◆『オタクの迷い道』#121 作文「夏休みのおもいで」
| 八月一三日(日)ちょっと雨。 台風が直撃するはずだったけど、日本上陸寸前に右90度に曲がりました。さすが伝説の「コミケ晴れ」です。コミケ三日目の「男性向け創作」は、別名「男の性欲祭り」と呼ばれ、雨が降らないことで有名でした。今回はもうダメかと思いましたが、やっぱりコミケの神さまはすごいです。 コミケの神さまは一日目にマガジンとサンデーを、二日目に少女マンガを、三日目にはジャンプをお創りになった。四日目にはアニメを、五日目にはエロゲーを創り、6日目は同人誌の入稿日と定められた。そして七日目は何も創らず、コミケに専念するように定められたのです。 「同人誌を生めよ、増えよ、地に満てよ」 今回僕は、千五百円の同人誌「超おたく」を出すことができました。長蛇の列で、幸せでした。神さま、ありがとう。 僕のノロマな売り方を見かねた柳瀬くんが手伝ってくれました。でもきびしいんです。買おうかどうか迷う客に「はい千五百円!」。僕に何か話しかけようとしても「2冊なら三千円!」。お客さんはまるで「千五百円と同人誌を交換マシーン」です。 もちろん柳瀬くんは僕のタメに一生懸命なんです。気弱な僕は文句が言えず、自分の列のお客さまに口で「ありがとうございます」と言い、柳瀬くんの列のお客さまには、心で「ごめんなさい」と言いながら売るしかなかったんです。 でもま後ろのサークルはもっとすごかったです。看護婦のコスプレして同人誌売っていた女の子が買いにきた彼氏に怒鳴りました。 「掲示板にああいう書き方をしたら、私があなたと寝たと思われるじゃない!」「その意図はなかったし、そう解釈するのは彼らの勝手だろう」「じゃあ、私があなたと寝るような女だと解釈されるのも仕方ないっていうの?」「論理的にはそうだね!」 キョーレツです。この理屈っぽい口調を早口で続けるのがオタク痴話喧嘩の特徴です。周囲のサークルやお客さんの行列も、みんな聞いてないフリしながら完全に動きが止まっていました。柳瀬くんさえも千五百円を忘れ聞き入ったほどです。唯一、気にせずにお客の呼び込みを続けていたのは、その隣のサークルだけでした。 「さぁぁ、人権侵害、人権侵害!じぃんけん侵害、すっごい人権侵害だよ!コスプレイヤーの人権侵害!コミケスタッフも人権侵害!人権侵害ならこちらで〜す!」 人権侵害を社会に訴える同人誌ではなく、人権を侵害するのが目的の同人誌なのです。 ああコミケの神さま。あなたの教えどおり僕たちは同人誌を創り、行列を作って柳瀬くんから千五百円むしり取られ、痴話ゲンカして人権侵害しています。今世紀最後の夏も、海にも山にも行けなかった。けど、コミケには人の海・人の山・人の波があったから、それでいいんですよね? 短評「とても充実した夏やすみでしたね。先生にもその人権侵害をみせてください」 (近況) |
| アニメ業界には、メカデザイナーという職種がある。読んで字の如く、アニメに登場するメカニックをデザインする人のことだ。ロボットや宇宙船はもとより、自動販売機に至るまでデザインする職人である。 そのメカデザイナー達を一同に集めた討論会での話。なぜか、話がはずまなかった。 「いやぁ、○○さんのロボットは新しかったねぇ」「いや、○○ちゃんが、変形という概念を極めてくれたから」 とても本気とは思えない社交辞令の応酬が、ぽつり、ぽつりと繰り返される。お互いに流派が違うメカデザイナー同志だ。腹の底から褒めあっているはずはない。大人としての常識がそうさせるのだろう。 あまりにも淡々とした会場の雰囲気に、司会者の僕は耐えられなくなってきた。「舞台に立ったら、親を殺してでも笑いを取れ」の大阪人の血が許さないのだ。 だから「Mさんのラフの線、きれいだよね。まるで清書みたい」と言われた時、とっさに下ネタをふってしまった。 