TV bros『オタクの迷い道』連載第五十六回〜第六十回
ン1995-1998.Toshio OKADA all right reserved.
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◆『オタクの迷い道』#56 フランスのスゴい奴・セバスチャン@
| 「フランスには、すごいオタクがいますよ」と教えてもらったのが、発端だった。 「パラノイア」という番組、直訳すると「偏屈狂」という意味だが、日本語では『ヘンタイさん』くらいの意味らしい。毎回、明らかに異常な人を紹介する趣味の悪い番組だ。その番組のスタッフが、以前パリ市内のマンガ専門店『トンカム』に「オタクで変な奴はいないか」と問い合わせてきた。その時に紹介したオタク男が、その「すごいヤツ」だ。彼は、TV局の人がいかにも言って欲しそうなことを、カメラの前でばんばん言って、スタッフを喜ばせたらしい。 「アニメの女の子さえいれば、人間の女なんか必要ない」「フランスの女の子には欲情しない」「日本の声優と結婚したい」あまりのインパクトにその回は、普段より長いスペシャル版で放映され、おかげでフランスでは、オタクのイメージはがた落ちした。トンカムには「よりによって、あいつを紹介しなくても」と、オタクからの抗議が殺到した。そりゃそうだろう。 その時の僕は、気楽にそんな話を聞いていた。日本でもよくある話だ。他にも「日本の声優に、毎週ファンレターを出すヤツ」とか「『逮捕しちゃうぞ』の大ファンで、毎週金曜日になったら、『逮捕しちゃうぞ』の新作ビデオが入っていないか確認するために、閉店したアニメショップのシャッターを、ドンドン叩く強者」とか、いろいろなフランス・オタクの話を聞き出した。 さて昨年の秋、BDエキスポというパリのマンガイベントへ取材に行った時のこと。会場には、いろんな体型のセーラームーンだのキャプテンハーロックだのがうろうろしていて、日本とそっくりだった。似合っている人もいるが、犯罪的に似合っていない人もいて、こういうところも日本と同じ、オタクは一つだなぁと、しみじみ感慨を新たにしている中に、どうにも困ったヤツがいたのだ。 そいつは小柄で、青いプレザーにネクタイをきちんと締め、いつも気弱そうな笑顔をうかべていた。そして、僕を含めて日本人と見ると、誰彼かまわず近づいてくる。目があった瞬間、さっと林原めぐみの写真を出し、気弱な笑顔で「ハヤシバラ・メグミ」という。林原めぐみは、エヴァの綾波レイ役などで有名な、日本の人気声優だ。話しかけられた方は、この奇襲に「うん、うん」と返事をするしかない。何しろ「彼女のファンなのか?」と聞いてやりたくても、フランス語は話せない。いやもし話せたとしても、なにを話せばいいというのだ? 「僕は林原めぐみが好きです」 「ああ、そうですか」 これで終わりである。僕がコミュニケーションの無意味性に思いを馳せていると、彼は今度はアニメ誌を出して表紙の林原めぐみという文字を指さし、また薄ら笑いを浮かべながら、「ハヤシバラ・メグミ」と言った。仕方なく「うん、うん」とうなずく。この地獄、いつまで続くのだろうか? (続く) (近況) |
| そのフランスおたくに悩まされているのは、僕だけではなかった。彼は日本人と見ると誰彼かまわず近づき、「ハヤシバラ・メグ〜ミ」と話しかける。最初は異国の地で国際交流に燃えていた日本人たちも、みんな平均3秒ほどで彼から逃げたがるようになった。すると彼は次の獲物を探し出す。 昼食時、会場の隅に日本人たちが集まって彼の話題が出た。一人が彼のブレザーの肩がフケまみれなのを指摘し、彼を「フケ君」というコードネームで呼称することを提案、満場一致で採択された。 さて、午後からイベント会場を回っていると、向こうから噂のフケ君がやって来た。手にはアニメージュとニュータイプを持って、その目は僕の目を捉えて、すでにあの「微笑モード」に移っている。 彼が話しかけてきた。 「ハヤシバラ・メグ〜ミ」 とにかくこの場を切り抜けることしか頭にない僕は、「うん、うん」と菩薩のようなアイマイな笑顔で、彼の前を忙しげに立ち去った。いかにも忙しげに、参加者やディーラーに対するインタビューを始めると、彼も諦めてくれたみたいだ。