インタービュー&書評集
ン1996-1997.Toshio OKADA all right reserved.
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呆れろ! 岡田に対するインタビューや書評を集めたぞ!
ホントにオレって自己顕示欲の塊だな。作家の素質200%だぜ。

JILリサーチ(日本労働研究機構) 1997冬号インタビュー


シオンリーワンが一番楽しいんですス

−−岡田さんは、今までに、ガレージキット (プラモデルの一種)、アニメ、ゲームと幅広く制作に携わり、昭和60年には、アニメ・ゲーム制作会社「ガイナックス」を設立。平成4年には同社を退社し、今では、東京大学でオタク文化論の講師をなさってますね。ご自分の多彩な経歴についてどう思われますか。

【岡田】「ガイナックス」が一番最初にやめたものではないんです。それまでに、大学をや め、ガレージキット作りをやめ、アニメ作りををやめ、ゲーム作りをやめ、そしてガイナックスもやめました。一番好きな時に始めて、一番飽きた時にやめることを信条にしているんで す。
それと、僕はオンリーワンが好きなんです よ。ナンバーワンではなく。オンリーワンが一番楽しいんです。ガレージキットをやっていた時も、よそがやり出したら、やる気がなくな る。
ガイナックスでアニメを作ったのも、『トップをねらえ』のようなマニア向けのアニメがなかったからです。『プリンセス・メーカー』のようなコンピュータゲームを作ったのも、それまでのゲームが、コンピュータマニア向けのもので、オタクのためのゲームがなかったからです。だから、オタク向けのゲームを作った。すると、みんな、オタク向けのゲームを作る。それじゃあ、ナンバーワンのための競争をするのは嫌だからやめる。

−−岡田さんがこれまで携わってきたプロデューサーという職業について教えてください。

【岡田】プロデューサーは、作品の完成のためには、嘘を言ってでも、作品が完成することだけに価値をおくのが仕事です。例えば、スポンサーは儲かることに価値を置きますから、スポンサーに対しては、「作品が完成すれば儲かります」と保証するんです。だけど、プロデューサーは儲かるなどと信じてはいないが、ここで「儲かる」と言えば、作品が完成する。
さらに、作品を作る過程で、制作スタッフがいろんなことを言ってきます。その誰に対しても誠意をもって答えます。ただ、全部本気では聞かない。なぜかというと、全ての人の要望に答えられる本質的な解決策がないからです。もし、絵を描く人とお金を出す人、音楽を作る人が本気で論争をすれば物別れしかない。そこ を、問題を解かりにくくして、ぼやかして、作品を作り上げることのみに価値を置く、これがプロデューサーの仕事だと思います。

−−クリエイティブな作品を作るには、クリエーターをどのように管理すればいいのでしょうか。

【岡田】アニメ制作には、漫画家の手塚治虫が設立した「虫プロ」と映画制作会社の「東映」という二つの対極的な「働き方」のタイプがあります。虫プロは、作品を完成させるためにスタッフが何日も徹夜をするんですよ。徹夜をして、納品日のギリギリまで作業をやる。他方、東映は9時5時の決められた就業時間内に働いてアニメーションをつくる。対照的なんです が、双方が主張しているのは、「おれたちのほうがクオリティーが高い」ということです。実は、その価値観に共鳴して、自分のやり方に自信があればどちらでもいける。だから、クリエイティブな作品を作るためには、異なった価値観に共鳴するグループを複数持っていると強いと思います。
そして、グループの中心にいる人物が、その管理方法もしくは運営方法を腹の底から信じていることが大事ですね。虫プロのような非管理型であれ東映のような管理型であれ、自分の中に動機や信念がある人物を中心に据える方式です。「キャラクター型の運営」と僕は言ってるんですが、どんな仕事をするかではなくて、誰をグループの中心に置いて、その人が一番動きやすいようなやり方で働いてもらう、ということです。

