『人生の取り扱い説明書』連載第十九回〜第二十二回
ン1997-1998.Toshio OKADA
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19回目 王様タイプのマンガとは

 さて今回からしばらく、岡田式性格分類法を、マンガに応用してみましょう。マンガは作者の世界観が、最も単純な形で反映されている場合が多く、特に主人公の性格設定や、行動原理、ハッピーエンドの条件などに、4つのタイプは端的に現れます。そう考えて身近なマンガを読み直してみると面白いことに気がつきます。マンガ家自身を4タイプに分類してみると、自分と同じタイプを主人公に、劣位のタイプを悪役に、そして優位のタイプを「到達点」として描写する。どんなマンガ家でも、いつの間にかこういう法則でキャラクターを配置してしまうのです。
 本当でしょうか?証明してみましょう。
 では今回は、王様タイプのマンガを分析します。
 王様タイプのマンガ家は、あたりまえですけど主人公を王様タイプにします。したがって、そのマンガはヒーローものが多くなる傾向があります。
 『サラリーマン金太郎』『HAPPY!』『セーラームーン』や『ドラゴンボール』・・・。こんなヒーローもののマンガをよく見ると、主人公はみんな王様タイプ。おっちょこちょいだけれど家族思いの優しい女の子だったり、男気に熱い頼れるヤツだったり・・・とにかく、弱い者や仲間に対してやさしく、面倒見がいい典型的な王様タイプの主人公です。
 大メジャー作品・『ドラゴンボール』を例に説明しましょう。
 主人公・孫悟空は、誰もに好かれ、頼りにされる王様タイプ。彼は戦いが大好きです。この「大好き」は軍人タイプの「負けたくない!」といった色合いは全然ありません。勝ち負けに関係なく、心おきなく戦いを楽しみたいだけです。だからいつも、自分より強い相手に出会うとワクワクします。そんな悟空が本当の力を発揮するのは、仲間を倒されて怒った時です。悟空の敵は世界征服を狙う悪者たち。そんな敵に立ち向かい、仲間のために力を発揮しきった時、真の勝利はやってくる、というパターンで大ヒットしました。
 これを4つのタイプで説明し直してみましょう。まず、主人公・孫悟空は仲間思いの王様タイプ。そして、「みんなの為に」戦う主人公の敵は、常に「自分の思い通りに世界を征服したい独裁者」です。「自分の思うがままに世界を征服」というのは、王様タイプから劣位の職人タイプを見た時の感想です。王様タイプにとって、劣位にあたる職人タイプの「他人にどう思われようと、自分のこだわりを通す」という考え方は、「自分さえ良ければ」というわがままな考え方に通じ、それを他人に強要する「独裁者の心理」として翻訳されてしまいます。
「自分さえよければ」という独裁者をやっつけながら、悟空はみんなの為に戦い続けます。そしてその「正義の心」によって、勝利を手に入れます。勝利は、王様タイプにとって優位にあたる軍人タイプの欲求ですので、王様タイプにとってはあこがれであり、理想郷にあたるわけです。
 ヒーローものの主人公は、勝つ為に友達や身近な人達を犠牲にしたり、見捨てたりはしません。自分よりも強い者に媚びを売ったり、卑屈になったりもしません。実際に勝敗の世界で生きている軍人タイプにとっては、勝つ為に何の努力もせず、何も犠牲にしていない王様タイプのマンガは、リアリティを感じられません。他人の幸せばかり気にする王様タイプが、最終的に勝利を手に入れるというストーリーなんて、ご都合主義もいいところでしょう。しかし王様タイプにとっては、こんなヒーローマンガこそ、自分の夢をストレートに表現し、心を熱くしてくれる「夢」なのです。
 これがコメディになると、もうひとひねりが必要です。『ちびまる子ちゃん』も王様タイプのマンガです。当然、作者のさくらももこさんも王様タイプ。さくら氏自身のエッセイ等でも、「みんなが幸せに」「こだわらず、気楽に」という王様タイプの天国が、いつも描写されています。
 主人公のまる子は甘えん坊で人目を気にする王様タイプ。そんな『ちびまる子ちゃん』の醍醐味は、職人タイプや学者タイプの困った人達が、王様タイプから見たデフォルメで描かれていることです。
 例えば、はた目も気にせず植木に命をかける佐々木のじいさん。他人の迷惑も気にせず写真を撮りたがる、たまちゃんのパパ。彼らはみな職人タイプの困った人達です。娘のこの瞬間は2度と戻らない。それをとどめるために、写真を撮ろう。それは単なる写真好きを越えた、たまちゃんのパパが得た哲学の具現化です。こんな職人タイプの信念は、このマンガではなぜか、ものすごくハタ迷惑な存在として描かれます。王様タイプにとって、職人タイプは劣位にあたるため、どうしても軽んじてしまうからです。