「Mさん、トイレットペーパーも、きちんと四つに折りたたんで使ったりして」 わかってる。我ながら寒いギャグだ。しかしそれほど会場が冷えていたのである。 が、この一言が暴走の引き金となった。 「4つに折るのは当たり前でしょ?」とMさん。さすがに会場は引く引く。しかし業界の大御所X氏は大声で反論した。 「なに言ってんだ!あんなのカラカラカラ〜っと引き出して、クシャクシャクシャっと丸めて、キュッキュッキュッと拭けばいいんだよ!」 あの、この企画ってメカデザイナー討論会なんですけど… すると、隣りに座っていたY氏が「え〜!?そんなに大雑把な拭き方で、拭き残しがあったらどうするんですか?」 「だから、ちゃんと拭き取れたかどうか、直接指で肛門を触ってみるんだろ?」 「え〜〜!」の大合唱が会場をコダマする。 「肛門を直接、触るんですか?」 「だから後で手を洗うんだろ?触りもしないのに洗っても意味ないよ君ィ!」 X氏は堂々と答えた。さすが「メカはシルエットだよ君ィ!」の決まり文句で有名な大御所。全てがオオザッパで力強い。そういえばインタビューでも 「その部分がどんな材質でできているのか感触まで考えてデザインするんだ」 と答えていた。 そうか、そういう意味だったのか。 業界歴の長いX氏は、いくら複雑なメカをデザインしても、それがアニメ現場で省略されたらなんにもならない。無駄な線は一本も引かない、という強い信念を持っている。無駄なことはしない。「手を洗うからには、肛門を触るのが当然!」なのだ。 でも今はメカデザイナー討論の筈である。 「ちょっとやめてよ!」とたまりかねたY氏。さすが変形ロボットに革命をもたらした男だ。ずれた議論を戻してくれるのか。 「正しい尻の拭き方とはね!」(続く) (近況) |
| 「トイレットペーパーを二つに折って、二つに折って、二つに折って、さらに二つに折る。この2の4乗、16枚重ねの分厚い紙パッドで尻のセンターを拭くんですよ」 「はぁ、やっぱり折るのもきっちり端をあわせて真半分に折るんでしょうね?」 「当たり前ですよ。僕はトイレットペーパーを折るときでも、5ミリも妥協しませんよ」 メカデザイナーY氏のデザインする変形ロボットは、あらゆる場所が複雑に折れ曲がる。もちろん5ミリどころか0.5ミリも狂いはないのだ。さらに演説は続いた。 「四回折りパッドで最初に全体に拭く。これでほぼ80%クリア。16枚重ねだからイヤな感触も伝わらない。次に新しい紙を用意して三回折り、つまり8枚重ねにして手洗いの水で軽く濡らし、尻の割れ目の上の方、つまりさっき肛門から上方向に拭きあげて最終的に残ってしまった部分を上から下方向にぬぐい取る。これでほぼ99%」 もう会場は呆れ果て、聞き入るだけだ。 「そこで!新しい紙を用意して二回折り4枚重ねにして肛門付近全体にやさしくあてがい濡れた尻全体を乾かす。けっして動かしてはいけない。そっとはがして顔の前でチェックする。なぜだかわかる?(会場を見渡して)これの意味するのは尻全体の乾燥だけではなく、もし拭き残しがあるならどの部分なのかがわかる事なんだ。残っていたとしたら、目の前の尻マップに表示されていることになる。そのマップに従ってもう一度、新しく用意した2枚重ねの紙できちんとふく。これが唯一にして完璧な…」 「君はコチョコチョと小細工しすぎるんだよ」とX氏。「余計な折り曲げとか変形とか、現場が混乱するだけだろ君ィ!?」 「Xさんが大雑把なだけでしょ?」 なんだか遠回しに、互いのメカデザインを当てこすっている雰囲気だ。議論は一気に沸騰した。 「メカデザイナーはみんな四回折ると思われるのは心外だ。僕はそんな資源の無駄使いはしない」「資源を無駄にしないと、手に付くんだよ」「手に付くとは限らないだろ君ィ!」「そういう可能性をゼロにするのがプロじゃないですか!」 プロ?プロって一体? 