−−クリエーターの養成はどのようにすれば良いと考えていますか。

【岡田】どうやればみんなクリエーターになれるんでしょうかとか、もしくはどうやれば個性が持てるんでしょうかとか、よく聞かれます。それに関しては、「不幸な子供時代を送ることです」としか言いようがないですね。逆境がなければ個性は生まれません。不幸な子供時代を送らずに済んだのだったら、それはそれで幸せですよ。
そして、クリエーターを管理するということは、不幸な子供時代を送った人を管理するこ と、つまり、親になるということなんですよ。「おれはあいつらの親だ」という仕事の覚悟のある人だけがクリエーターを管理できます。だから、親になるつもりがないのなら、企業がクリエーターを管理するのはやめたほうがいいと言っています。

−−プログラマー35歳定年説というのがありますが、デザイナーを対象にアンケート調査を実施した結果でも、デザイナーは、30代半ばで生産性が横ばいになるんですね。そうすると、年功的な賃金システムを導入している企業では、生産性に対する賃金管理上の問題が生じます。クリエーターを抱える企業はどのように対処すればいいのでしょうか。

【岡田】クリエーターは雇わなければいいんです。基本的に雇わずに外注することです。これが鉄則ですね。社内にクリエーターを抱えるということは、工場でいうところの生産設備を社内に作るのと同じ意味なんです。しかし、不況がくれば生産を調整しなければならないし、工場の設備が次第に老朽化するのと同じで、クリエーターの能力も加齢とともに横ばいになる。それを避けるためには、自社では直接生産をしないで、外注することです。その上でクリエーターに自由競争させるということしか僕には思いつかないですね。


−−岡田さんは、「オタク文化論」のように、評論活動もなさっています。岡田さんにとって、評論活動とはどのようなものですか。

【岡田】みんなが何となく考えていて言葉にならない事を言葉にしているようなものです。いわば、思考の代行みたいなものですよ。みんな、ものを考えているんですが、考え方がわからないし、面倒くさい、疲れるという人のために、代わりにものを考える。すると「それですよ、それが言いたかったんです」ということになって、「はい、それではお金をください」となる(笑)。これはわりと飽きないですね。

−−岡田さんは、プロデューサーであると同時に起業家でもあると思うのですが、起業家精神はもとからあったのですか。

【岡田】僕は、わずかな努力で最大のものが得るのが好きなんです。それを起業家精神と呼ぶのかどうか。そうじゃないですよ、それはむしろ「商売人」ですよね。僕は「起業家」と言われると違うとい言うけれども、「岡田さん、商売人ですね」と言われれば、「そのとおりで す」と言います。払う労力、かける時間と得られる成果の差がおもしろいわけです。
商売人に必要な能力は、たとえ商品の質が低くても売ることができるということです。考えすぎる人は、クオリティーを上げることにこだわりすぎるんです。そうではなくて、低いところから始める。取り敢えず、自分の身の回りにいるできそうな人間を集めて、商品を完成させて、質が低くても売る。次回でクオリティーを挽回すればいいんですから。


−−今後の仕事として何を考えていますか。

【岡田】この間まではおもちゃ屋をやりたいと考えていました。古いおもちゃを集めて高円寺で店を開いて、そこの店主をやっているのもいいかなとか、古本屋もおもしろいなと。まあ、先のことは見当がつかない。自分の中でほんとうに好きだったら始めちゃうとは思うんですけれども。


−−最後に、今、取り組みつつあるものがあれば教えてください。

【岡田】モノレール。

−−モノレール?