ほっとして仕事に集中した。 が、一段落ついて、ふっと後ろを振り返ると、ちょっと離れたところにフケ君が気弱な笑顔を浮かべながら立って、こちらを見ている。顔があった瞬間、彼は写真を持ったまま近づいてきて、また「ハヤシバラ・メグ〜ミ」と言う。僕は、「うんうん」と言いながら、「またか!」と舌打ちして、彼と反対の方向へ、そそくさと立ち去った。ところが、少しして別のところで振り返ると、フケ君がまた立っているのだ。 それから僕は極力振り返らないよう気を使った。振り返らないまま、目の端で彼を捉え、彼がいるのと反対の方向へ猛スピードで移動する。それでもどうしても彼と目があってしまうことはある。ぼくはこうやって彼に一日中つきまとわれ、何度もハヤシバラメグ〜ミの写真を見せられ、なんだか熱が出そうだった。 もちろん他の日本人たちも、彼には悩まされたようだ。いや、よく観察すると、悩まされているのは日本人だけではなかった。フケ君は国籍や人種に関係なく、手近で目線があった人間なら誰でも「ハヤシバラ・メグ〜ミ」と声をかけているのだ。そしてそれがフランス人だろうと中国人だろうとアルメニア人だろうと、みんな彼とは会話が出来ず、困り果てている様子だった。 ただ不幸なことに、彼に一番気に入られているのは、どうやら僕らしいこともわかった。 フケ君、彼は一体、何者なんだろうか?名前はなんというのだろうか?僕ら日本人の間で、いろいろ憶測が乱れ飛んだ。 しかしついに、彼の正体が分かる時がやってきた。 日本人参加者の一人が食堂で昼食を食べている時、彼がお盆に昼食とハヤシバラ・メグ〜ミの写真をのせてやってきたのだ! (近況) |
| (前回より)フランスでのマンガ大会会場。その食堂で日本人参加者の一人が座っていると、フケ君がやってきた。お盆に昼食とハヤシバラ・メグ〜ミの写真をのせて。 ところが今回、フケ君は子分を連れていた。子分は自己紹介する。「自分は日本人の二世で、彼とは東洋語学校の友達だ。彼があなたに話したいことがあるというので、通訳します」 この事件のおかげで、たくさんのことがわかった。フケ君の名前はセバスチャン。フランス北部で働いているということ。林原めぐみの大ファンで(これは3キロ四方の誰もが知ってたけど)、林原めぐみが出演しているアニメは全部見ていること。アニメを見る為には、手間暇を惜しまないこと。林原めぐみにファンレターを出した事もあるということ。こんなに林原恵が好きだと言うことで、TVに出たこともあるということ。 そしてセバスチャンは逆に日本人を問いつめはじめた。「他に林原めぐみが出ているアニメは知らないか」「『アニラジ声優グランプリ』というマイナーなラジオ番組を録音していないか」 もちろん返事は「ノン」である。 僕は、あとからこの話を聞いて感心した。フランスにも濃いオタクはいるもんだ。言葉の壁、距離の壁と闘いながら、がんばっているのだ。言葉が通じないからといって、今まで逃げたり邪見にしたりして、悪かったなと、反省までしてしまった。 その日の夜、皆で晩御飯を食べながらセバスチャンの話で盛り上がっていると、トンカムの店長がやってきて、笑いながら「ああ、とうとうセバスチャンに会いましたか」と言った。そして、その時になって我々は初めて、以前トンカムの店長が『パラノイヤ』のスタッフに紹介した「一人いるスゴイやつ」というのが、セバスチャンであることを知った。 「林原めぐみがすごく好きで、TVにまで出た」というのが、『変態さん』という番組で、フランスでのオタク・イメージを下落させた張本人であることが判った。 「好きなアニメを見る為には手間暇を惜しまない」というのが、毎週金曜日の夜、アニメショップが閉店してから、『逮捕しちゃうそ』の新作が出ていないか確認するために、シャッターを叩くことだという意味だとわかった(もちろんアニメショップの店員が「ビデオの発売は来年だ」と何度も言っているのに、毎週尋ねるのだ)。 林原めぐみにファンレターを出し事がある、というのが、実は1回や2回ではなく、現在に至るまで毎週出していること。もちろん翻訳が出来ないので、気の弱い日本人二世の子分に無理矢理頼んで、翻訳してもらっていること、などが、次々と判明した。 今まで蓄えていた知識が、寄せ木細工のようにかみ合わさっていき、いきなり視界が開けた気分だった。 まさに気分はアルキメデス、「ユーレカ!」だ。(続く) (近況) |