「荒拭き、仕上げ、クリーンナップとこなすのがプロ」の言葉尻をつかまえて、M君が「仕上げをいつもバンダイさんに任せてる人もいますからね」とはき捨てるように言う。X氏の顔は怒りで真っ青になった。 わき起きる笑い声と、熱い議論にひかれて途中から客がどんどん入っていくる。 入口には「有名メカデザイナー、大討論会」と垂れ幕があるから、メカデザインの話だと思って聞いている。そのうち、どうも辻つまが合わなくなって、隣りに座っている人にぼそぼそと質問し、答えを聞くと転がりそうになりながら笑っている。 ついに、討論が始まってからずっと黙っていたZ氏が一言つぶやいた。 「電車の切符が一枚あれば尻がふける」 もう会場はパニックである。(続く) (近況) |
| アニメ界有数のメカデザイナー達を一同に集めた討論会。しかしなぜか話題は「正しい尻の拭き方」で白熱していた。 もともとは変形メカで有名なM君が「トイレットペーパーはきちんと四つに折って拭く」と言い出したことからはじまった。 それに業界の大御所X氏が「拭き終わったら指で直接肛門を撫でて確認する!」とあまりに男らしい発言で会場を騒然とさせ、繊細な変形ロボットで有名なY氏がまた反論する。 しかし黙って話を聞いていたかに見えたZ氏の「電車の切符が一枚あれば尻がふける」発言で、聴衆はパニックに陥れられた。 Z氏のメカデザインは、他の人たちと一線を画している。動物の内臓とか昆虫とか、そういうものを連想させるような、ぬとぬとグチャグチャしたのばかりをデザインしているのだ。 そんな氏の発言だから、なにかとてつもなくコワイものを感じてしまう。 会場のどよめきにうつむいてしまった気弱なZ氏に、「切符ですか?」と水をむけた。発想が今までと一線を画するに違いない。 Z氏は渋々と語りだした。 「切符を、まず縦に細長く折るのです。次に横にも折るのです。それをキャップ状にして指にかぶせる。かぶせてから、先を5ミリほど歯で噛みきるのです」 「かみきる?」 「えぇ、尖っていたら痛いのです。それを人差し指に被せて一気呵成に拭くのです」 「え、ちょっと待って下さい。それじゃ指の先にアレがつきませんか?」 「もちろん、つくのです」 Z氏は平然と言い放つ。いつのまにか気弱なZ氏の顔は紅潮し、饒舌に語っていた。 「指先についたウンチは、ですから後でよく洗うのです。しかしどんなに洗っても、爪の中にまで入り込んだウンチはたやすく取れはしない。そこで活躍するのがさっきの噛みきった切符の小片なのです。よーく洗った人差し指の爪の間を、この切符のカケラで掃除するのです」 「む、無駄がないですね」 「切符一枚あれば下痢だろうと便秘だろうと、ちゃんと尻が拭けるのです。みなさん、ムダが多すぎるのです」 発言の最後はもう「尻の拭き方」なのかメカデザイン論なのかわからなくなっている。 普段は無口で気弱なZ氏の、このあまりの過激な発言に討論者たちもすっかり毒気を抜かれてしまった。 「そうか、切符か」と大御所X氏もヘンに納得している。まさか試そうと考えているわけではないだろうが、なにか人生の一大事で論破されたような表情だ。 一時間半の制限時間一杯を使って「メカデザイナー大討論会」の企画は終了した。解散する聴衆たち。その顔はなにか思いに耽り、自分の人差し指の先をみんな、見つめているのであった。 (近況) |