【岡田】今、モノレールが好きで好きで。結論が早くでるとつまらないので、数が集まってから考えるようにしているんですが、何で僕はモノレールが好きなのか、基本的に何がおもしろいか、今はわからない。そこで、自分探しができるんですよ。「何で自分はこんなものが好きなんだろう?」と考えていって、その中でパターンをつかむ。なるほど、現在の社会において自分というのはこういうことを感じて、実はここに危機感を持って、ここがおもしろいと思っているんだなと認識する。それを再構築して、また本にするわけです。今はオタク的なセンスを持ちながら別のものをジワジワ見ていて、それがおもしろいと思っています。
僕は自分が好きになったことが仕事のネタになる人間ですから、モノレールもネタになると思っているんです。ネタにならないものって、僕はあまり好きじゃないんですよ。趣味の中でも、後で必ず人に説明できて本になったり、商品になったりするんです。

シ「今、取り組んでいるテーマは」という問いに、生き生きとした表情で「モノレール」と答えが返ってくる。型にはまらない、そんな印象が強烈に残る。ス
(取材 立道信吾 )




「現代」3月号(講談社) 本のエッセンス 著者インタビューより


「マルチメディアが生み出す価値観の変化」 岡田斗司夫さん『ぼくたちの洗脳社会』朝日新聞社・二〇〇〇円

 一九五八年生まれ。東京大学マルチメディア・ゼミ講師。アニメ・ゲーム制作会社ガイナックス設立に参加。『不思議の海のナディア』などを手がけた。

 自動車が空を飛び、宇宙旅行が身近になる碁らし。こんな未来像を、チープに感じるようになったのは、いったいいつからなのだろう。
 本書の冒頭において、著者はまず”科学は死んだ”と断言している。
 「いま、科学に対する不信感ってものすごく大きいでしょ。科学が幸せにしてくれるなんて、とてもじゃないけど、信じられませんよね」
 戦争や病気をなくし、便利な製品を増産することで、豊かな社会を創りだすはずだった科学も、環境破壊の主犯として、栄光の座から引きずり下ろされてしまった。
 「経済だって同じです。私たちが子どものときには、大きくなったらサラリーマンになって、きれいなオフィスでパリパリ働くことがかっこいいんだと、非常にリアルな夢として、思い描くことができたんです。これは経済に信頼があったからですよね。ところがいまは、大学を卒業しても、働きたくないから大学院で勉強続けたいって人が増えている。若い人たちは、働かない人に対して驚くほど抵抗が無い。尊敬さえ感じていますよね」
 パプル崩壊、政治の混迷、いじめ、少子化、しらけ、オウム……これら身の回りで起きている様々な変化は、すべて巨大なパラダイムシフトが原因であると捉え、この変動こそ、農業革命・産業革命につぐ、大変革なのだと訴える。
 「アルビン・トラーの『第二の波』と堺屋大一『知価革命』をもとに、文明が発達するパターンについて大学で講義をしていたときのことです。突然、この論理がパパパパッと頭のなかで組立てられましてね、家へ飛んで帰ってまとめました」
 マルチメディアの爆発的な成長によって、もたらされつつある情報革命。本書は、変革後の近未来社会を予測してみせるとともに、変革のプロセスで得るものと失うもの、あるいは世代を隔絶する価値観の壁の秘密までをも説き明かす、ユニークな論文だ。
 「世の中の変革については、十年ほど前から指摘されてはいたのですが、正体がつかめなかった。しかし、価値観の急激な変化や資源の有限感、これらは大きな変革が起きている明らかな証拠なんです」
 熟年盾の読者からは「若い連中の考えていることが、ようやく解った」という感想が寄せられているそうだ。
 「情報が流通すればするほど、解釈が加えられていないものは受けつけなくなってしまうんです。たとえば、若い人は読書をしませんよね。東大生だって感動的なまでに読まない(笑)。それは彼らが、生の状態では書物を咀嚼できないからなんです。ちょうど我々が、木材を見ても加工方法を思いつかないのに似ています。完成品を示され、穴のあけかたや、切りかたを説明されないと何もできないのと同じように、彼らには、読書ガイドが必要なんです」
 若い世代の行動や嗜好は未来社会のひな型であり、三十年後の価値観は彼らのなかに芽生えているのだという。
 「二十五から三十五歳くらいの人たちは、出世して社長になりたいだろうと聞かれると『まさか』と答えちゃうんですよね(笑)。何をやるにも『自分の気持ちを大切にしたい』ともいう。ある年齢以上には全然理解できないわけですよ。家族の結びつきもすごく薄いでしょ。私もそうなのですが、老いた両親を引き取るという実感がわかない。彼らが可哀想なのはわかりますけど、これが正直な気待ちなんですよ。会社への忠誠心も、規則正しい生活も失われた未来は、五十歳以上の人にとって、ソドムの市みたいに見えるかも知れませんね(笑)」
 自由経済競争が終焉をむかえ、これから確立するパラダイムは「モノ不足・情報余り」であると説く。マルチメディアの発連により、多様な価値観・評価・世界観等が双方向で混在し、膨張してゆく「洗脳社会」がやってくるのだ。
 「それは、だれもが、他人に影響を与えようと競争する社会です。企業でいえば、金を目的としない優秀なスタッフを集め、強力な洗脳力でファンを結集する力をいかに持つかということでしょうか。アップルもディズニーランドも、いまがあるのはファンの力なんです。何をする会社なのかを具体的にひとつ決めて、創業者のキャラクターに託すことに成功した。これがないと、これからはお金を払ってもらえなくなるでしょうね」
 サポーターを洗脳消費者と位置づけるなら、企業のCI戦略にも、徹底した一貫性が要求されることになる。
 「たとえば、売上の一オを環境保護に寄付しているなんて宣伝は、もはやマイナスです。エコロジーを企業イメージにしたいなら、業務自体がそうでないと意味がない。売上の1オなんて、酔っ払いがぶら下げてる土産の寿司と変わりません。やましい部分を隠すためじゃないかと疑われるだけですよ」
 成長の限界に直面した中世がそうであったように、労働による破壊や汚染を拒み、ひたすら風俗や流行を消費する時代に突入するのだという。
 「オウムの事件があった時点で、我々の変革への心の準備は完了したと思います。あとは、パソコンを購入するとか、盆と正月の両方に帰省するといった風習を手放すというような、個人レペルでの変革が、これからの数年間でゆっくりと行われてゆくでしょう。まあ、こんなスリリングな時代はない。千年に一度あるかないかの価値観の変動期に生きてるんですから、私はこの時代を楽しみたいですね」
(取材・構成/宮島英紀)





