頼もメールってとこ、増えてるじゃん。メールチェックは優雅にやりたいよ。」
 僕は、呪文に負けないようにがんばった。
「でしたら、ノートパソコンはメールチェックのみに限定したらどうです?」
「なんでだよ。携帯じゃないんだから、原稿だって書くよ。書けないはずないじゃん」
「ですが、MACとウィンドウズでは、○○○が×××の時、相性が△△△△△△でデータの取り扱い形式が(以下、5分呪文が続く)
「要するに、MACとウィンドウズ、いっしょくたにLANでつなぐと、バチがあたるわけ?(ヤケクソ)」
「まぁ、そうですね(ヤケクソ)」
「バチよけのお守りはないの?」
「は〜、難しいですね。それにLANでつなぐ場合、ホストコンピュータを1台設定してそこにデータを集約させ(以下、呪文が30分続く) つまり岡田さんがやりたいっていうことは、こうなっています。(図1)会社でも自宅でもまったく同じ環境で仕事をする、というだけでしたらそんなに難しくないです」

「で、肝心のオープンカフェは?」
「会社でも自宅でもノートパソコンだけで仕事をされるんでしたら」
「あんなしゃらくさいマシンで男の仕事、できると思う?(☆に戻る)」
 こういう押し問答がえんえん20回以上続いたあと、ようやっと図2のようなシステムに決定した。


 そしてある日、僕にSONYのVAIOというノートパソコンが手渡された。
「これでできるハズです」
「ハズ」にちょっとひっかかったけど、僕はうきうきとパソコンをたちあげた。会社の社内LANケーブルにつなぎ、ホストコンピュータにある共有フォルダをあけようとする。
 ピーピピーピー!
 いきなり、バイオの横に差し込んだままのPHSが電話を始めた。
「あれっ、ネットワークケーブルが優先のはず」
 柳瀬くんが素っ頓狂な声をあげる。やっぱり「はず」はクセモノだ。
「ちょっと5分だけ待って下さい」
 柳瀬くんは、何度も「あれっ」という声を上げながら、何か色々試している。
 僕にはわかっている。
 さっそくバチがあたったのだ。
 僕たちはいま、魔のサルガッソー・デジタル空間にひきずりこまれたのだ。デジタル空間では、通常の30倍で時間が過ぎていく。あなたの職場にもきっと一人はいるはずのデジタルくん。もし彼が「ちょっと1分待って」というと、かならずみんなは30分待たされる。それが恐怖のサルガッソー・デジタル空間なのだ。
 柳瀬くんが5分といったら、30倍の一五〇分。つまり、2時間半は必要とするはずだ。
     (3時間経過)
「もうこれで大丈夫です!決定です!」
 ピーピピーピー。
「まだ内蔵PHSがお話するけど‥‥」
「あれっ!?あれっ?!」
     (30分経過)
「仕方ないですね。1回つなぎ直すとごとに再起動することにしましょう‥‥」
「新しい環境にいくたびに再起動するのかぁ」
「環境がかわれば、まずは再起動。何かと言うとコーラン片手にお祈り始めるイスラム教徒みたいですね」
「お前がそゆこと、言うなぁ!」


 そういうわけで、僕の願いはデジタルの神さまに聞き届けられた。
 会社、自宅、オープンカフェ。最近の僕はいつどこででも、それこそブリリアントな午後であれ出張中の新幹線であれ、どこででもノートパソコンの登場だ。 
 あこがれのSOHO、社内LAN。
 おかげでいま僕は午前5時を過ぎてもまだこの原稿を書いてるし、いつどこでも柳瀬くんから携帯一発で呼び出されて「いまからメールで原稿送りますから、すぐに修正入れてこっちに送信して下さい」と命令されるようになった。中央線の電車の中とか、出張中のホテルとか、そう、それが一年三六五日可能なシステムになってしまったのだ。
 
 ああ、デジタルの神さま。僕は本当に幸せになったのでしょうか?