| 学生時代、年末に玩具売場でバイトしていた。キッカケは求人情報誌で見つけた「デパート等での玩具販売」という記事だ。 玩具売場で働ける!子供の頃から憧れていた職業だ。きっと閉店後の店内では店員たちが徹夜で玩具談義に酔いしれ、店頭見本に惜しみなく電池を入れて遊ぶのだ! 「研修センターへ行け」との返事がきた。研修!玩具の遊び方を憶えるのか?うひー、とにかく任せてちょーだいっ! しかしその研修、おもちゃのことは何一つ教えてもらえなかった。とにかく一日中、商品を包み紙で美しく包装する練習だけ。 ここでは二種類の包み方をたたき込まれた。一つ目は「本包み」、俗に斜め包みと呼ばれるデパートで使われる方法だ。紙に対して斜めに商品をおいて巻き込むように包んでいく。コーナーをキチンと極めて上手く包めば、直方体のパッケージに斜めに包装紙の線が走って美しいことこの上ない。 もう一つは「タテ包み」。俗にキャラメル包みと呼ばれる包み方だ。大きめの紙で箱を丸め込むように包んでセロテープで留める。片側を織り込むように畳んでテープで留めて、反対を織り込んでテープで留める。これは素人でも比較的すばやく簡単に包めるし、失敗も少ない。 「なんかヘンだ。これのどこが玩具のバイト?」と思いながらも、ぼくたちバイト候補生は次から次へと大きい箱や複雑な形を包まされた。ポピーの最強ロボ・ダイオージャ合体セットには2尺×4尺紙、タカラの人生ゲームは箱が薄いから3尺四方で大丈夫。特大のクマのヌイグルミを継ぎ足し無しの全寸紙で包めたのは候補生の中でも僕だけだった。 「岡田君やったら、そごうを任せられるな」 担当者に言われて、なんか訳も分からず嬉しくなった僕は「ハイッ!」と元気よく答え、その瞬間にぼくは大阪心斎橋そごう本店へ配属が決定した。 バブル崩壊前の話である。老舗デパートの鼻息の荒いこと、「ウチで買い物するのは上流階級の方ばっかしでっせ!」のノリなのだ。包装紙を無駄にすることは許されない。「バイト風情が栄光あるウチの御包み紙を無駄にするとはナニゴト!」なのである。テープ留めを多用するキャラメル包みは当然禁止。本包みも、できるだけセロテープは最後の一回しか使わないように指導された。デパートのマークがついたシール一枚だけで留めて、それをはがすとふわ〜っと包み紙がほどけるように開く、というのができて当たり前、の世界なのだ。 慣れない背広とネクタイに緊張しながら販売に立つ。お客は僕が箱の包み方しか習っていないとはまさか知るまい。 「ウチの子、小学校の二年生やねんけど、どのラジコンがええの?」 こんなファジーな質問をバシバシ浴びせられるのだ。貧乏育ちだった僕はこの売り場に来るまでラジコンなんて触ったこともない。二千円を超えるおもちゃなんか、別世界の存在なのに。(続く) (近況) |
| 実はデパートと言うところ、正社員の数は驚くほど少ない。店員のほとんどが商品を納品しているメーカーの派遣社員なのだ。 ラジコンに関する専門知識を求めようにも、僕の隣にいたのは任天堂から来た花札と光線銃に強い男。店員の8割が同じような派遣バイトなのだ。さすがに困る。 クリスマス商戦の為、フロア飾り付けのために全員が徹夜する夜のこと。販売用の棚を取り去ったフロアは、驚くほど広々としていた。夜食休憩の時間を使ってぼくたちラジコン係は「特別研修」を始めた。 トミーやタカラ、京商のラジコンカーを陳列台からそろそろと取り出す。フロア主任さんが伝票を切ってくれた新品の電池を腹一杯に詰め込んで、ラジコンカーたちはガラスケースの中よりも輝いて見えた。 「タイレル6輪は前輪4つでステアリング切るから早いで」「アホ、そんな複雑なメカニズムは軸受過重に負担かかるだけや」「やっぱポルシェですかね」「実車のスピードは関係ないやろ?」 他の売場からもラジコン好きがどんどん集まって「ちょっとオレに貸してみぃ」というジャイアン状態になる。とにかく今夜は研修なのだ。遊び半分の社員さんはお断り、実際にフロアにたつ我々派遣バイトたちがラジコンに詳しくなるのだ! 広いフロアに何本か四角い柱だけの空間。絶好のラジコン競技場だ。ラジコンカーなどという高級な玩具を買ってもらったことがない僕は、仕事という名目で堂々と、最高の条件で様々なラジコンカーを走らせた。 比較しながら走らせてみると、それぞれの特徴がはっきりわかる。最高スピードだけではない。