時局(1996年2月号)名古屋発・月刊経済情報誌 時局社 「BOOK街」より

 ぼくたちの洗脳社会 岡田斗司夫・著

 「洗脳社会」というと,何か恐ろしげで宗教めいた感じがするが、そうではなく、あふれる情報により洗脳されるろ社会を指す。
 近代で最も巨大で効率的な洗脳装置は、もちろんマスメディアだ。また、パソコン通信といった双方向発信のマルチメディアも大きな位置を占め始めている。これによって一方的にマスメディアから情報を受け続けるだけであった被洗脳者たちが解放され、だれもが情報発信者・つまり洗脳者になり得る。つまり一般人が初めて、自分から不特定多数の人に向けて自分の意見を述ぺるシステムを手に入れたのだ。
 そこで本書は、社会変化、パラダイムシフトを総合的な観点からとらえて、今、何が起こりつつあるのかを、情報をベースに明確にしている。それによって、将来、
社会はどう変化するのか、私たちは何を準備すればいいのかを提案。また、この洗脳社会で個人が幸せに生きるには、人間関係の自由化が進む中で、個人の価値観を重要視しなくてはならないと説いている。
 若い学生を前に大学で講義をしている著者だけに、その若者の行動が紹介され、心理が分祈されており、興味深い。そして、突然ひらめいたという”洗脳社会”論には一つの新しい世界観がうかがえて、切り口も面白い。身近な、何気ない変化から、大きな時代の流れを感じることのできる書だ。