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◆『デジタルの神様』#2

 デジタルの神さま、僕はデジタルを信じています。デジタルがきっと僕を幸せにしてくれることを。

 別に隠してきたわけじゃないけど、実は僕はOPマニアだ。
 OPというのは、アニメや特撮のオープニング、つまり主題歌の映像のことである。同行の士も多く、同人誌も何種類も出ているほどだ。


 大昔、まだ僕が幼稚園も行っていない頃から、僕はOPが好きだった。「鉄人28号」のOPを食い入るようにして見る僕に、母はよく「毎回、おんなじやろに。今の内にトイレでも行っとき」と声をかけたものだ。
 違う。毎回同じだからこそ、完璧に憶えきるまで見たい。
 何を憶えるって? 何もかもだ。
 絵も歌もそれぞれのタイミングも全部憶えたい。伴奏だって金管楽器の入るタイミングやハープが一瞬鳴るのも聞き逃したくない。
 だって、こんなに絵と音とが美しくシンクロしている総合芸術が、他にあるだろうか。
 大学生になった頃、ディズニーのファンタジアがリバイバルされた。あのハリウッドが作った作品。しかも絵と音楽との饗宴と評価の高い作品だ。
 期待は高まったけど、僕にとっては長いだけ、眠いだけの駄作だった。ただ単にクラシックにアニメをつけただけ。最初から絵と音楽との両立を前提に作られたOPに比べると、なんて貧弱な出来なんだろう!
 80年代に流行りだしたMTV(ビデオクリップ)も、すでに無限に進化を遂げたOPに比べれば密度が薄すぎて、見れたものじゃない。
 それよりも、「海のトリトン」のクライマックス、海ヘビがまわりこむシーンのボーカルシャウトと合った見事な動き。
 サイボーグ009(新)で、008が水中にダイブする瞬間、伴奏にハーブの音色が入るタイミング。
 最近で言うと、「新世紀エヴァンゲリオン」のサビの部分、あえてドラムの裏リズムに合わせてカットを切り替えるセンスの良さ。
 そういう背中がゾクゾクするような映像が、OPにはいっぱいあるののだ。
 6年前、アメリカ東海岸のアニメコンベンションOTACONへ行ったとき、プリンストン大学アジア音楽科の研究者ジョン・カーは、真顔で「日本のアニメのOPは、世界に誇る芸術ですよ!」と断言した。
 「あんなもの、他に例がありません!」
 そう、その通りだよ。ジョン。君はそれを訴えたいがためにニューヨーク市カラオケ大会に出場して、日本語で「おそ松くん」歌って優勝したんだよなぁ。

 あぁ、このOPのすばらしさを、いろんな人に伝えたい!
 そう思っても、言葉でこの総合芸術のすばらしさを伝えるのは難しい。
 若い頃は情熱のまま、口で実演していた。
 例えば、ウルトラマンで有名な円谷プロが、20年以上前に制作した「スターウルフ」。たいして人気はなかったけど、OPだけはすごくかっこいい。これはもう、僕が伝道するしかないのだ。
「最初は、プァープァーーンプァプァというシンセの抜けるような音やねん。画面は光学合成の神様、中野稔の多重露光のかかった光塊が、中央から外へと広がる。パーンパカパーン。ここでホルンの音とともにスターウルフというタイトルが起きあがってくるねん。めっちゃカッコええやろ?
『あおい銀河に〜』と、森田公一作曲のスケールのでかい曲。ボーカルは串田アキラだっけ?いや違う、ヒデ夕樹だ。
 広大なコンクリートの滑走路に、宇宙船格納庫が映る。何と、その格納庫自身が後ろにスライドするんだ!画面中央には、宇宙船バッカス三世が大写しになるぅぅ!」
 当たり前だけど、このあたりで相手の呆れた顔に気がつき、「まぁ、そんなわけで、けっこうカッコええんやけどな、ムンニャ、ムニャ…」とならざるをえない。
 だからビデオが発売されたときは嬉しかったね。とにかくぎっちりアニメや特撮のOPをつめたテープを持ち歩いた。もちろん、誰彼かまわず布教するためだ。
 が、これも失敗だった。
 何しろ、1〜2分のOPが、180分テープに3倍モードでぎっちりつまっている。つまり200本以上の作品が入っているのだ。
 見せたいOPを探して頭だししている間に、相手はすっかり興味を失ってしまう。
 僕の布教活動は、遅々として進まなかった。
 こんな僕の悩みをきいた秘書の柳瀬くん、先日「バイオのノートだったら、アニメのOP、簡単に持ち歩きできますよ」と、嬉しそうに言い始めた。
 前号でも説明したけど、この柳瀬くんはホンモノのデジタルくんだ。とにかくスキがあると、僕やうちの会社にデジタルなモノを買わせようとする。
 この間もヤツはさりげな〜く「岡田さん、事務所でパーフェクTV、見れるようにしませんか」と言う。つい、「ああ、いいねぇ」と一言答えたら、いきなりSONY製のチューナーとバカでかいパラポラアンテナを買ってきやがった。
 僕がコンビニで単三電池を買うとき、840円のにするか、640円のにするか、二十分も迷っているのを知っているクセに…
 今度は僕も警戒した。
「ちょっと待てぇ!そのバイオノートっちゅうのは、高いんとちゃうんか?!」
「今はもうノートパソコンは、どれでも安いですよ」
「千円か?」
「はぁ?」
「大阪で安い言うたら、千円のことや。君は知らんやろけど、オレの高校のすぐ近所にあった大国町の交差点では、どんな靴でも千円で売ってた。ウィングチップの革靴やろうが、厚底ブーツやろうが、真っ赤なピンヒールやろうが千円や。ええか。安いっちゅうたら千円のことや!」
「はぁ、わかりました。じゃあ高いです。やめますか?」
「そゆこと言うなぁ!おまえもつき合い長いんやから、わかってくれや〜。ちょっと高いけど、だいぶ安いですとか、耳にええ言葉でオレを丸め込んでくれ〜!ワシはケチやけど欲しがりやねん」
 すったもんだの後、結局、ノートパソコンとデスクトップのバイオを各1台づつ、買ってしまった。
 机の横にラックを組んで、ビデオデッキ二台、LD一台、ビデオ付きテレビを一台、その他TV画面プリンターとスカイパーフェクTVのチューナーも繋いだ。あ、2台のビデオの間には「●●●」という小さな機械がある。これは映像の劣化を防ぐためのブースターのようなものだけど、中を開けて小さなコードを一本切ってしまうと、なんとダビング防止信号をキャンセルする機械になってしまうらしい。ぜったいにこーどをきらないようにちゅういしなければいけないなぁ。


