TV bros『オタクの迷い道』連載第八十一回〜第九十回
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◆『オタクの迷い道』#81 セバスチャン、東京にあらわる!
| セバスチャンを覚えてるだろうか。一年ほど前に紹介した、フランスが誇る最強最悪のオタクだ。「オッパイのでかいフランス女に興味はない。僕は日本の声優と結婚する!」とTV番組で爆弾発言、世界中のオタクが引いたナイスガイだ。 そのから電子メールが届いた。 「年末に『声優紅白歌合戦』を見に日本に行く。コミケでお会いしましょう!」 僕も知らないようなイベントを、遠いフランスから調べて参加する根性に感心している場合ではない。セバが来るのだ! 僕は年末のコミケで、『日本のセバスチャンたち』という同人誌を売る予定だった。表紙は、セバ本人の写真。「綾波」と漢字でデカデカと書かれたTシャツを着こなしたセバの、間の抜けた笑顔のUPだ。よりによって、そんな本を売っている現場にセバ。「何ておあつらえ向きだ!」という思いと「何とかして逃げたい!」という気持ちで、僕の頭は大混乱だった。 そんな心境とは関係なく、コミケ当日、セバはやってきた。満面の笑みを浮かべて。「ナイス・トゥー・ミーチュー」と近寄ってくる。僕はちっともナイスじゃない。 頼みもしないのにセバは、同人誌の表紙と同じTシャツを着ている。これでは、まるで僕が仕込んだみたいじゃないか! 「トシオが僕のことをTVブロスで書いてくれたから、僕はすっかり有名人。日本の声優さんの間でも噂になっているよ」 さすがセバ。あいかわらず見上げたカン違い野郎だ。第一、オマエなんかにトシオ呼ばわりされる覚えは無いぞ。僕の親だって、セバなんかにトシオ呼ばわりさせるために、名前を付けたんじゃない! だけど、気が付くとセバは僕の隣りに座り、楽しそうに『日本のセバスチャンたち』にサインを始めている。なんてこった。 結果的に、僕はセバと並んで仲良く順番にサインすることになった。そうなると「二人といっしょに写真を撮らせて下さい」というファンまで現れ、僕はセバと肩を組んだり、握手したりまでさせられた。 彼の握手は、なんか湿っている。肩の組み方も、さっと組んで終わるんじゃなくて、感触がなんとなく残っていたりする。 ひたすらこの苦行が終わるのを我慢する僕に対して、セバは実に楽しそうだった。「また来るときは、必ずトシオに連絡する」と約束してフランスへ帰った。 以前、セバを紹介したとき僕は「もう会うことはないだろう」とか「しみじみ思い出す」とか書いてしまった。 神さま、そんな油断しまくった僕の発言に対する、これは罰なのでしょうか? (近況) |
| どんな学校にも、伝説のバカはいる。男が、その人生の中で最もバカさを爆発させる時代・中学校なら、なおさらだ。大阪の子供たちは、そんな語り継がれるべきバカたちを尊敬と親しみをこめて「アホの○○」と呼んだ。どの中学校にも、一人は「アホの○○」がいた。しかし僕の母校・S中学の「アホの深田」こそ、アホの中のアホとして近隣の中学校にまで名前をとどろかせたすごいヤツだったのだ。 当時はブルース・リーの大ブーム。日本中の教室で、いきなり上半身裸になった男子が「アチョー!」と叫んで、隣のヤツをけり倒す。駄菓子屋には、ソフトビニール製のヌンチャクが並び、放課後の教室はカンフー道場さながらの叫び声があふれる。校内一の秀才とうわさされる村上君だって「アチョー!」の声だけは練習してみた、と恥ずかしそうに語った。 S中学の生ける伝説・深田も当然、このブームにどっぷり首までつかっていた。自作のヌンチャクを自分の顔にぶつけて鼻血を出す。後ろ回し蹴りの練習中に教室の窓ガラスを割る。まさに「アホ」の名前に恥じない活躍ぶりだった。 