エヴァンゲリオンに文句言うのを禁止する
| 1995年、久しぶりに世間の皆さんはアニメ界に注目した。もちろん、それは『MEMORIES』、『攻殻機動隊』、『耳をすませば』という、いわば「ジャパニメーション3羽カラス」が耳目を集めたのだ。 『セーラームーン』、『パワーレンジャー』といった、日本のアニメや特撮が世界中で評価されていることは、どんなに鈍感なマスコミ人も認めていた。しかし彼らは思ったのだ、「あれじゃ、困る」と。 「いかにもオタク的で、あんなのが世界で評判、っていわれても恥ずかしいだけだ。なんかもっとカッコイイのないの?」 カッコイイというのは渋谷系、と思っている低能なマスコミ人たち。そんな彼らが注目したのが「ジャパニメーション3羽カラス」だった。「いまやアニメはANIMEになった!もうオタクなんかのものじゃない!」 しかしこの3作品は、前評判の割に見かけ倒しに終わった。そして一般の世界が全く注意していなかった場所から吹き出してきたのが、エヴァンゲリオンであった。エヴァンゲリオンこそ、オタクによる、オタクの、オタクのための作品だったのだ。 今回の特集は、「エヴァンゲリオン現象」に焦点を絞った。オタク界空前のヒットでありながら、これほど一般の世界と隔絶された作品も前代未聞である。こんなにオタク心を熱くさせる作品の場合、ガンダムでもヤマトでも、一般のファンを引き込む、という現象を起こす。しかしエヴァンゲリオンには、そのような兆候は一切ない。 LDを全話予約する人達も、関連商品を買い漁る人達も、みんな現役/退役の差こそあれオタクばかりだ。この作品を好きになる、ということはオタクになる、ということと同義であり、それはすさまじく甘美な経験なのである。 マクロスが世紀の不発花火で終わって幾星霜。ついに我々オタクは、自分たち自身の作品を手に入れた。何をこれ以上、望む?エヴァンゲリオンの限界は、アニメの限界である。かつては「我々のすることは愛することだった」とか「見えるよ、ララァ」とかで感動したわけだろう?それが「ぼくはここにいてもいいんだ」になったわけだ。これがアニメの限界であり、それを我々は承知でついてきたんじゃなかったのか? 全てのアニメファン、オタクたちはエヴァンゲリオンに文句を言ってはいけない。これが今、我々に見合った器なのだから。 |