『人生の取り扱い説明書』連載第四十四回〜第四十八回
ン1997-1998.Toshio OKADA
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44回目 各タイプのレベルと進化

 4つのタイプはどれが優れている、劣っているという事はなく、一長一短です。ところが面白いことに、同じタイプ同士で比べると、明らかに格上・格下とでも言いたくなるような差が存在します。
 同じ軍人タイプでも、そこら辺の金融マンとビル・ゲイツの差、同じ電気系モンスターでもピカチュウとライチュウの差、とでもいうのでしょうか。能力を超えた「レベルの違い」があるようです。
 その差とは何なのでしょうか?各タイプは何をめざして頑張るべきなのか、そんな「理想像」を、今回からしばらく模索したいと思います。
 同じタイプ同士でも、もちろん能力の差という問題は無視できません。絵が、話術が上手い。頭の回転が速い。記憶力が、センスがいい。そんな能力差があるのは当然です。
 しかし能力とは関係なく、なぜか一目置かれている人がいます。信頼度が高かったり、好感度が高かったり、という人がいるのはなぜでしょうか?
 こういった魅力を持つ人の多くは、補助的に持っている欲求が比較的、強い人です。各タイプは、自分のタイプの他に、両側のタイプの欲求を少しずつ合わせ持つ、という説明は既にしました。その合わせ持つ欲求が、他の人よりも大きい人がいます。
 「器の広い人」、悪く言うと「欲ばりな人」ですね。こんな人は、欲求通り行動すると、単なるわがままで欲張りな人に映ります。が、きちんと考えてうまく演出すると、各タイプの良い面だけを合わせ持っている「幅広い魅力的な人」に変身することも可能なのです。
 北野武氏の場合を考えてみましょう。彼は人気コメディアン「ビートたけし」として、華やかな王様タイプの魅力を持っています。彼は芸術的才能豊かな映画監督、という職人タイプの魅力を合わせ持つようになってから、圧倒的なカリスマ性を手にしました。
 このカリスマ性は、単なる人気漫才師では得られません。逆に「カンヌ映画祭○○賞」受賞の映画監督、というだけでも、決して得られないものです。つまり「王様タイプの魅力」と「職人タイプの魅力」を兼ね備えているからこそ、発生する魅力なんですね。北野氏はさらに大学教授等との対談で「学者的側面」を見せ、さらにその魅力拡張を計っています。
 この他、「鶴太郎、アーティストになる」「爆笑問題、社会評論を語り倒す」などという事例は事欠きません。
 さて、「魅力」以外にレベルを上げるキーポイントは、自分のタイプの「欲求の深さ」です。各タイプの欲求は「嫌われるのはイヤ」「負けるのはイヤ」「わからないのはイヤ」「できないのはイヤ」の4つ。つまりこの「イヤ〜ッ!」の気持ちが大きければ大きいほど、欲求は深く、濃くなります。
 別に欲求が深ければ深いほどレベルが高いかわけではありません。欲求が大きければ大きいほど、それに振り回されるそのみっともなさ、迷惑度は、計り知れないものがあります。操縦している欲求が大きければ大きいほど、使いこなすことは大変です。が、その分、それをうまく使いこなすと、自分自身をレベルアップさせる素晴らしいエネルギー源となるのです。
 来週はまず、レベルの高い軍人タイプです。