その深田が突然、「オレは本物のブルース・リーになる!」と言い出した。自分が主演するカンフー8汢f画を作ると言うのだ。最初は呆気にとられていたみんなも、頭はすっかりブルース・リーなので、我も我もと出演したがった。 毎週土日は、近所の空き地でロケをする。もちろん主演も監督も深田だから、撮影はなかなか進まない。特にクライマックスの撮影は、難航した。深田がヌンチャクを目にも留まらない早業で振り回し、それをカットなしで正面から撮るからだ。わざわざ通販で取り寄せた木製ヌンチャクは重く、失敗するとうずくまるほど痛い。あいかわらず深田はヌンチャクが下手で、失敗すると痛い痛いと大騒ぎになり、撮影は中断する。 最初は張り切っていた同級生達も、一人また一人と来なくなった。深田のアホぶりを鑑賞するほど人間が練れたヤツなんて、中学生にはいなかったのだ。 そのうちに、誰一人手伝いに行かなくなり、みんなは深田が映画を作っていることすら忘れてしまった。やがて撮影現場の空き地にも、立派なマンションが建って、駄菓子屋の軒先からオモチャのヌンチャクも消えたころ。そんなある日、いきなり「完成試写会のお知らせ」が掲示板に貼り出されたのだ。 「えっ、深田はあの映画を完成させたのか?!」 当日、会場の理科準備室は超満員だった。深田くんの映画に出演した人は、一目でも自分のシーンが見たかったし、友達が出演している映画というだけでも、生まれて初めての大事件だ。出演者だけでなく、野次馬も押しかけ、身動きのとれないほどの理科準備室。まわりを見回すと、共学校なのにそこにいるのはボンクラな中学男子ばかりだ。そしてついに、あの映画が始まった!(続く)
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| 上映が始まった。いきなりスクリーンに映ったのは、香港の街並み。そして『燃え よドラゴン』のテーマ曲。「おお!」というみんなの感嘆のどよめきが、徐々に失笑に変わる。スクリーンの端に『火曜洋画劇場』の文字。TV画面の直撮りである。 シーン替わって見慣れた神社の境内で、同級生の男子が、上半身裸のままカンフーごっこをしている。待ちに待ったみんなの出番のはずが、なぜか妙に照れくさく、いたたまれない。 そこへ現れたアホの深田。「戦いはやめろ!」と叫んで、いきなり手近にいる人間を敵味方かまわずポカスカ殴り始めた。たしかにそれで両陣営の争いは終わった。しかし共通の敵・深田を取り囲むから元も子もない。 これからの大乱闘を予想する観客。しかしショボいカンフーシーンが続くばかりだ。というのも、さっまで取り囲んでいたはずの人間が、戦わずしてどんどん減っていくからだ。そう、このあたりから深田に愛想をつかした生徒達が、映画を手伝いに来なくなったから。 ショボくなる一方の乱闘シーン、いよいよクライマックスがやってきた。敵の大ボス(マラソン大会をいつも見学する、学年イチ虚弱なデブ)との一対一の対決シーンだ。が、いざ対決が始まるとそのデブも逃げ出したのか、登場人物は深田一人だけになってしまった。 上半身裸の深田が「ウォリャァ!」とカメラにケリを放つ。すると画面が切り替わって、学生服の深田がフンフン、と苦しそうに避けるのだ。さすがに観客達は呆れ果て、あくびをする者まで出始めた。 がしかし、衝撃のシーンは、それからはじまった! 上半身裸の深田が、おもむろにヌンチャクを取り出したのだ。おぉ!あのヘタクソな深田も、ついにヌンチャクをマスターしたのか! 期待は盛り上がる。 「アチョー!!」かけ声とともに、続けざまにヌンチャクを振り回す深田。観客はスゴイと感動しながらも、画面には違和感がただよう。深田は画面のド真ん中、まっすぐカメラの前に立っているのに、1秒毎に微妙に後ろの風景が動くのだ。太陽光線や影の場所も、落ちつきなく動く。 何かヘンだな、と思っていると、背景の空き地にニョキニョキとビルが伸び始めたではないか。もうみんなは、ヌンチャクどころではない。会場は大パニックだ。 そう、毎週土日には、孤独に空き地でヌンチャク・シーンを撮影していた深田。一振り二振りしては痛さに耐え、翌週にもう一振り。2分以上続くそのワンシーンを撮り終える頃には、空き地にマンションが建ってしまったのだ。 試写会は大成功だった。それから学校内は「深田の映画、見たか?」「ああ、あのビル建つヤツな」という話題でもちきりになったのだった。 (近況) |