 また、対角線にあたる学者タイプも登場します。本当のことだけど、言っても仕方がないし、言われた人がイヤな気分になることばかりズバズバ言う永沢くんは、学者タイプの困ったヤツです。
 また、やたらと学級委員になりたがる丸尾くんは、軍人タイプなんですが、「なぜか学級委員になることにこだわって、まわりに迷惑かけるヤツ」という職人タイプ的な描かれ方をしています。優位にあたる軍人を否定的に描くには、劣位の職人タイプとして描写するしかないからです。
 いかがですか?マンガに出てくる登場人物は、デフォルメされているだけに、分かり易い部分が多いですよね。こうして、自分から少し離れて4つのタイプを見ることも、より深い理解につながることと思います。
 次回は、学者タイプのマンガを紹介します。


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20回目 学者タイプのマンガとは

 マンガは作者の世界観が最も単純な形で反映されるジャンルです。作者がどのタイプかによって、主人公の性格設定や、行動原理、ハッピーエンドの条件などに、必ず一定の法則があらわれます。そのマンガの人気・レベルとはまったく関係のない、逃れられない法則なのです。あなた自身も自分と同じタイプのマンガに、惹かれているかも知れませんね。
 今回は学者タイプのマンガについてです。
 学者タイプ・マンガの代表選手は「ウンチクもの」です。『おいしんぼ』『おたんこナース』『こちら葛飾亀有公園前派出所』、こういったウンチク系マンガの作者は、学者タイプです。それぞれ、料理、医学、ホビーとテーマは違えど、マンガの面白さを得意ジャンルの知識の幅広さ、深さ、意外さで勝負しているのが特徴です。学者タイプ・マンガ家の特徴は、登場人物の悩みをあまり深く掘り下げない、ということでしょうか。ステレオタイプ、というより作者自身が主人公の苦悩にあまり興味がなく、その結果ドラマが淡泊になるわけです。
 例えば、『おいしんぼ』。親同士が反対している結婚を、おいしい料理で解決する、という話が典型的なストーリーです。親が反対する理由は単純で、相手が自分の店のライバル店の娘だとか、相手の職業に偏見があったりなど、「いかにも」なものばかり。こういう事件は「私を誰だと思っている!」「身分が違う!」という発言でさらに悪化します。学者タイプの作家が見下す、軍人タイプの登場人物が「悪役」になるわけですね。
 さて、学者タイプの特徴があらわれるのは、ハッピーエンドへのプロセスです。『おいしんぼ』のハッピーエンドは必ず、互いの誤解が解けたり、理解が深まることです。互いが正しく理解しさえすれば、世の中うまくいく、という学者タイプ特有の思いこみが、見事に反映されていますね。
 ドラマがあまり描かれないのは、学者タイプの「自分の感情の揺れ」に対する照れも大きく影響しているようです。もともと、学者タイプは無意識に自分の感情を抑えよう、冷静でいようとする欲求が強い。感情的になってしまっては、理性で考えることができないという不安感からでしょうか。「ジュテームだの、雨の中でキスだのの大騒ぎは、考えるだけで疲れる」これはやはり学者タイプのマンガ家・川原泉の作品のセリフです。自分の感情、怒りや悲しみ、喜びを増幅させて他人に見せることで、他人を動かそうとする王様タイプとは、対極に位置していますね。
 学者タイプから見た「困った人」とは、負けず嫌いな気持ちばかり強い軍人タイプです。『じゃりん子チエ』に登場する甲斐性なしの父親・テツも、その典型でしょう。ケンカも博打も、勝つまでやめない。勝つためには、全てを質に入れる。テツは、主人公にとって、父という社会的に優位な立場にいる分、よけいに「難儀なヤツや」となるわけです。学者タイプの葛藤は常に、そういう負けず嫌いで意地をはる人や、意地を張りたくなる自分の心との戦いになります。「勝ちたいとか、こうあって欲しいとかいう欲望で、真実を見ようとしない心」との戦い。欲望、願望で目が曇ることこそが、最大の悪徳なのです。この「ダメ人間観」は、学者タイプの劣位にあたる軍人タイプを、学者タイプから見たイメージなのです。
 例えば、『おたんこナース』を見てみましょう。新米看護婦を主人公にした『おたんこナース』は、看護婦の作業内容や、困った患者さんのバリエーションなどのウンチクがつまったマンガです。
 基本的な物語は、@主人公が困った患者にふりまわされ、Aなんとか患者の悩みを理解し、Bそれを解決することにより自分も成長する、というパターンで進行します。最初は、言うことを聞かない患者に負けるまいと説得したり、実力行使したりと、主人公も意地を張ります。しかし「患者を理解しよう」という努力が実り、その患者の人生観を理解し、主人公は反省し、一つ成長します。理解してもらったことで、患者も反抗をやめ、めでたし、めでたし。これが典型的なパターンです。