| (前回よりの続き)その夜、セバスチャンがとても貧乏だという話も出た。お金を全部、林原めぐみ(声優)に使ってしまうのだから、当たり前だ。このイベントに来るバス代も惜しんで、毎朝ヒッチハイク(!)で来ているというのだ。ヒッチハイクに応じた親切な運転手は、やっぱりハヤシバラ・メグ〜ミの写真を見せられるのだろう。人生、どんな災難が待っているかわからないものだ。 そんな貧乏な彼が貯金をして、日本に来たことがあるという。成田空港に着いた途端に、林原めぐみの事務所に直行したというのだから、さすがとしか言いようがない。あらかじめ調べておいた林原めぐみのスケジュールを追って、イベント会場や録音スタジオで出待ちを繰り返すこと5日目。とうとう、本人にも会えたらしい。セバスチャンの行動力や計画性、根性、迷惑度を考えると、めまいがしそうになった。 そんなセバスチャンの話で思いきり盛り上がった僕たちは、思わずその場で「セバスチャン・ファンクラブ」を結成した。僕たち会員は、明日のイベント会場でセバスチャンを見たらよく観察し、どんな細かいことも報告しあおう、と誓い合った。 でも、あの広くて人がいっぱいのイベント会場でセバスチャンを見つけることが出来るだろうか。第一、セバスチャンは毎朝、ヒッチハイクでこのイベント会場に来ているのだ。何時に来れるかわからない。ひょっとしたら、来れないかもしれない。イベントはもうあと1日しかないのに、このまま会えなかったらどうしよう。ひょっとしたら、もう一生セバスチャンとは会えないかも知れない。神様!どうか明日、セバスチャンがこのイベントに来られますように!ぼくたちは、あんなに逃げ回っていたセバスチャンに会いたくてしようがなくなっていた。 一晩中こんな心配をしていた僕らを翌朝、セバスチャンはイベント会場玄関で、待っていた。もちろん手には林原めぐみの写真。 明らかに、僕を待っているのだと悟った途端、さっきまであんなに会いたいと思っていた気持ちが、一瞬で消え去ってしまった。あの玄関を通らずに会場に入る入口はないだろうか?いやそれよりなぜ、夕べはあんなヤツに、あんなに会いたいと思ったのだろうか?人間の心とは、不思議である。 僕の深遠な葛藤などおかまいなしに、通訳の友達が横から駆けてくる。ああ日系二世の君、君は母国の人にどう思われているのか、考えたことがあるのか?君の名前は「セバスチャンの子分」だぞ。 「今日、イベントの最後にカラオケ大会があります!セバスチャンが林原めぐみの歌を歌うので、ぜひ聞いてください!」 僕は目線を逸らしながら「それは、頑張って下さい」と口の中でもごもご言いながら、急いで立ち去った。根性なしである。 しかし僕はその日の午後、主催者から「今日のカラオケ大会は中止です」と耳打ちされたのだ。どうする、セバスチャン! (近況) |
| フランスのマンガ大会開催本部からの「カラオケ大会は中止」という正式アナウンスは、僕たちセバスチャン・ファンクラブをがっかりさせた。するとそこに通訳の友達(セバスチャンの子分)が走ってきた。 「セバスチャンはどうしても諦めきれない。そこで岡田さんにだけでも林原めぐみの歌を聴いて欲しい。今から、そこの廊下で唱うのでぜひ聞いてほしい」 僕は面食らった。隣のファンクラブ会員は、本当に床を転がりまわって笑っている。こいつ、ここが異国の地・華のパリだと判っているのか?周りのパリジャン・パリジェンヌたちは、いつも無表情な日本人たちをここまで笑わせるのは何だろうか、と怪訝な顔で僕たちを見ていた。教えてやるよ、お前んところの国民・セバスチャンだよ。 「イヤです。セバスチャンを傷つけないように、イヤだとお伝え下さい」ときっぱり答えると、子分は肩を落として去った。 やがてイベント終了の4時を過ぎ、あちこちで片づけが始まった。しかしメイン会場から歌声が聞こえてくる。アニメ作品を上映していた200インチ・ビデオプロジェクターの前から参加者が離れず、アニメのオープニング曲を自発的に歌い出してしまったらしい。 フランスのオタクたちはもうノリノリで、これを無理矢理に止めさせたりしたら、暴動が起こりそうなほどの盛り上がりだ。 