| スタンリー・キューブリック監督が亡くなった。『2001年宇宙の旅』や『シャイニング』『フルメタルジャケット』など遺した名作も多い。 訃報を知ったとき僕は思わず「もったいない!」と叫んでしまった。マスコミで「映画界は淀川長治、黒澤明に続き、大切な人をウンヌン」などと同列に並べられると、腹さえ立ってくる。 確かに、そういう人たちに、僕だって楽しませてもらった。そういう意味では感謝もしているし思い入れもある。大好きだったおばあちゃんが死んでしまったのと同様、悲しいし寂しい。 だけど、あと一年、二年生きながらえてもらったからと言って、僕が特に楽しみにできることは、正直な話、なにもない。別に黒澤監督の最新作があと一本、できたからってたぶん見なかったと思う。淀長さんの解説も「あと五本、聞きたかった!」とも思わない。 しかしキューブリックは「過去」ではないのだ。80年代に『シャイニング』を、90年代にも『フルメタルジャケット』を完成させた。キューブリックらしい完璧主義と、怖いぐらいのシンメトリー映像で長期間をかけて製作された大作だった。 『シャイニング』は大ヒットし、同様にホラー映画の歴史を塗り替えた。『フルメタルジャケット』がなければ『プライベート・ライアン』も生まれなかっただろう。 そのキューブリックが今撮っていたのが、『アイズ・ワイド・シャット』。あいかわらず、徹底した秘密主義で詳細はわからないが、これも映画の歴史を塗り替える作品になることは間違いなかった。撮影も終了して、編集作業も順調だったというのに、途中で往ってしまったのだ。 しかもその後には念願の大作『A.I.』が準備中だった。気候異常で都市が水没した近未来の世界、そこに誕生した人工知能、というあいかわらず何が何だかわかんない話だ。 ライフワークと発表されていた『ナポレオン』も未完のままだ。あの完璧主義で作られたフランス革命や英雄ナポレオンとは一体どんなものだったのだろうか! それがもう、絶対に見られないなんて、あんまりだ。悔しくて夜も眠れない気分だ。 僕がこんなに悔しがっているのだ。せめてキューブリックも天国で悔しがっていてくれないと気が収まらない。 そんなわけで、黒澤監督や淀川長治さんには心からご冥福を祈りたい気分だが、キューブリックは天国でも苦労しながら、『A.I.』の続きを作って欲しい。僕が死ぬまでにはぜひとも完成させて、死後の世界で上映会を開いてほしいのだ。 ああ、オタクの情熱は、死人にまで働かせようとする。実に身勝手なものだよなぁ。 (近況) |
| 春は新入学、就職と環境が変わるシーズン。バイトをはじめる人も多いだう。 当時、僕らの間で伝説のバイトと言ったら、「死体のホルマリン漬け」だった。今でもよくある噂だけど、僕が聞いたバージョンでは、こうだ。 「大阪大学医学部に、ホルマリン漬けの死体プールがある。昼間は大学の助手が管理しているが、夜は帰ってしまう。しかし夜の間も、死体の管理をする人が必要で、高額でバイトを雇っている。ホルマリン漬けの死体は、少しでも空気に触れている箇所があると、そこから腐敗が始まる。