 主人公は常に「自分は看護婦。ここは病院。だから患者は言うことをきけ。きかないと許さん!」という軍人タイプ的な考え方に陥ります。しかし毎回、それを反省。患者を理解して成長、というパターンを繰り返します。そして、より深く患者の精神状態や人生観を理解するという学者タイプ的な努力を続けます。その努力で一歩づつ、主人公は「立派な看護婦」「理想の看護婦」に近づいていく、という構成になっているわけです。この「理想の看護婦」というのは、職人タイプのもつ基本的欲求です。学者タイプから見て優位の職人タイプの欲求が、最終的なゴールとして設定してあるわけですね。
 実は職人タイプから見れば、「よく理解すること」が理想の看護婦への道などというのは、とんでもないことです。『ブラックジャック』のように、医師会や医療システム自体に逆らってでも、本当に医者がやるべき事は何か、といった問いかける。そんな現実否定から理想の医療は見えてくる、という考え方をします。学者タイプの現実肯定から「理想を求める」なんて言われてもちゃんちゃらおかしい、というのが職人タイプの本音ですね。ああ、各タイプの間には、なんて大きな溝があるんでしょう。
 マンガに出てくる登場人物は、デフォルメされているだけに、作者自身のタイプをあらわします。みなさんが好きなマンガは、どのタイプでしょうか?次回は、軍人タイプのマンガを紹介しましょう。


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21回目 軍人タイプのマンガとは

 「人生のとりせつ」の意外な応用例、マンガ編の続きです。
 王様タイプ・マンガの代表選手はヒーローもの、学者タイプのマンガはウンチクものというところまで、お話ししました。今回は軍人タイプのマンガについてです。
 軍人タイプのマンガの代表選手は何でしょうか?
 もちろん答えは「勝負もの」です。『巨人の星』『あしたのジョー』『空手バカ一代』『アタックNo.1』『ガラスの仮面』… こう並べるとスポーツや職業ものばかりですが、恋愛でも「勝負もの」は存在します。恋愛を「自分から惚れると負け。惚れさせると勝ち」という「男と女の勝負」と捉えて描かれている作品です。『東京ラブストリー』『お仕事です!』といったマンガで有名な紫門ふみのマンガも、「恋愛勝負もの」と読むことができます。
 こういった作品の作者はみな、軍人タイプです。その為、主人公も無意識に軍人タイプに設定されます。恋愛マンガですら、最終的に「ホレさせる」「プロポーズさせる」がゴールに設定され、そこまでの苦難と根性の道のりがドラマを作るわけですね。
 主人公も、王様タイプのマンガに出てくるヒーローのように、のうてんきでも、感情的でもありません。他人の心配をする暇があったら、魔球の練習をするタイプです。他人に対する配慮は、自分の足をひっぱる結果にしかなりません。勝負に雑念を持ち込むのは、いけないことなのです。
 『巨人の星』を具体的に見てみましょう。
 主人公・星飛馬は、とにかく野球で勝ち続け、プロ球団でもNo.1の巨人軍のトップになる為にがんばります。主人公にとって大切なのは、戦うこと・挑戦するこという、典型的な軍人タイプです。
 負けず嫌いの主人公の葛藤は、「勝ちたい」と「己の情」の間にあります。それは単に、苦しい練習から逃げたいと思う自分の気持ちに打ち勝つというだけではありません。負けた時の落ち込みに打ち勝って、また練習を続けることも同じです。
 他人に同情するという、王様タイプから見れば立派な行為も、ここでは打ち勝つべき「邪念」になります。ライバル左門豊作との対決を思い出して下さい。勝負しようとする星飛馬は、左門の幼い兄弟達が打たせまいとして、自分の体にぶら下がってくる幻を見て苦しみます。この兄弟達を哀れに思う「自分の感情」に打ち勝つことこそ、真の勝者への試練なのです。
 登場キャラクターをタイプ別に見てみましょう。
 主人公・星飛雄馬は、勝ちたいという気持ちでいっぱいの軍人タイプ。飛雄馬の葛藤は、常に自分の「情」に打ち勝つことにあります。情に翻弄される姿とは、軍人タイプにとって劣位に当たる王様タイプ、この場合は伴宙太といったキャラクターとして主人公を引き立てます。こういう「情にもろい王様タイプ」のキャラクターも、ひとたび邪念を捨て勝負に徹すると「手強いライバル」として描かれることになります。
 では、軍人タイプの理想像とは、どんなものでしょうか?