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45回目 軍人タイプのレベルと進化

 より快適な人生をお手伝いする「人生の取扱説明書」。前回、各欲求には幅と深さがある、というお話をしました。欲求の幅が広く、深い人ほど欲求に振り回されやすい。しかし、その欲求を制御することにより、人間は「成長」することが可能です。つまりポケモンと同じく、各タイプも進化するわけですね。
 たとえば軍人タイプにとって、基本的欲求は「勝ちたい」「負けたくない」です。この欲求をいかに行動エネルギーに転化し、自分の人生を運営しているか。それが、進化への決めてです。それでは最低レベル「悪口屋」から始まり、「腰ぎんちゃく」「エリート」「支配者」と進化する、軍人の人生模様を観察しましょう。
 レベルの低い軍人タイプは「他人の悪口屋」になります。「あの人は、こんなこともできない」「あいつは、こんな失敗をした」と、他人の能力のあら探しに熱中しがち。これは「○○もできない彼(彼女)に比べて、自分は勝っている」という、デモンストレーションなのです。しかしこれだけではただの自己満足。まわりから疎ましがられるばかりで、欲求の無駄遣いでしかありませんね。
 この最低レベルを脱出し、少し社会性が身に付くと「悪口を言ってはいけない人」を意識するようになります。悪口を言うと自分に仕返しされそうな人への悪口は慎み、自分より明らかに劣っている人に対しての悪口は、ここぞとばかり過激になります。このレベルの軍人タイプを「腰ぎんちゃく」と呼びましょう。
 軍人タイプの幼児は、この「悪口屋」と「腰ぎんちゃく」の間をうろうろしています。しかし青少年時代に自分の欲求をうまく使うことを覚えた軍人タイプは「エリート」に進化します。「エリート」とは「東大→高級官僚コース」だけではありません。「スポーツでオリンピックを目指す」「マンガ家で一流になる」「実業界で不動の地位を築く」など、さまざまなジャンルでの「社会的成功」を目指すことです。
 目指すべきジャンルを見つけた軍人タイプは幸福です。ライバルを見つけて努力を惜しまず、「勝ち進むこと」自身を快感として、生きていけるからです。
 また軍人タイプは、能力を客観的に評価することが得意です。レベルが低い頃には、他人のあら探しに使ったこの能力も、「エリート」レベルでは、見事に長所として活用されます。
 欲求が深く、能力の高い軍人タイプは、どこまでも勝ち進んでいきます。「あがり」はどこかと訊かれれば、「世界いちィィィ」としかいいようがありません。
 これを突きつめれば、目指すは世界の支配者、負けないナポレオン、殺されないシーザーというところでしょうか。ルールを重んじ、他人の能力を見極め、努力を惜しまずに万能の力を手に入れた軍人タイプ。その究極の進化とは、まさに「独裁者」なのです。
 軍人タイプの皆さん、「エリート」や「支配者」目指して、頑張って下さい。
 次回は、王様タイプの進化についての、お話しです。