 ところがここで、問題が持ち上がった。
 どのテープに何が入っているか、さっぱりわからなくなったのだ。
 今までOPだけ入れるぞと決意して撮りだめしてきた専用テープが何本もある。つまりそれぞれに、何百本も入っているわけだ。その上、新しいアニメのOPが始めると、「おっ、撮っとかなきゃ」ってカンジで、手近なテープに録画してしまったのもけっこうある。ついこの間のことならわかる。が、10年もコツコツ撮りだめてきたわけだから、己の記憶などあてにならない。
 しかしなにより問題なのは、日本全国から寄せられた同行の士よりのテープ、コレである。僕と同じくほとんどの皆さんがインデックスなんか作ってない。もう撮りっぱなしである。OPマニアはみんな男らしすぎるのだ。
 とりあえず全テープを積み上げたら、まさに山になってしまった。


 横から柳瀬がヌかす。「リストとか作っておけばよかったのに」
「そゆこと言うなぁ!」
 結局、どうしたかというと僕は今、毎日毎日アニメのOPを見ている。背中に何も貼っていないテープを差し込む。あぁ、OP集だ。こっちは?ああ、半年前の「世界丸ごとTV特捜部」だ。
 こうやっていちいちチェックして仕分けるしかない。チェックしはじめるとわかるけど、何回も同じ作品を撮っていたり、音がモノラルだったりステレオだったりする。頭にノイズが入っていたり、お尻にノイズが入っていたりもする。当然、一番状態の良いヴァージョンを入れておきたい。
 中には、同じ作品なのに、放映中にOPが変わる場合もある。『宇宙戦艦ヤマト』など、26話しかなにのに、OPが14ヴァージョンもあるそうだ。
 そういう差分をチェックし、取捨選択しながら、デスクトップ式のバイオにどんどん入れていく。あっと言う間にハードディスクを4ギガも使ってしまった。
 で、この中でから「特に人に見せたい!」と強く思う作品だけを、バイオのノートに移して持ち歩くわけだ。
 まさに苦労の結晶である。
 この間、合コンで、初めてこれをお披露目した。
「実はさぁ、アニメのOP持っているんだけど見ない?」てなカンジ。
 笑っちゃいけない。
 まったく予想していなかったんだけど、この方法はかなりいける!
 まず、ノートパソコンの液晶画面は、改良されたとは言え、正面から見ないとかなり見えにくい。音だって小さめだ。
 自然と、ノートパソコンに近づいて、互いの顔をひっつけて見ることになる。しかも「わ〜、なつかしい!これ、見てた〜」なんて、もうこれだけで、何だかいいカンジだ。
 しかも、画面に作品名リストがずら〜っと五十音順に表示されるから、「うわ〜、いっぱいある〜。あ〜、私今度これ見たぁい!」 と、どんどん盛り上がるのだ。
「僕の部屋に来たら、もっとあるよ」なんて誘えば、もう、バッチリ!
 そう、大発見!
 アニメのOPをノートパソコンに入れて持ち歩けばモテる!
 まぁ、そんなOPを見て、我を忘れるほど大喜びする女の子は、どうだろうという意見もあるかもしれない。やけにオタク臭かったり、自宅に隠れてホモ同人誌を描いていたり、という可能性も高いかも知れない。
 それでも、デジタルの神様。デジタルは僕を幸せにしてくれたんですよね?

