◆『デジタルの神様』#1
| あぁ、デジタルの神さま。 僕はデジタルを信じています。 デジタルはきっと、僕を幸せにしてくれますよね? 「やっぱりこれからは、オープンカフェでエスプレッソでメールチェックだよね」 「はぁ?」 秘書の柳瀬くんは面食らっている。 「ほら、東急デパートの裏にスターバックスできたじゃん?あのかっこいいオープンカフェで、外人とか大型犬の連れたマダァ〜ムが、カプチーノとか飲んでんだよ」
「はぁ」
「で、肝心のオープンカフェは?」
そしてある日、僕にSONYのVAIOというノートパソコンが手渡された。 |
◆『デジタルの神様』#2
| デジタルの神さま、僕はデジタルを信じています。デジタルがきっと僕を幸せにしてくれることを。 別に隠してきたわけじゃないけど、実は僕はOPマニアだ。 OPというのは、アニメや特撮のオープニング、つまり主題歌の映像のことである。同行の士も多く、同人誌も何種類も出ているほどだ。
大昔、まだ僕が幼稚園も行っていない頃から、僕はOPが好きだった。「鉄人28号」のOPを食い入るようにして見る僕に、母はよく「毎回、おんなじやろに。今の内にトイレでも行っとき」と声をかけたものだ。
ところがここで、問題が持ち上がった。
横から柳瀬がヌかす。「リストとか作っておけばよかったのに」 |
◆『デジタルの神様』#3
| 世界中の人々が自分を誉め讃えてくれる。 これが僕の、究極の理想状態だ。あ、ヘンな日本語だけど、もう究極の理想なんだから、どうしようもないのだ。 世界中の人々が自分を誉め讃える。その為だけにモノカキをやっていると言っても過言ではない。 「さすが岡田先生、言うことも書くことも凡人とは違う。いや、恐れ入った!」 そんな純生100%の誉め言葉を想像しながら、一人ポソポソと原稿を打っているわけ。 だけど、誉めてもらうのは難しい。 世界中どころか、本を読んでくれた人ですら、僕に誉め言葉を贈ってくれないのだ。 本というのは、みんなも知っている通り、アンケートカードが付いている場合がある。だけど、ほとんどの人は書いてくれない。 2万部売れた本でも、十通程度。5万部で二〜三十通。アンケートカードが戻ってくる確率は、年賀状付きお年玉よりずっと低いのだ。 それでもときどきいただくファンレターにある「おもしろかったです」の一言が、どんなに光輝いて見えることか。 どうして読者はこんなに無口なの? 強烈に恥ずかしがりなわけ? たいして売れなくて、もうからなかった本でも、知り合いに直接ほめてもらったりするだけで、「あぁ、書いて良かった」と心から幸せになれるのに。 そうだ、こんな時こそデジタルの神様にお願いだ! インターネットでぼくの本に関する記述を検索しよう! ネットというものが存在してよかったなぁ、と思った瞬間が三回ある。 一つは、HPを開設したとき。 「完全に何をどれくらい書いても、100%自由である」というのはHPが初めて実現してくれた表現・発表の自由だ。 二つ目は、ショッピング。特に僕のように特殊な趣味を持っている者にとって、世界中から自分の好きなジャンルのおもちゃや古書を探し出して買うことができる、というのは、すごく便利だ。特にインターネット・オークションは素晴らしい。 そして3つめ、検索エンジンを初めて使ったときに「ああ、電子ネットが存在してよかった。神様、ありがとう!」と思わず叫んでしまった。 みんなも、自分の名前で検索してみたこと、あるでしょう? よほど変わった名前の人でなけでば、自分と同姓同名の人で、十件、二十件くらいはヒットすると思う。 自分と同姓同名の人が、建築家だったり、近所の専業主婦だったり、栃木県の聞いたこともない中学校の卒業者名簿にあったり。 こんな小さな発見が、嬉しかったりする。 だから妄想もどんどん膨らむ。ひょっとしたら中学校の頃、同級生だった女の子の日記に自分の名前が出てるかも。今は人妻の彼女が毎日つけているネット日記。今日もひとしきり旦那の悪口の後、「こんなことなら、中学校で好きだった岡田斗司夫君に思いきって告白していれば」 って、おい、それって僕のこと!? そんなの、早く言ってくれれば! ‥‥ああ、ええ、オホン。まぁ、それほど検索エンジンは、便利ってことだ。 というわけで、僕は最初の著書『ぼくたちの洗脳社会』の中から「洗脳社会」をキーワード入力して、さっそく検索してみた。 最強サーチエンジンGoogleで231件のヒット。 たいていは、個人のHPの日記の中に「○月×日 『ぼくたちの洗脳社会』を買う」と一行だけあったりする程度だ。 おい、読んだのか? おもしろかっただろう? どうなんだ? まさか、まだ読んでない、なんて許さんぞ! そう思うがじっとがまんだ。 それでもたまに、きちんと感想が述べられているのにも出会うことができるのだ。 何という幸せ! それにしても奥ゆかしい。 こんなところに書いていないで、僕のところに送ってくればいいものを。 必ずお返事メールを送ってあげるのに。 いやいや、先手を打って「日記を読みました。著者の岡田です。お褒めにあずかり、ありがとうございます」と、いきなりこちらからメールを送って、感激させてあげようか。 いやいや、相手はただ、日々の自分の心の動きを書きつづっているだけなのだ。僕をほめたいのでも、僕にお礼を言われたいのでもないのだろう。 大人な僕は、はやる心を抑え、URLをブックマークするにとどめることにした。 昔、といってもいまから三年ほど前、まだ通信速度が9800の頃に、僕は自分の名前を検索エンジンで引いたことがある。その時は確か千三百件だったか。 見たよ、全部。 1件見るのに異常に時間がかかった。 それでも三日三晩、読み続け、しまいにはタマネギをむいた時みたいに、充血した目からポロポロと涙がこぼれ始めた。 あいかわらず、一行で終わりが、ほとんどだった。それでも何十もの感想を読むことができた。アンケートはがきとは大きな違いだった。 検索エンジンとはたいしたもんだ、としみじみ思った。タマネギ目になっても読む僕もたいしたもんだけど。 2年ほど前に出版したけど、まだ初版5000部が売れ残っている『二十世紀最後の夜に』という、みなさんに是非買って欲しい本がある。書店で探したけどない?大丈夫、アマゾン・コムとかビーケーワンとか、オンライン書店で買えますから。 これなど、売れ数との比率から言うと、アンケートはがきは1枚も返ってこないことになる。 つまり、昔なら全然、感想が聞けなかったのだ。 が、Googleで検索して見たら、ちゃんと読まれてますよ。十件程度だけど。堺三保さんがどっかの掲示板で奥歯にものの挟まったような批評してるのまでわかっちゃう。 「ものすごく感動し、ぼろぼろ泣きました。感動のあまり、その場で泣きながら、いきなり彼氏に朗読してきかせました」といった、感想を読むことができるのだ。 さて今日の午後、Googleで「岡田斗司夫」とひいたら三千六百五十件ヒットした。 目がタマネギの頃の三倍だ。 さすがに読むのを断念した。 もっと、整理された情報はないだろうか? あった! 僕の悪口専用のスレッドが5つもあった。
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