ところがホルマリンプールの死体は、放っておくと勝手にぷか〜っと水面に浮かんできて、空気に触れてしまうそこで、バイトがプールの縁に立って、長〜い竿で浮いてきた死体を、崩さないように、そっと優しく、プールの底まで押し沈めてやるのだ」 あっちでぷか〜、こっちでぷか〜、といろんな死体が浮いてくる。男の死体、女の死体。若い死体に年老いた死体。五体満足な死体に五体不満足な死体‥。 こんな死体を、モグラ叩きゲームのように一つ一つ沈めていくのだ。真っ白な汚れ一つないプールの縁を、あちこち走り回りながら、たった一人で、一晩中、死体と格闘する。このバイト代が、一晩で一万円。深夜警備のガードマンのバイト代が三千円だった時代だから、破格の値段だ。まさに、高リスク、ハイリターン。 高リスクというのは「いつ急に、その死体が蘇って、ホルマリン臭い息を吐き、竿で押されてへこんだほっぺたを押さえながら、『ええかげんにせぇ。痛いやんけ〜!』と襲ってくるかも、という妄想に負け、絶叫して走り出すかもしれない」というリスクだ。 残念ながら、実際にそんなバイトをやったという人には、まだあったことがない。きっと、まことしやかに囁かれている都市伝説の一つに過ぎないんだろう。そうですよね?大阪大学医学部のOBの皆さん? その他にも、バイト伝説は後を絶たない。例えば、某ファーストフードの、食肉捕獲要員。近所の野良猫を掴まえてくる、というバイトだ。天王寺のハンバーガー屋Mのシャッターには、「父を返せ、母を返せ」という子猫の恨みの爪痕が残っている、というウソまるだしのエピソードまでついていた。 他にも、製パンメーカーYの試食係、という噂もあった。次々とベルトコンベアで流れていくアンパンのうち、百個に二〜三個を試食する。本当に中身はあんこで、クリームやジャムが入っていないか確認する、というバイトだ。これは、一件楽しいバイトのように思うが、バイトが次々に糖尿病で倒れるから、常に人員が募集されている、と学生課の掲示板前でうわさしあった。 実社会に出てバイトをする、ということに対する期待と不安が、こんな伝説を生むのかも知れない、と無責任にシメに入って、今回はここまで。 (近況) |
| 「バイト伝説」。それは毎年春、アルバイト初体験者がかわしあう根も葉もないウワサ話のことだ。 まずは定番。ファーストフードのバイト。 ドーナツチェーン・Mのバイトはドーナツ食べ放題。だけど、ドリンクは有料。某ハンバーガーチェーン・Dは逆で、ドリンクは飲み放題タダ。 スーパーマーケット・Dの出庫係は、ポテトチップスを棚に出すとき、並べる前に袋ごと床に敷き詰めて、マットレス替わりにし、そこへ飛び込んで遊ぶ。体の下でポテチが潰れる感触が、ムチャクチャ気持ちいいらしい。 ハンバーガーチェーン・Mの話。店内をバイト全員で掃除するとき。まず店長が、みんなを集める。テーブルの上には、ピカピカの五十円玉が10枚積み上げられてる。 「このコインは、全部君たちのものだ。これから僕は、店内の色々な場所にこのコインを隠す。みんなそうじをしながらコイン探しのゲームをしよう。もちろん、見つけたコインはゲットできるんだ!」 当然50円玉は、特に汚れが目立つ場所や、掃除するのが面倒そうな場所に隠されているわけだ。 「単調な掃除という労働も、小銭を見つけながらなら楽しかろう。ゲーム感覚でバイトへの動機付けを考える。さすが合理主義の国、アメリカの発想だねぇ。」と、この話を聞いた僕は、やたら感心したものだった。冷静に考えれば、まるでバングラディッシュの子供に掃除をさせるようなやり口という印象もあるけど。 超人気のテーマパーク・Dランドも、ウワサが絶えない。Dランドのバイトは「中で見聞きしたことを一斉口外してはならない」という誓約書を書かされるらしい。だから夢の王国の内側がどんな世界か、話が流れてこないのだと言う。 ちょっと信じられないけど、浦安の学生さん、本当ですか? 僕が聞いた話はこうだ。 