文藝(1996年春季号)河出書房新社 「佐々木敦のスラッシュ・ブックガイド」より


●『ジ・オウム』プランク編(太田出版)
 かねてから噂になっていたサプカル・オウム本。巻頭の椹木野衣〈本書の編者でもある)、飴屋法水、福居ショウジンの三氏によるディスカッションでは、飴屋氏のクールな発言が際立っていたように思う。頭の良い人ですね。相変わらずの圧倒的ヴォリュームと、有無を言わせぬ論理展開で迫る大澤真幸、ついややこしくしがちな問題を、あっさりとクレヴァーに切り捨てて見せる岡田斗司夫の両氏が面白かった。ただ、僕にはこんな本を作ろうという心性自体が、ちよっと「80年代」的に思えました。そこのところと無関係なマムンダッド宇川直宏君のカルト音楽ガイドの暴走ぶりが、結果的にいちばん起爆力を持ってるのでは?

●『ぼくたちの洗脳社会』岡田斗司夫(朝日新聞社)
 『ジ・オウム』にも書いてたオタキングこと岡田氏の初の著作。洗脳というタームはまたオウム?と思ってしまうが、ここでのそれはマルチプルな価値観のインタラクティヴィティを意味する。トフラー『第三の波』と堺屋『知価革命』を踏まえて、現況をサクッと整理してみせる手際は見事。まったく明解で正解だと思う。でもこの本のターゲットって誰なの?





DOORS(1996年7月号)朝日新聞社 [編集長インタビュー]より


“オタキング”が描く「ぼくたちの洗脳社会」
 岡田斗司夫
  Toshio Okada
  作家・プロデューサー

オタクは、日本が世界に輸出する高度情報社会の新しいパラダイム

おかだとしお 1958年大阪生まれ。37歳。小学校からSF小説に耽溺し、81年、大阪で開催された第20回日本SF大会のオープニングフィルムとして作成したアニメが評価されて以後、アニメの企画・プロデュースにのめり込む。84年にアニメ・ゲーム制作会社ガイナックスを設立、代表取締役に。87年、長編オリジナルアニメ『オネアミスの翼』を制作し、日本アニメ大賞、アニメグランプリ、星雲賞(SF作品が対象)を受賞。89年、テレビアニメ『不思議の海のナディア』を制作、NHKで放映。91年、パソコンゲーム『プリンセス・メーカー』を企画・プロデュース。94年から東京大学の非常勤講師として「おたく文化論」などを教える。著書に『ぼくたちの洗脳社会』(朝日新聞社)、近刊で『オタク学入門』(太田出版)など。