スティックを中央にホールドしたときの直進性やカーブのキレのよさ。どこまでラジコンの電波が届くかといったことも、本当に千差万別なのだ。 僕の走りは、我ながら上手かった。子供の頃からさんざん頭の中でイメージトレーニングしてきたからだ。完全に思うように動く。ああ、貧乏にもいいことはあるんだ。 この実地研究のおかげで、僕たちラジコン売場バイトには完全なデータが与えられた。お客にどんなことを訊かれても、的確に答えられるスーパー店員になったのだ。「家の中で遊びますか?外ですか?」「家は畳?じゃあこれが絶対のお薦めです」 今まで目を合わさないようにしてきたお客の問いたげな視線も、もう怖くない。それどころか聞かれてもいないことまでどんどん答えてラジコンを売りつけてしまう。 「ああ、3LDKでしたらこっちの安いので充分電波が届きますよ」「小学3年でスティック式送信機は無理ですよ」「安い電池で動く方が、長く楽しめますよ」 ついに怒った客に怒鳴られてしまった。 「兄ちゃん、子供がいやがってるで!好きなん買わせたりーや!」 あ〜、オタクはいつもやりすぎるんだよなぁ‥。 (近況) |
| 「いやぁ岡田さん。僕もついに、抗鬱剤を持ち歩く身になりましたよ。けけけけけ」 大学生時代の友人・F君は筒井康隆の大ファンだった。社会の倫理観を相対化し笑い飛ばすブラックユーモアが筒井作品の特徴だ。しかし残念なことにF君はサークル中でも「まじめで頼りになる」と評判な人物。大量の事務処理も、重たい同人誌を運ぶのも、文句も言わず働く。飲み会でも、隅で嬉しそうにうなづくタイプ。小柄で比較的端正な顔立ちも、かえって印象が薄い。 そんなF君が、ある日嬉しそうに話しかけてきた。もちろんこういう薬を飲まなくてはいけない人を馬鹿にしてるわけではない。ただF君は自分のマジメな性格が歯がゆかったのだ。F君の書く筒井っぽい小説も、ただのファン作品の域を出なかった。だから「抗鬱剤を飲む自分」に、何か別世界への可能性を感じていたのかも知れない。 F君は嬉しそうに話してくれた。 「抗鬱剤は飲むタイミングがメチャクチャ難しいんです。落ち込んできたなぁという時点から最低の落ち込みまでの、三分の二くらいのところで飲まなきゃいけない」 「遅れると、効きが悪いとか?」 「いえ、飲めなくなるんです。左手に薬、右手にコップを持ったまま、じ〜っと2時間でも3時間でも、そのまま。自分は何をしようとしてるんだ?そう、薬だ。薬に頼らなくちゃならないオレって、なんてダメなんだ…こんなことを丸一日考えて…」 「じゃあもっと早めに飲んだら?」 「ダメです。元気が出すぎるんです」 「いいじゃん、元気なら」 「よくないです。元気出すぎると地下鉄を追いかけてしまいますから」 「へ?」 「先月は早い目に薬飲んだんです。で、外出して地下鉄御堂筋線の難波駅で、ちょうど目の前で電車のドアが閉まったんですよ。その瞬間、心の中からナニかが吹き出して『こらぁ、その電車待たんかい!』と叫んで、線路に飛び降りそのまま心斎橋まで、電車追いかけて走ったんですよ」 「ええっ?」 「でね、電車に追いついたとこまでは憶えてるんですけど」 (お、追いついたのかぁ!) 「けど、次にハッと気がついたら神崎川を流れてました。しかも身体中、血まみれ」 F君は笑いもせず怒りもせず、「本当に困りました」という調子で語ってくれた。 「本当に飲むタイミング、難しいんですよ。こないだも気がついたら血まみれで素っ裸で大和川流れてたし…」 なぜいつも血まみれ?なぜいつも川を流れる?口笛はなぜ遠くまで聞こえるの?教えてアルムのおじいさん… なんだか聞いてる僕まで頭がクラクラするような話だった。それを一切の感情を交えずに淡々と語るF君。すごいよ!君の敬愛する筒井康隆の小説より、君の現実の方がずっと。 しかしF君の話は、さらにハードに続く。 (近況) |