 最新の勝負ものとして急激に注目されている、『カイジ』の作者・福本○○が描いた『銀と金』を見てみましょう。
 主人公・鉄雄は、銀さんという裏世界の実力者に見込まれて、様々な勝負に挑み、勝ち進みます。勝負は、ポーカー、株、麻雀、競馬、殺人とさまざまです。常に生きるか死ぬか、大金持ちか素寒貧か、という大勝負の連続。そんな勝負の中で鉄雄は、銀さんから勝負の厳しさ、心構えを教わって、どんどん成長します。
 この作品の中でも、鉄雄が情に流されて誰かに同情したり、頼ったり、欲に目が眩んだり、負ける恐怖に怯えたりすると、失敗します。しかしそういう感情に惑わされない、クールで理知的な銀さんこそ、軍人タイプにとっての理想像です。賢く、常に冷静で、機知に富み、勝つためには全てを捨てることもためらわない。
 軍人タイプのマンガでは、こんな「老齢で経験豊富、何もかも悟った厳しい仙人」のような人がよく登場しますね。『ガラスの仮面』の月影先生みたいな。これは実は、「軍人タイプによって理想化された学者タイプ」の姿なのです。軍人タイプにとって、勝負に勝つために努力を続け、勝利の階段をかけ登った果てには、こういった本当に強く、賢く、勝つためのこだわりさえ捨てた、人生の意味を悟ったような人になる、という理想が見えかくれするようです。
 学者タイプとは、知識を蓄え、自分なりの人生観を持って生きる人たちです。軍人タイプみたいに目先の勝ち負けにふりまわされるなんてとんでもない。それよりも、「勝ち負け」「損得」にふりまわされない平静な心で観察し、考えることこそが「わかる」ことの基本です。
 「戦いの果てに真実がある」なんて勘違いだ!というのが学者の本音でしょう。
 そのため、よく出来た軍人タイプのマンガは、「勝つこと」よりも「勝負すること」に最終的な価値を見いだします。『あしたのジョー』の有名なラストシーン、真っ白に燃え尽きたジョー。これこそ軍人タイプの理想郷なのではないでしょうか。
 次回は職人タイプのマンガを紹介します。


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22回目 職人タイプのマンガとは

 今回はマンガについての最終回。今までで、「王様タイプ・マンガの代表選手はヒーローもの」「学者タイプ・マンガの代表選手はウンチクもの」、そして「軍人タイプ・マンガの代表選手は勝負もの」というところまで、お話ししました。今回は職人タイプのマンガについてです。
 職人タイプ・マンガの代表選手は何でしょうか。
 実はこれ、一言で言い表しにくいのです。なにしろ現代マンガで商業的に成功している人の大半が、職人タイプのマンガ家だからです。
 まぁ一応の判別法としては「人間、こうあるべきだ」とか「どう生きるべきか」といったテーマが中心になっている作家が、職人タイプのマンガ家でしょうか。あえて表現すれば「テーマもの」になります。
 メジャーどころを挙げてみると手塚治虫(『ブラックジャック』)、○○○○(『課長 島耕作』)、○○○○(『スラムダンク』)、高橋しん(『いい人』)、○○○○(『編集王』)… 今、話題のアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』や『もののけ姫』も、職人タイプの作品です。この2つの作品は他のアニメと違い、監督自身が脚本やコンテも書くために、圧倒的なワンマン体制で制作されています。そのためにマンガというジャンルと同様、どのタイプかはっきりと判別できるるのです。
 さて作者が職人タイプの場合、「これだけは語りたい!」といったコダワリが前面に押し出されます。例えば『スラムダンク』ならバスケットへのこだわり、『ブラックジャック』なら医療問題へのこだわり。これは、学者タイプの「知識としての面白さ」とは違うし、王様タイプの「みんなのために頑張る」とも違います。「バスケットとは、これだぁ!」といった美学・生きざまとしてのこだわりなのです。もちろん、他のタイプと同様に、主人公の葛藤やハッピーエンドの設定に大きな特徴を見い出すことができます。