――オタクという言葉は世界にどれほど広がっているのですか。

岡田●5年前ぐらいから世界各地で「オタコン」(オタク会議)が開かれるようになり、インターネットの普及で世界のオタクたちがホームページを開き始めました。その数、今や600以上。アメリカの各大学にアニメ研究会があるほどです。日本のアニメの輸出が始まったのが今から約20年前。ヨーロッパや東南アジアでは、アニメだけでなくマンガもブームになっています。今、成人しようとしている世界の若者たちは、ディズニーより日本のアニメに親しんできたわけです。
 なぜ日本のアニメがこれほどまで世界に広がったか。それは子どもに喜ばれることだけを考えて作ってあるからです。そういうメディアはこれまでになかった。例えばディズニーなどは、親に喜ばれるアニメを目指していた。アニメは大人の社会の価値観を子どもに伝える、教えるための道具だったわけです。童話なんか、そうですよね。その点、日本のアニメは世界文化の中で特異な位置にあるといえます。ところが、ヨーロッパなどの伝統社会でも従来のヒエラルヒーが崩れて、子どもがお小遣いを持って自分の好きな物を買うようになったとき、彼らも日本のアニメやマンガに飛びついたのです。
 世界ではアニメ・マンガは日本文化の再来のようにいわれています。つまり浮世絵が線と面による表現で西洋絵画に衝撃を与えたように、アニメ・マンガの女性キャラクターは、彼らが見たことのないフォルムだった。目が大きく、頬が張って、口が小さい女の子の顔が、微妙な線と面で表現されている。これは人体の究極のデフォルメと外国人には映るらしい。日本のアニメ・マンガは子どもっぽい顔の方が可愛いという新しいコンセプトを提供したわけです。
世界の頂点に立った日本のアニメ
 6年前に日本のアニメをハリウッドで作れないかと、アメリカの映画制作会社を打診して回った時は、ことごとく断られました。アメリカでは目が小さく、口が大きい大人顔のキャラクターデザインでなければ受け入れられない。しかも「10歳以下しかアニメは見ない」といわれました。ところが今ではディズニーでさえ日本のアニメ・キャラクターのデザインを取り入れ始めた。作画ではとくに宮崎駿さん(『風の谷のナウシカ』で有名なアニメ作家)の影響が大きいですね。アメリカのアニメ・スタッフには、ディズニーよりむしろ日本のアニメファンの方が多いほどです。そういう意味では、日本のアニメは世界の頂点に立ちました。
 この傾向は今後も続くでしょう。アメリカのアニメファンの世代的な断層は30歳です。30歳以下にファンが多く、この年齢層が毎年上がって、映画の製作現場にどんどん入り始めている。日本からクリエーターを呼ぼうという動きもあるほどです。ちなみに日本における断層は35歳くらい。それは『宇宙戦艦ヤマト』に魅力を感じるかどうかで判断できますね。
 日本のアニメが発展した一つの原因として、全共闘世代の影響があります。30年近く前に、この世代の人たちが大量にアニメ・マンガの世界へ流れ込み、そこに自分たちの社会に対する問題意識を投入しました。今の社会はこれでいいのか、皆が正しいということは本当に正しいのか、といったテーマをシナリオに盛り込み、それがスタンダードになった。そして大人になっても見ることのできる作品が生まれるようになりました。
 全共闘世代の人たちは次の世代に期待して、子ども向けにメッセージを発していたのかもしれません。その結果、生まれたのが25〜35歳のオタク世代というわけです。

――オタクは、一時いわれた新人類とは違うわけですね。

岡田●新人類というのは普通の社会から逸脱しかけているが、ぎりぎりのところで留まっている特定の人たちを指していたと思います。オタク世代たちは新人類を自分とは関係がないと感じ、ひたすら内側に向かって自分の世界を築き上げています。
 といっても自閉的ではありません。世間ではオタクというと、自閉的でネクラで友だちがいないと誤解されていますが、コレクションの前提は交換とコネなんです。だから友だちは非常に多い。コレクションするには社交的にならざるを得ないのです。
 たくさんの付き合いを通して得られた情報を分析して優先度の高さを判断する。だから自分なりの鑑識眼が高く、マスメディアの情報には躍らされません。
 オタクの特徴を三つあげれば、いま述べた「付き合いの広さ」と「自分なりの鑑識眼」、そしてもう一つ重要な要素が「金遣いの荒さ」です(笑い)。
 僕は“オタクエンゲル係数”と呼んでいるのですが、本当のオタクなら、収入の3分の1から2分の1はコレクションの充実や友人との交際に使い、残りのカネを生活費に充てます。食費などは切り詰めるし、自分のコレクションが多くなれば、郊外の広い部屋に引っ越します。いまヒットしている商品の多くはオタク的な理由で買われています。レーザーディスクなども、過去のアニメシリーズの全作品を収録した10万円前後の高級コレクションほどよく売れる。
 そんなわけでオタクはおカネを稼がなければならず、仕事は効率的にこなし、大半はちゃんとボーナスの出る、いい会社に就職しています。ただし生活の本質は趣味にあり、仕事は趣味に生かせる職種か、もしくは趣味の邪魔にならないものを選んでいます。
 彼らは年上の会社人間たちを「仕事オタク」としか見ません。すべて趣味的にアプローチするわけです。だから、生き甲斐とかやり甲斐という議論とはかみ合いません。
 昨年末に出した『ぼくたちの洗脳社会』という本に対する反応が二つありまして、一つは45歳以上の読者で「いまの若い人たちの気持ちがよくわかった」という感想。もう一つは25歳前後の読者で「自分たちの気持ちを代弁してくれてありがとう」というものでした。
 彼らは「自分の好きという気持ち」が何よりも大事なのです。アニメの特定のキャラクターが好きだということは、自分の「好きだという気持ち」が好きなんです。だからこの気持ちがなくなれば、相手がアニメであろうと人であろうとパッと忘れることができるわけです。