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46回目 王様タイプのレベルと進化

 王様タイプにとって、基本的欲求は「好かれたい」「無視されたくない」です。この欲求をいかに行動エネルギーに転化し、自分の人生を運営しているか。それが、進化への決めてです。それでは最低レベル「泣き虫」から始まり、「ひょうきん者」
「親分」「王様」と進化する、軍人の人生模様を観察しましょう。
 レベルの最も低い王様タイプは「泣き虫」です。「ドラえもん」の、のびた君がその典型。他の人が自分をバカにしたり、仲間外れにしたりすると、泣いて悔しがります。そして、泣くことで、ドラえもんの同情をひいて、助けてもらおうとします。
 全てに感情が優先する王様タイプは、基本的に自分の感情エネルギーを利用して行動します。他人も、感情を動かすことで支配しようとします。そういった場合、最も簡単な感情表現が「泣く」という行為なのです。
 王様タイプの幼児は、みんな泣き虫です。が、泣くこと一本槍では、好かれるどころか、すぐに相手にしてもらえなくなってしまいます。大人になっても、残念ながらこのレベルのままという人が、たまにいます。働きもせず飲んではメソメソしているどうしようもないヤツですね。
 さて、メソメソから抜け出した王様タイプは、今度は「ひょうきん者」に進化します。泣くことの次にわかりやすい感情は、笑いです。泣くことをがまんできるようになった王様タイプは、みんなに注目され、目立つこと。みんなを楽しませたり、笑わせることをしようと、一生懸命になります。
 王様タイプの子供はたいてい、「泣き虫」と「ひょうきん者」の間をうろうろしています。大人になっても、「単に明るいひょうきんな人」という人も少なくありません。
 しかしその中でも能力が高く、欲求の大きい人は「親分」に進化します。どんな職場でも、何となくみんなから頼られ尊敬される、親分肌の人がいるものです。仕事の能力が高いわけでもなく、鋭い意見を言うわけでもない。いわゆる「出来るヤツ」ではありません。しかし他人の面倒見がよく、気配りが利いて、人気・人望の高い人。そういう人はたいてい、王様タイプのレベルが高くなった人です。
 当然、より多くの人から慕われるのが、よりレベルの高い親分ということになります。このレベルに達すると、ひょうきん者の頃にはタブーだった「泣く」ことも、うまく使いこなせるようになります。愛する子分の為に、みんなの前で涙を流すことは「人情味の厚い親分」ということで、子分達からより強い指示を受けることになるからです。
 では王様タイプの理想像は何でしょうか。それは、皆から愛され尊敬される「王様そのもの」ということになるでしょう。法王や江戸時代の将軍など、多くの人に尊敬される存在であること。神様のように敬われることが、王様タイプの理想像と言えます。
 競争に勝ち、能力で頂点に立つ「支配者」ではありません。自分の気分次第で一国の運命を決め、人民を支配し、それを私有物として疑わず、残酷にかつ慈愛深く扱うもの、それは王のみに許された特権なのです。頑張って下さい。
 では、次回は職人タイプの進化のお話です。

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47回目 職人タイプのレベルと進化

 職人タイプにとって、基本的欲求は「出来ないのはイヤ」「一人で全てやりたい」です。この欲求をいかに行動エネルギーに転化し、自分の人生を運営しているか。それが、進化への決めてです。それでは最低レベル「なまけ者」から始まり、「がんこ者」「アーティスト」「聖人」と進化する、職人の人生模様を観察しましょう。
 レベルの最も低い職人タイプは、傍若無人の「なまけ者」です。他人が何をしていようがおかまいなし。自分がやりたいことにしか、興味がありません。
 もちろん本人の中では、「これではいけない」という気持ちはあるのですが、他人からは単なるなまけ者にしか見えません。自分の気に入った仕事しかせず、貧乏をものともしない人がいますが、そんな人は大抵、このタイプです。
「オレも、やりさえすれば出来るんだ」という無根拠な自信と、「どうせオレなんて」という自虐的な意識を合わせ持つのが、このレベルの特徴と言えるでしょう。
 さて、「怠け者」の引力圏を脱出し、進化に成功した職人タイプは「がんこ者」になります。
 自分ができること、やるべきだと思う事の中で、社会に適応したものを見つけられた職人タイプは、怠け者の汚名を返上できます。自分自身の腕に自負を持ち、「怠けたい」という欲求を断ったのはいいんですが、そのかわりに手に入れるのが「わからず屋」という汚名。
 職人タイプにとって、周りの状況がどうあろうと、自分のやるべきことは、正しい方法で完遂されなければ、気が済みません。先生や先輩、家族や上司がなんと言おうと、周りの条件がどう変わろうと、自分のやり方を変えるのはとんでもないことです。だって自分のやり方、とは彼(彼女)にとっては、唯一の「正しい」方法なのですから。
 子供の頃の職人タイプは、「怠け者」と「がんこ者」の間をうろうろしています。大人の中でも、がんこ者と言われるような人は、たいてい職人タイプなのです。
 さて、「がんこ者」からレベルアップした職人タイプは、めでたく「アーティスト」に進化します。アーティストと言っても、別に音楽家や画家だけではありません。料理人や運転手など、具体的に手を動かす仕事には、常にクリエィティブでセンスが必要です。
 そんな「アーティスト」に必要なのは、才能だけではありません。自分と同じようには出来ない他人を認めること、他者を許して認めることが必要になります。そのうえで「しかし自分は、あえて自分のやり方を貫きたい」という決意が、彼の仕事の完成度を上げるのです。
 ここで初めて「やりたいことしかしない」「自分のやり方にこだわる」という職人タイプの頑固さが、良い効果を発揮するわけですね。
 職人タイプが目指すべき理想の形。それは「聖人」です。誹謗中傷に負けず、自分の信じる道を進み、苦難の中から「真実」を見つけだしたイエス・キリストのような生きざま。何が正しいことかもわからない一般の人々に、大文字の「真実」を指し示すような生き方こそ、究極の職人タイプです。頑張って下さい。
 次回は、学者タイプのレベルについて、お話しします。