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◆『デジタルの神様』#3

 世界中の人々が自分を誉め讃えてくれる。
 これが僕の、究極の理想状態だ。あ、ヘンな日本語だけど、もう究極の理想なんだから、どうしようもないのだ。
 世界中の人々が自分を誉め讃える。その為だけにモノカキをやっていると言っても過言ではない。
「さすが岡田先生、言うことも書くことも凡人とは違う。いや、恐れ入った!」
 そんな純生100%の誉め言葉を想像しながら、一人ポソポソと原稿を打っているわけ。
 だけど、誉めてもらうのは難しい。
 世界中どころか、本を読んでくれた人ですら、僕に誉め言葉を贈ってくれないのだ。
 本というのは、みんなも知っている通り、アンケートカードが付いている場合がある。だけど、ほとんどの人は書いてくれない。
 2万部売れた本でも、十通程度。5万部で二〜三十通。アンケートカードが戻ってくる確率は、年賀状付きお年玉よりずっと低いのだ。
 それでもときどきいただくファンレターにある「おもしろかったです」の一言が、どんなに光輝いて見えることか。
 どうして読者はこんなに無口なの?
 強烈に恥ずかしがりなわけ?
 たいして売れなくて、もうからなかった本でも、知り合いに直接ほめてもらったりするだけで、「あぁ、書いて良かった」と心から幸せになれるのに。
 そうだ、こんな時こそデジタルの神様にお願いだ!
 インターネットでぼくの本に関する記述を検索しよう!

 ネットというものが存在してよかったなぁ、と思った瞬間が三回ある。
 一つは、HPを開設したとき。
「完全に何をどれくらい書いても、100%自由である」というのはHPが初めて実現してくれた表現・発表の自由だ。
 二つ目は、ショッピング。特に僕のように特殊な趣味を持っている者にとって、世界中から自分の好きなジャンルのおもちゃや古書を探し出して買うことができる、というのは、すごく便利だ。特にインターネット・オークションは素晴らしい。
 そして3つめ、検索エンジンを初めて使ったときに「ああ、電子ネットが存在してよかった。神様、ありがとう!」と思わず叫んでしまった。
 みんなも、自分の名前で検索してみたこと、あるでしょう?
 よほど変わった名前の人でなけでば、自分と同姓同名の人で、十件、二十件くらいはヒットすると思う。
 自分と同姓同名の人が、建築家だったり、近所の専業主婦だったり、栃木県の聞いたこともない中学校の卒業者名簿にあったり。
 こんな小さな発見が、嬉しかったりする。
 だから妄想もどんどん膨らむ。ひょっとしたら中学校の頃、同級生だった女の子の日記に自分の名前が出てるかも。今は人妻の彼女が毎日つけているネット日記。今日もひとしきり旦那の悪口の後、「こんなことなら、中学校で好きだった岡田斗司夫君に思いきって告白していれば」
 って、おい、それって僕のこと!?
 そんなの、早く言ってくれれば!
 ‥‥ああ、ええ、オホン。まぁ、それほど検索エンジンは、便利ってことだ。

 というわけで、僕は最初の著書『ぼくたちの洗脳社会』の中から「洗脳社会」をキーワード入力して、さっそく検索してみた。
 最強サーチエンジンGoogleで231件のヒット。
 たいていは、個人のHPの日記の中に「○月×日 『ぼくたちの洗脳社会』を買う」と一行だけあったりする程度だ。
 おい、読んだのか?
 おもしろかっただろう?
 どうなんだ?
 まさか、まだ読んでない、なんて許さんぞ!
 そう思うがじっとがまんだ。
 それでもたまに、きちんと感想が述べられているのにも出会うことができるのだ。
 何という幸せ!
 それにしても奥ゆかしい。
 こんなところに書いていないで、僕のところに送ってくればいいものを。
 必ずお返事メールを送ってあげるのに。
 いやいや、先手を打って「日記を読みました。著者の岡田です。お褒めにあずかり、ありがとうございます」と、いきなりこちらからメールを送って、感激させてあげようか。
 いやいや、相手はただ、日々の自分の心の動きを書きつづっているだけなのだ。僕をほめたいのでも、僕にお礼を言われたいのでもないのだろう。
 大人な僕は、はやる心を抑え、URLをブックマークするにとどめることにした。