――本の中で主張されている「自由洗脳競争社会」では、インターネットはどうなりますか。

岡田●インターネットは「自由洗脳競争社会」へのパラダイム・シフトを加速するでしょう。インターネットの普及で明らかになりつつあることは、情報の流通が増えれば増えるほど、逆に一般の個人の意見が埋もれがちになるということです。
 インターネットは個人の意見を表明できるツールだといわれてきたわけですが、大きな部屋にたくさんの人が集まってくると、主導権を握るのは声の大きい人になる。簡単に情報発信ができるようになると、オリジナルの情報ではなく、その情報をどう見るかという切り口や価値観が求められるようになります。現にインターネット雑誌で、どのホームページが面白いか教えてもらわないとアクセスできない状況が起こっています。これを不健全だとは思いません。むしろ人間本来の姿です。
 何が面白いのかナビゲートする人間がこれからのリーダーになる。これが本の中で描いた自由洗脳競争社会の人間の姿です。ただしこのリーダーはマスコミではありません。マスメディアはインフラ化し、カタログ的な情報を提供する機能に限定される。情報に付加価値や切り口を付け加える役割はインターネットやパソコン通信のようなパーソナル・メディアが担うでしょう。
 情報化社会でも大半は消費者、すなわち「洗脳消費者」です。その消費者の中からポツリポツリと情報発信をする者が現れ、その中で競争が行われ、より洗脳力を持つリーダーたちがバトルを繰り広げるでしょう。
 リーダーとしての条件は「素で面白い奴」。つまり本人自身が面白くて、周囲にイメージを発散し続ける人間です。イメージを簡単なフレーズに置き換えて、ゴールを一瞬でも見させてくれる人がリーダーになるでしょう。
 僕は4月からインターネット上で「国際おたく大学」(http://NetCity.or.jp/OTAKU/index.html)を開設しました。本来は自分でオタク文化の面白さを発見した方がいいのでしょうが、いまの若い人は自分でかみ砕く能力が足りないので、代わりに僕がオタク文化の見方をインストラクションしようというわけです。いまのアニメは歌舞伎や能と同じように歴史的な経緯や背景を知らないと分からないようにできていますからね。もう一つの目的は日本語をもっと世界に広めること。「オタク」というイギリスのロックグループや、「ウルセイヤツラ」(うる星やつら=高橋留美子の描くマンガ)というグループがあったり、日本語はいま海外の若者のあこがれの的です。だから英語の翻訳をつけるだけでなく、平仮名やローマ字でも表記したいと思っています。
5分間のアニメビデオから始まった
――小さいころからご本人もオタクだった?