例の着ぐるみの中身を演じていた学生が、喫茶店でその話をした。たまたま親子連れが隣に座っていて、その親が「子供の夢が壊れた!」とDランド側に苦情を入れた。それ以来、特にあの黒いねずみさんの中身の話はタブーになっているらしい。 そう言えば、僕も知り合いのライターがDランドの原稿を書いたとき、「ヌイグルミの中身の人」と書いたら、D社側からリテークが出たという話を聞いた。リテーク理由は「あれはああいう生物です。中身なんかいません」 なんか、吉田戦車のマンガのようにシュールである。公式見解としては、本当にああいう形をした動く生き物が、毎朝出勤してタイムカードを押し、パレードで踊っているらしい。 春はバイトにも新人が入ってくる季節だ。みんなも新人が来たら「実は」「人には言うなよ」とか言って、アヤしげなホラ話を教えまくってやろう。 (近況) |
| 「筋肉番長」や「TVチャンピオン」を見ていると、なるほど人間にはいろんな能力があるもんだなぁ、と感心する。 僕の周りにも様々な能力を持っている人が多くいる。そんな中でも、確かにすごいんだけど、見事なまでに何の役にも立たない能力を、あふれるほど持ち合わせている人も多い。僕はそんな能力に出会うと、いつもその無意味さ・ムダさ加減にクラクラするのだ。 「仮面ライダー」のOPナレーションをそっくりに再現できるとか、「スターウォーズ」のせりふと効果音を、最初から最後まで言える、とか言うのはまだいい。エヴァで有名な庵野秀明監督は「帰ってきたウルトラマン・怪獣シーボーズ&シーゴラス登場の回でウルトラバリアーB型が破られる瞬間」をコンパ芸にしていた。 こういう能力はオタク的な愛が感じられるし、仲間へのデモンストレーションとしても効果的だ。が、そんなことにすら役に立たない能力というのが、この世の中には存在するのだ。 例えば、小学校から高校までずっと友人だった赤川君は、暗算の天才だった。数学の成績に役立つレベルではない。「2863の立方根は?」ときくと、たちどころに答えはじめるのだ。当たり前だけどこの能力、何の役にも立たない。 オタキング事務所の居候・佐藤君は、高校時代、全ての教科のノートを英語でとっていたそうだ。しかも万年筆。オレは他人とは違うとアピールしたが、教師には嫌われまくったらしい。もちろん、女の子に評判が良かったわけでもない。 旧友の神田君は小学生の頃、作文の天才児と呼ばれていた。ありとあらゆる作文・読書感想文のコンクールに応募しては、賞をさらっていた。彼に言わせれば、優等生的な非の打ち所のない意見や感想も、子供らしい素直さから出た本音っぽい意見も、書くのは簡単だとか。先生も面白がってどんどん書かせるものだから、どんな体験をしても何を読んでも、最も審査員の喜びそうな表現が反射的に浮かぶまで訓練した。現在彼はライターをやっているわけでもなく、この能力、何の役にもたっていない。 ついでに言うと、この神田君、目をつぶったままファミコン版スーパーマリオの一面をクリアできる。音楽でタイミングを計るそうだ。すごい能力だけど、やっぱり役に立たない。ただし、彼はこの能力で、大阪ナンバシティのイベントに出場したので、小遣い稼ぎにはなったのだ。よかった、よかった。 かく言う僕は、足の指がすごく器用だ。家の中に落ちているものを、わざわざかがんで手で拾うなんてやったこともない。必ず立ったまま足の指でつまむ。それどころか、足の指を使って鶴が折れる。しかし、20分以上かかるので、最初は感心してくれても、最後まで見てくれた人はいない。最後の方が、難しいのになぁ。 ああ、本当に役に立たないぞ。 (近況) |