 昔、といってもいまから三年ほど前、まだ通信速度が9800の頃に、僕は自分の名前を検索エンジンで引いたことがある。その時は確か千三百件だったか。
 見たよ、全部。
 1件見るのに異常に時間がかかった。
 それでも三日三晩、読み続け、しまいにはタマネギをむいた時みたいに、充血した目からポロポロと涙がこぼれ始めた。
 あいかわらず、一行で終わりが、ほとんどだった。それでも何十もの感想を読むことができた。アンケートはがきとは大きな違いだった。
 検索エンジンとはたいしたもんだ、としみじみ思った。タマネギ目になっても読む僕もたいしたもんだけど。

 2年ほど前に出版したけど、まだ初版5000部が売れ残っている『二十世紀最後の夜に』という、みなさんに是非買って欲しい本がある。書店で探したけどない?大丈夫、アマゾン・コムとかビーケーワンとか、オンライン書店で買えますから。
 これなど、売れ数との比率から言うと、アンケートはがきは1枚も返ってこないことになる。
 つまり、昔なら全然、感想が聞けなかったのだ。
 が、Googleで検索して見たら、ちゃんと読まれてますよ。十件程度だけど。堺三保さんがどっかの掲示板で奥歯にものの挟まったような批評してるのまでわかっちゃう。
「ものすごく感動し、ぼろぼろ泣きました。感動のあまり、その場で泣きながら、いきなり彼氏に朗読してきかせました」といった、感想を読むことができるのだ。

 さて今日の午後、Googleで「岡田斗司夫」とひいたら三千六百五十件ヒットした。
 目がタマネギの頃の三倍だ。
 さすがに読むのを断念した。
 もっと、整理された情報はないだろうか?

 あった!
 日本インターネット界が誇る巨大掲示板集合体「2ちゃんねる」だ。
 2ちゃんねる、というのは、テーマごとに別れた「板」と呼ばれる掲示板集に、数百の「スレッド」と呼ばれる議題ごとに並んだ発言集が集まっている。新しい議題を自分で立てることもできる。
 そこで、僕が議題になっているスレッドを捜せばいいのだ!
 でも、あるだろうか?
 そんな心配は無用だった。

 僕の悪口専用のスレッドが5つもあった。
 論理的な批判や、どうしようもなくレベルが低い悪口。単なるデマに悪質なニセモノ。
 顔がブサイク。あんな顔で奥さんや子供がいるなんて許せない‥。まぁこれは本当だから構わない。
 どこから伝わったのかわからない話も多い。
 奥さんもデブ。本人はホモ。暴力で家族や社員を苦しめている。酒乱。数年前に新幹線で未成年にレイプ未遂の事件を起こしたけど、裏でもみ消した。
 それでも僕は、自分の話題なので、つい読んでしまった。
 困ったことに、面白い。きっと世間で流れている「○○は麻薬常用者」とか「清純派の○○は実は淫乱!」とかいう「噂の真相」も、きっとデタラメが半分以上で、それだから面白いのだろう。
 現に僕も、この2ちゃんねるでは他人の悪口は信じたり楽しんだりしている。

 2ちゃんねるはあいかわらず盛んだ。ひょっとしたら今夜また捜せば、また一つぐらい、僕の悪口スレッドが増えているかもしれない。
 デジタルが進歩したおかげで、検索エンジンは、たくさんの僕の情報を教えてくれる。
 でも僕の読みたい「ちゃんとした誉め言葉」は、かえって見つかりにくくなってしまった。まるで、川で砂金を捜している、アマゾン流域の砂金掘りガリンペイロの生活みたいだ。
 たくさんの砂を何度も何度もすくって、漉して漉して、ようやく小さい砂金が一粒二粒みつかる。
 でも悪口なら簡単に見つかる。2ちゃんねるで「ここほれワンワン」と掘ってみると、ざっくざっく。僕の悪口がいくらでも出てくる。
 
 いま、僕がほんとに欲しいのは
 岡田斗司夫 not悪口
 ができる検索エンジンだ。
 誰か作ってくれないだろうか。

 ああ、デジタルの神様。
 それでもデジタルは、僕を幸せにしてくれますよね?


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