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48回目 学者タイプのレベルと進化

 学者タイプにとって、基本的欲求は「理解したい」「知らないことをなくしたい」です。この欲求をいかに行動エネルギーに転化し、自分の人生を運営しているか。それが、進化への決めてです。それでは最低レベル「ウソつき」から始まり、「ウンチクん」「知識人」「指導者」と進化する、学者の人生模様を観察しましょう。
 レベルの最も低い学者タイプは、「ウソつき」です。知らないこと、自分に都合が悪いことは、うそをついたり、隠したりででごまかそうとします。ウソとは学者タイプにとって、一番安易な防衛手段なのです。
 が、つくのは簡単でも、あとでバレるのがウソの欠点。何度も重なれば、狼と羊飼いの少年の童話を持ち出すまでもなく、結果的に信用をなくしてしまいます。
 学者タイプの3才児は、全員「ウソつき」です。大人でも、その場逃れのウソをつくような人は、たいてい学者タイプでしょう。
 さて、「ウソつき」から学者タイプは、知ったかぶり屋でなにかというとウンチクを語り倒す「ウンチクん」に進化します。相手の興味に関係なく、自分で知っていること、わかったこと、ウンチクを得々と披露する「ウンチクん」。ウソではなく、本当のことで自分のプライドを保ち、他人の興味を引こうという手法ですね。
 学者タイプでもレベルの低い人はたいてい、「ウソつき」と「ウンチクん」の間をウロウロしています。いわゆる「オタク」のホームポジションは、このあたりに位置しているわけですね。
 「ウンチクん」からレベルアップした学者タイプは、「知識人」に進化します。学者やエンジニア、経理士・弁護士・評論家など、スペシャリストと呼ばれるような人が、含まれます。オタクがアニメ雑誌のライターや評論家になるのも、このコースです。意外なところでは、小説家もこのレベルの天職です。
 とにかくなんでも知ったか振り、を脱出し、知りたいという欲求を自分の専門分野に向けて、その知識を必要な場所で発揮した結果得られるポジションが知識人なのです。
 さて、このレベルになってようやく「ウソつき」という能力が生かされる時が来ます。自分の専門分野だけに閉じこもらず、それを応用し、あえて未知の世界を推理する「演繹能力」。この場合、ウソは「ビジョン」と呼ばれます。ウソつきでない学者タイプは、単なる専門バカでしかありません。知識人に求められるのは、専門分野に支えられたウソ、「ビジョン」なのです。
 では、学者タイプがめざすべき理想像は、何でしょうか。それは、この世のしくみを客観的な事実から言葉で説き、人々にどう生きるべきかを教える「指導者」です。
 例えば、ブッタがそのタイプ。彼の教えはキリスト教と違い、非常に論理的な言葉の積み重ねから成り立っています。その上で彼は「解脱」などの大ウソをかまし、人の生きる道に「ビジョン」を与えてくれたのです。
 このような理屈から人間の幸福までを含む広い知識と知恵を持ち合わせた「指導者」こそ、学者タイプの理想像と言えるでしょう。
 学者タイプの皆さん、頑張って下さいね。



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