| ヒロスエが早稲田大学に入学したとか、世間の皆さんが騒いでいる昨今、「やはり東京の大学は華やかだなぁ」などと、しみじみ感じてしまう。 僕が生まれ育った大阪では、「かっこいい」ことよりも「面白い」ことのほうが優先された。面白い男がモテる街・大阪ではうわさになる大学も、やっぱり「アホ」の大学なのだ。 かく言う僕が三日間だけ通っていた「大阪電気通信大学」も、大学の看板(?)が赤と紫のネオンだったので、近所の人からラブホテル大学と陰口をたたかれる「アホ」な大学の一つだった。 しかし、そんな大阪人に愛されるアホ大学の中でも、そのアホさで最もサンゼンと輝いていたのが、近畿大学だった。 アホといっても、別に偏差値が低いわけではない。最低の大学は、別にちゃんとある。そこは、入学試験に自分の名前が書けなくても、入学金の振込さえできれば合格する、と言われるレベルを誇っていた。 近大のアホさはもっと別のところ、その学生たち、近大生のアホな行動が関西の人たちに愛されていたのだ。 近大生の特徴をヒトコトで言うと「お調子者」に集約できる。関西弁でいう「いちびり」だ。 お調子者の近大生は「プロポーズ大作戦」「ラブアタック」のようなTVの視聴者参加番組の常連だった。「近大生です」と自己紹介した途端に、観客席から「何かやってくれるに違いない」と期待の忍び笑いが聞こえるほどだった。 英語でキンキーと言うのはヘンタイのことを指すので、アメリカの観光客が「キンキ・ユニバーシティ」の看板の前で大笑いしながら記念写真を撮ったりしている姿をよく目にした。 外人にまで笑い者だ。それを他大学生に嬉しそうに語るのも、近大生の特徴と言える。 80年代に入って新築された近大正門は、赤と黒のモダンなデザインで、近所からは「焼き肉大学」と陰口を叩かれた。大学側までお調子者なのだ。 近大にまつわるアホ話では、新聞にも載った有名な話がある。 飲み屋で酔っぱらった近大生が、「オレはスーパーマンだ!」と叫んで2階の窓から飛び出し、打ち所が悪く死んでしまったのだ。 その時の新聞の見出しが「僕はスーパーマン。近大生、酔って飛び降り」だった。 これがもし、京都大学とか同志社、立命館など普通の大学だったら、「大学生、酔って飛び降り」と書かれたはずだ。それをわざわざ「近大生」と書く。 「ほ〜ら、やっぱり近大生」という、新聞記者のニュアンスがビシビシと感じられ、読んだ僕らも、ヘンに納得したものだった。 この事故の場合、死因は「泥酔」でもなければ「墜落」でもない。言うまでもなく死因は「近大生」なのである。 (近況) |
| 『スターウォーズ・エピソード1』がやってくる。映画評論家からは「脚本が幼稚」「SFXだけ見ろ」と悪評サクサクらしいけど、期待せずにはいられない。 ルーカス自身の構想としては全6作、今まで発表されたのが、第4〜6話にあたる。 え?ちょっと待ってくれ。と言うことはこれからいくら傑作ぞろいのエピソード1〜3を作っても、そのシメは絶対にあの迷作『ジェダイの復讐』しかないわけか? みんな忘れているかもしれないが、「ジェダイ」は相当に酷い映画だった。ラスト近くを浜村淳モードで語ってみよう。 「さあ、クライマックスはいよいよ主人公ルークと銀河皇帝との一騎打ち!銀河皇帝は手の先から怪光線をビリビリ出して攻撃する!」 「まるで『宇宙怪人ゴームス』みたいやね」 「あやうし、ルーク!『パパ、助けて!』 するといきなり、ダースベーダー(実はパパ)は銀河皇帝を持ち上げ、原子ゴミ箱へ投げ捨てた。銀河皇帝、手からビリビリ光線を出しながら、くるくると落下する」 「やっぱり悪は滅ぶんやわ」 「瀕死のダースベーダーがあのヘルメットをぬぐ。観客全員が期待で息をのむ!」 「何が出てくるんやろ、ワクワク」 「その素顔は、池田大作にそっくり!」 「まぁ〜、アメリカにもファンがおるんかしら?」 「エンディングは、イウォーク族のお祭りや。でもかわいい熊のぬいぐるみだから、どう見ても森の熊さん大パーティー」 「歌って踊って、まるで幼児番組やね」 「相変わらず友達のいないルークの前に、ジジイ3人組(池田大作&マペット&シェイクスピア役者)の霊が浮かび上がる! 