そこへ例の通訳が走ってきた。いきなり「セバスチャンは決心しました!」と叫ぶ。今度は僕が床をころがりまわって笑った。 「今からセバスチャンは唱います!スタッフに交渉して、林原めぐみのCDをかけてもらって、前で唱います。ぜひ、聞いて下さい!」 凄い!セバスチャンは、あの歌声大会を無理矢理とめて、舞台の上で唱うというのだ。セバスチャンといえば「パラノイア」に出演した有名人だ。合唱を終了するだけでも暴動を起こしそうなフランス・オタク達は、その代わりにセバスチャンが舞台で唱いだしたりしたら、どんな反応をするのだろうか。僕は恐いもの見たさで、すっかりわくわくしてしまった。 「死ぬ気で頑張れ、とセバスチャンにお伝え下さい」 僕は無責任にも応援した。 セバスチャンはどんどん舞台へと進んでいく。どうなるのだろうか? ところがビデオの操作盤の前にいるスタッフのそばまで行ったセバスチャンは、スタッフの少し後ろでうろうろしている。3歩近づいて2歩下がる。2歩近づいて3歩下がる。僕たちが悩まされた「セバスチャン歩き」だ。セバスチャンは決心がぐらついたのだろうか。頑張れ、セバスチャン!スタッフが振り返った。 今だ! その瞬間、セバスチャンは、いきなり何かをスタッフに差し出した。僕は雷に打たれたように判ってしまった。 あれは林原めぐみの写真だ! 次回、怒涛のセバスチャン編、最終回! (近況) |
| 林原めぐみの写真を手に、必死で話すセバスチャン。面倒くさげなスタッフが横を向くと、セバスチャンはバッグを探っている。次に見せるものを捜しているのだ。 あと少しで会場が閉まるのに、そんなことをしている場合じゃないだろう!「終了時間が過ぎています。解散して下さい」という、何度目かのアナウンスが流れた。 通訳がセバスチャンの行動を説明した。 「まず、スタッフに林原めぐみの素晴らしさを判ってもらわなければいけない、とセバスチャンは考えています」 常識があるのかないのかわからないヤツだ。しかしスタッフはうるさそうに横を向いて、今度はなかなか振り返らない。 僕たちがすっかりあきらめた頃、通訳の友達が走ってきた。「CDはかけてもらえそうにないので、やっぱり廊下で唱います。岡田さん、ぜひあなたに聞いてほしいと言っています。」と僕の後ろを指さした。振り返るとセバスチャンがいつの間にか、僕の後ろで気弱に笑っていた。いつの間に? 僕は「もう日本へ帰ります」と、逃げるが如く会場を後にした。 しかしホテルの部屋で、僕はセバスチャンのことばかり考えていた。「もうこれでセバスチャンに会うことも一生ないだろうな」と考えると、感慨もひとしおだった。会えないという安心感からか、僕は性懲りもなく、できればもう一度会ってみたい気にすらなっていた。 さて翌日、僕はジュンク堂という書店へ取材に行った。地下のマンガ売場でパチパチと写真撮影をした後、1階のアニメ雑誌に上がると、そこにはあの気弱な笑みを浮かべたセバスチャンが立っていた。 目があった僕に「オカダサン」と嬉しそうに呼びかける彼の手には、「ボイス・アニメージュ」の最新号が。もちろんその表紙には「林原めぐみ」の文字があった。僕は「もう一度セバスチャンに会いたい」などと考えてしまったことを、心の中で神様に謝るしかなかった。セバスチャンは僕の目を見ながら、何かを小声で歌っている。それが何か、僕には判っていた。 その後僕は、世話になった店長さんに挨拶するため、アニメショップ・トンカムに行った。そこで「さっきジュンク堂に行ったら、セバスチャンにまた会った」という話をした。するとかなり混んでいて、ざわついていた店内が一瞬シ〜ンと静まり返っり、次の瞬間、店内の人間全員が爆笑した。 凄い!僕は日本語で話していたのだが、「ジュンク堂」「セバスチャン」という単語だけで、みんなピンときたのだ。セバスチャンがいかにフランスのオタク達に有名なのかが、認識できた瞬間だった。 今、日本の吉祥寺で、僕はしみじみセバスチャンのことを思い出している。フランス・オタクの有名人セバスチャン。もう二度と会うこともないだろうな、と思いながら、「もう一度会いたい」などとうっかり不注意にも神様にお願いしないように、細心の注意を払って思い出しているのだ。 (近況) |