| 躁鬱の波は、定期的にやってくるらしい。サークルで合宿する日が、ちょうど鬱のどん底に当たる日と重なった時のことだ。 F君は、その場の全員に自分の症状を説明した。今夜は薬を飲みそこねたら大変だ、タイミングをはずさないで済むよう、自分を観察してくれ、と言った。時々「そろそろ薬、大丈夫か?」と聞くだけでいい。 何しろ一晩中、酒を飲んだりバカ話をして盛り上がる場だ。つい、飲むタイミングを逸してしまかもしれない。 さすがに心配になったみんなは、しょっちゅうF君の動向に注意していた。 夕食が終わった後には僕もF君に「薬は?」と聞いた。 F君はにっこり笑って「まだ大丈夫です。いま飲んだら、血まみれですよ」 僕はF君に笑い返せなかった。根性なしである。 そんなことが何度かあったので、僕たちはつい、薬のことを忘れてしまった。他のみんなも気をつけているから、という油断があったのは間違いない。大学対抗モビルスーツ物まね合戦とかやってるうちに、誰もF君を観察する事を忘れてしまったのだ。 「あ!F君、固まってる!」 誰かの悲鳴が、部屋の向こうからあがった。指さす方を見るとF君が大広間の隅っこで一人、壁に向かって座っている。 誰が声をかけても振り返りもしない。 近づいてのぞき込むと、F君はじっと座布団を見つめていた。 「薬!とにかく薬!」と叫ぶ。 F君のかばんを探し出し、あわてて中をあさる。いろんな種類の薬が出てくる。どれが正しい薬なんだ? よく見るとF君、片手をぐっと握っている。こじ開けると、手のひらに薬が あった。 「あったぞ」 「コップに水〜!」 大騒ぎのあと、ようやく薬を飲ませることに成功した。 おかげで、夜が明ける前にはすっかりF君はいつも通りの調子に戻っていた。 「危なかったなぁ」 「いえいえ、わりとナイスタイミングでしたよ」 サワヤカに笑って答えるF君。この一件で彼は一躍サークルの有名人になった。どれぐらい有名人かというと春の新人勧誘の時に使わせてただいたぐらいだ。 「うちのサークル、めっちゃ面白い先輩おるで。血まみれで淀川流れるねん」 「え、なにそれ〜?」 「会いたい?ほんだら四時にサンセットで」 と溜まり場の喫茶店に女の子を誘ってしまうのだ。F君もF君で、その喫茶店で心から嬉しそうに自分の薬の説明をしていた。 強烈な鬱病をみずから笑い飛ばし、人生に強く立ち向かうF君。 しかしそんな人間のできた温厚なF君が、激怒しまくる日がついにやってきてしまったのだ。(続く) (近況) |
| 21世紀になって初めてのお正月なので、それまでに以下のことを是非やっておこう。 ○生ゴミを全部出すこと ○古雑誌をしばって、玄関横に積み上げること ○二千円札、新五百円玉のことは忘れること ○海拓社の原田さんに電話して「フロンはまだ書けてません」と、きちんと謝ること ○モノマガの額田さんに電話して「オタクの歩き方」の単行本化催促をすること(要・年内に具体的な返事) ○講談社の川島さんに電話して、まだ僕のことを忘れてないか確認すること ○唐沢俊一さんに電話して、大久保で美味しい犬鍋を食わせる韓国料理屋の場所を訊くこと ○アメリカの次期大統領は結局誰になったのか、こっそり調べること ○2ちゃんねるに自分の悪口がないか、こっそり調べること ○BSまんが夜話スタッフと、二回目のカラオケに行く(特撮ソング限定) ○ガイナックスの新作アニメ「フリクリ」をちゃんと見て、佐藤君に感想を言うこと(必ずほめること) ○北久保君の新作アニメ「BLOOD」を見て、できるだけほめること ○福音館の絵本「月面小学校」の著者挨拶文を考えること。(お母さま方を敵に回さないように、表現に留意せよ) ○いつまでも半分壊れた車に乗ってないで、さっさとヴィッツでもなんでも適当な安くて運転しやすくて小さい車を買うこと(新ビートル、プジョー206、ベンツAクラスは禁止) ○以前さわやか合コン部で合コンした女子からの怒りのメール、『岡田さん、同人誌見ましたよ。