『ルーク、わしらがおるやんけ‥‥』」 「でもあの人ら、死んでるからねぇ」 「さぁこの後は、劇場でのお楽しみ!」 「スタッフ・クレジットだけやけどね」 「終わりよければ全て良し」と星一徹も言ってたけど、ここまで終わりが悪いと 「ルーカス、本当に6作でやめるのか?」と気になってくる。きっと続きが作りたくなるに違いない。 「第7エピソード:レイア姫とハンソロの息子が悪のフォースに引き込まれ、銀河皇帝になる」 「第8エピソード:ルークの娘(嫁は熊さん一族の王女)は7人の仲間と共に追われて隣の銀河系へ。そこでフォースの根元・大威振八連制覇を成し遂げて、皇帝とタイマン勝負で勝つ」 「第9エピソード:今までのルーカス作品全てを肯定するターン∀スターウォーズ。もちろんハワード・ザ・ダックやインディ・ジョーンズも登場。銀河戦争から数億年後、現代のニューヨークで主人公はヒゲ付きのライトセーバーを拾(略)」 う〜ん、どれも見たいなぁ。 (近況) |
| 学生下宿、というのがある。まぁ大学生専用のアパートみたいなもんだ。今は改善されてエアコン・衛星アンテナ付きもあるけど、その昔は「四畳半で汚い木造」ときまっていた。 もともとボロだから、心ない学生たちにさまざまな改造を試みる。隣と話しやすいように壁に穴を開けるのは常識だ。四畳半を温室みたいに緑だらけにして、家庭菜園でキュウリを採ってるやつもいた。 友人の桑田君は部屋をプラモ屋に改造した。桑田模型という看板を作ってドアに打ちつけ棚を並べ、自分は窓から出入りする。近所の電柱に桑田模型コッチと貼り紙をした。努力のかいあって、近所の子供まで来るようになり、店は予想以上に繁盛、学校に行くひまもなくなった。ついには客のリクエストで塗料まで仕入れはじめたのだ。 しかし世の中、上には上がいる。大学時代の先輩・関さんは、四畳半に二階を作ってしまった。 もともと関さんの部屋は本であふれていた。ある日、ついに関さんは部屋に入れなくなり、部屋の大改造を思い立つ。まず彼は全ての家財道具を運び出した。ガランと明いた空間に40センチずつ隙間をあけてカラーボックスを並べた。もちろん、その中は本で一杯だ。その上に関さんはベニヤ板で床を張り、タンスやコタツなどの家財道具を運び込んだのだ。二階に上がるのは早川世界SF全集全35巻で作った階段だ。僕が部屋に遊びに行ったとき、この本を読んでいたら、「階段がなくなるやろ」と叱られた。 この部屋で麻雀をしたこともある。等間隔で並べられた座布団に4人が座る。真下にカラーボックスの土台があるから、座布団の以外の場所は座るどころか、立ってもいけない。ちょっと体を傾けるだけで、ギシギシ音がして、生きた心地がしなかった。 一階にある本を、どうやって取るのかと訊ねたことがある。「床を剥がすのかな?」と思ったら、Sさんは押入から手製のスケートボードを取り出した。そのスケボーの上に腹這いになり、懐中電灯をくわえて一階のカラーボックスの隙間をスイスイと進んで、目的の本を取ってきてしまった。『大脱走』という映画を見て思いついた、とSさんは誇らしげに教えてくれた。 関さんの「二階建て四畳半」はずいぶんと有名になり、ついにはイレブンPMという深夜番組で『四畳半活用法』という特集の時に紹介された。 「和室を洋室にしてしまった!」とか「二人が時間差で住んでいる!」など、他の学生の四畳半が次々と紹介される。コメンテーターは「学生らしいアイディアですね」とか「こんなん、役にたてへん」とか盛り上がって、最後に真打ち登場というカンジで関さんの部屋が紹介された。あまりの凄さにコメンテーターたち、声もない。 結局、藤本義一氏の「キミ、やりすぎやで‥」という一言だけで、CMになったのだった。 (近況) |