 まず、主人公には「自分は人間としてこうありたい」とか「医者としてこう生きたい」「女としてこうありたい」「サラリーマンとしてこうありたい」といった理想の姿があります。そして、その理想を阻もうとする現実が、立ちはだかります。主人公は、理想と現実にはさまれて、努力し、苦しみ、悩みながらも、理想に少しでも近づこうとがんばります。
 そしてハッピーエンドは、周囲に妥協せず信念を貫いた結果、理解されなかった自分はまわりの人々に認められ、受け入れられるようになるという形で表現されます。
 これを、4タイプで説明してみましょう。まず主人公は理想を追い求める職人タイプ。そして主人公の障害となるのは「現実はこうなのだから仕方ない」といった、妥協を迫る考え方です。職人タイプの劣位に当たる学者タイプの世界観、「現実をキチンと捉えよう」とする考え方は、職人タイプから見ると、このように否定的に捉えられます。そして最後は「信念を貫き、周りのみんなに認められる」という、王様タイプのゴールが用意されています。王様タイプは、職人タイプの優位に当たるからですね。
 宮崎駿のアニメ『風の谷のナウシカ』も、主人公・ナウシカは自分の信念を貫くため、理解者を得られなくても頑張ります。風の谷の民もトルメキアの兵隊達も、森や虫を「敵」としてしか捉えていません。ナウシカはこの世界では理解者のいない異分子なのです。そしてそんな孤独な主人公も、自分の信念を貫けばその生き方を認めてもらえる(ハッピーエンド・パターン)または認めてもらえない(エヴァなどの非ハッピーエンド・パターン)というラストを迎えます。
 今夏のメガヒット『もののけ姫』を具体例に考えてみましょう。基本プロットは主人公・アシタカが、山の神と人間達との戦いに巻き込まれ、何とか止めようとするがダメだったというお話です。アシタカは、いわれなき業病に犯され、たった一人で村を追われます。が自暴自棄になったり、自殺したりはしません。なんとか生き残る希望をつかもうと旅を続けます。
「人間は、最後まで生きる為に努力するべき」だからです。
 この葛藤は、主人公のセリフには現れていません。しかし山犬の「なぜひと思いに崖から飛び降りて、楽にならないのか」というセリフで、浮き彫りにされます。またタタラ場の人々が、自然の森を切り倒し森の神を追いやって、近代産業へと邁進することには批判的です。それは「人間は自然を畏れることを忘れてはならない」からです。この葛藤は、タタラ場の頭領・エボシ御前とのやりとりでも、明らかにされています。
 タタラ場で、もののけ姫・サンが殺されそうになった時、アシタバは必死で庇います。「孤独な少女を大勢の人間で殺すべきではない」からです。
 このように、主人公の行動の一つ一つは、「人間はこうあるべきだ」という信念を貫く、戦いの連続で構成されています。そうして、「こうあるべき自分」を貫いた結果、みんなに認められるというハッピーエンドへと導かれます。居場所の無かった主人公は、その誠意と勇気ある行動が認められて、タタラ場に迎えられます。サンにも「アシタカは好きだ」と言ってもらえます。諸手をあげて万々歳ではない、やや辛口なラストです。それでも、職人タイプの作品らしい納め方と言えるでしょう。
 いかがですか?マンガという創作物も、作者がどのタイプに属しているかで、主人公の設定・葛藤が違う、ということがわかっていただけたでしょうか?次回からはまた、具体的相談への解答編です。では、また。



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