パソコンのデータベースで、写真付き女の子ファイルなんか作ってたんですね。私は評価D(5万円もらえるならヤってもいい)だそうですが、どうもありがとうございました』、これに対してとにかく平謝りの返事を書くこと (例文「あれば印刷屋の間違いです」「本当は評価B、つまり5万払ってもお願いしたいのですが、残念ながら今手持ちが二万円しかありません」) ○12月30日のコミケでまともな新刊が出せないことはほぼ確実なので、何かシンプル且つ衝撃的、且つ納得力二百%の言い訳を考えること ○最近、おすぎさんが僕に冷たい気がするが、気にせいかどうか確認すること ○年末のコミケで、もしセバスチャンが来ても、決して笑顔を見せて甘やかしたりしないこと。(前回「ナイストゥーミーチュー」と言ったら、オレの横に座ってサイン会を始めやがった。この件、大きく反省すべし) ○前回までのブロス連載でのFくん話の続きは、正月第一弾に書くことを読者に説明すること ○戦争を無くすこと ○正月までに2キロやせること (近況) |
| 自分に起こったどんな不幸もブラックユーモアととらえ、いつも超クールなF君。 そんなF君が一度だけ声を荒げたことがある。学生仲間で、怪獣映画を作っていた時のことだ。かなり本格的な作りで、友達の家や倉庫を借りて戦闘機のコックピットや防衛軍基地のセットを組み撮影した。 しかし一番もめたのは、怪獣の着ぐるみを誰の家で作るか、という問題だった。 怪獣はラテックスという材料で作る。それがとてつもなく臭いのだ。 「閉め切った部屋で作業すれば?」と言うと、怪獣担当の杉本が小ビンに入ったラテックスを片手に「今から一瞬、フタを開けます」と、ポンとフタをあけ、パッと閉じた。 えっと思ったその1秒後、いきなり鼻をなぐられたような衝撃がきた。臭いなんて、なまやさしいもんじゃない。鼻が痛くて涙が止まらない。溶剤のアンモニアの作用だ。 誰もが尻込みする中、F君が名乗りでた。 「でもF君、家族と同居だろ?無理だよ」 「いえ、説得します。僕はセットも組めないし演技もできない。こんなことしかお役に立てませんから」 F君は、落ちついた声で語った。 二週間後、怪獣は無事、完成した。 みんな口々に「大変やったな」「臭かったやろ」「家の人、怒らんかったか?」と、ねぎらいと心配の言葉をかけた。 F君は、あいかわらず眉一つ動かさず、 「ええ、臭かったです。庭で飼っていた犬がモンシしましたから」 モンシ? 聞き慣れない言葉に、一瞬耳を疑った。 「犬は、臭いに敏感ですから」 モンシ・・あぁ、悶死か。 その瞬間、頭の中で何かがはじけた。 「気づいた時には泡をふいて死んでました」 顔色一つ変えずに「悶死」「口から泡」と言うF君を見ていると、なぜか僕たちは吹き出してしまった。笑っちゃイケナイ、犬がかわいそうだ、と思えば思うほど笑いは止まらない。徹夜の作業で疲れていたからか、F君のまわりは爆笑の渦になった。 「あの犬は僕にとって家族でした。僕には笑えません!」 F君が珍しく大声をあげた。声が震えている。 筒井康隆のファン、F君。薬のせいで、裸で血まみれで川に流されても、そんな自分の運命をクールに笑い飛ばすFくん。 しかし俗世を超越したようなF君でさえやはり人間、飼い犬が死んでそれを笑われたら腹が立つのだ。 それでもF君は、爆笑した僕たちを一言も責めなかった。それが、スタイリッシュな彼のプライドだったのかもしれない。 いや、ひょっとしたら、彼は僕たちと一緒に爆笑できるほどのウルトラクールな奴になりたかったのかもしれない。 僕たちは必死で笑いをおさめながら、F君の労をねぎらい、かわいそうな犬の冥福を祈った。その時の悔しそうな、哀しそうな顔に、F君は必死でいつものクールな笑みを浮かべようとしていた。 (近況) |