岡田●小学校、中学校、高校とSFに凝っていて、むしろアニメなど見ませんでした。活字以外の下品なものは見ないという信念ですね(笑い)。
 日本語のSFはすべて読む、海外版しかなければ英語で読む。古書店でしか手に入らない本は借りて読む。高校2年生の時にはSF関係で1万2000冊の蔵書がありました。本棚の数にして二十数本。大学もSF研究会のサークル活動を最優先に選びました。
 SF研究会では先輩にいろいろなことをたたき込まれました。部室や先輩の部屋には洗脳ビデオみたいなものがあって、20時間ぐらい『機動戦士ガンダム』をぶっ続けで見せられるわけです。すると感動して「これだっ!」と思う。毎週「これだっ!」が続いているうちに、大学から除籍通知が家に届き、大騒ぎになったりしました(笑い)。
 当時、SFファンにとっては年1回、各都市の持ち回りで開かれる日本SF大会が大イベントでしたが、81年の第20回日本SF大会を大阪で開催することになり、僕が総合プロデューサーを引き受けました。参加者を驚かせようと5分ぐらいのオープニングアニメを作ったのですが、このアニメの評判がよく、たまたま会場に来ていた手塚治虫さんにも褒めていただきました。
 大会は300万〜400万円の赤字でしたが、このアニメをビデオにして1本1万2000円で売ったら、何と1000本以上売れて一気に赤字は解消。あまったおカネで大会のレポートを作り、再度、大阪で大会を開きました。そこでまた5分間のアニメを作ったら、また売れた。そのころになると特撮映画も作り始め、これがまた意外に売れる。
 そんなことを続けながら、仲間で会社を作りました。82年、僕が24歳のころですが、ゼネラルプロダクツというSF関連商品を製造販売する会社です。2億円の年商を上げるぐらいになりましたが、やはり映像を作りたいと思って東京へ出て、最初に作った劇場公開用のオリジナルアニメが『オネアミスの翼』です。そのとき制作会社としてガイナックスを設立しました。
 その後いくつかのビデオアニメやパソコンゲームを手がけましたが、自分では<もうこの業界で作るものはなくなった>と思って、92年にガイナックスを辞めました。しばらくブラブラしていたのですが、東京大学の学生に請われて、94年から非常勤講師として教養学部でゼミを持つようになりました。東大には学生の推薦で講座を設けるシステムがあって、僕らの作ったアニメを中学時代から見ていた東大の学生たちが僕を推薦してくれたのです。今期はオタク文化論を教えます。
 半期ごとの更新ですから、学生が面白くないといえば講座は終了です。学生の好意で生きているようなもんです。講義をしていて痛感したのですが、僕は人を笑わせたり、楽しませるのが心底好きなんです。だから今は「お笑い芸人」を目指して、新宿のホールで月1回、オタクを題材にしたトークショーを開いています(笑い)。

写真/岡田明彦

 東京大学教養学部の非常勤講師としてマルチメディアや「オタク文化論」を講義する異才、というのが岡田さんを知らない人への平凡な紹介の仕方だ。 一般のアニメファンなら、制作会社ガイナックスの創立者で『オネアミスの翼』『トップをねらえ!』『不思議の海のナディア』などのオリジナルアニメ、あるいはパソコンゲーム『プリンセス・メーカー』の総合プロデューサーとして、名前ぐらいは聞いたことがあるかもしれない。
 岡田さんの本領は、オタクの世界で発揮される。岡田さんはオタクの王様、“オタキング”なのである。
 オタクとは、アニメ、マンガ、SF、コンピュータゲーム、プラモデルなどのジャンルにおける特殊なマニアで、しつこくネクラなタイプと一般には思われている。仲間同士で相手を「お宅」と呼び合ったことからオタク族などといわれるようになった。
 岡田さんはこうした見方を切り捨て、オタク文化こそ世界で熱狂的に受け入れられた高度な知的活動、情報社会における一つの新しいパラダイムであるとする。海外の若者は日本のアニメ、マンガ、コンピュータゲームなどのオタク文化に飛びつき、あこがれ、楽しみながら日本語も学んでいる。オタクはOTAKUという国際語になり、海外では「オタコン」と呼ばれるオタク・コンベンション(会議)も定期的に開かれるなど、日本語が公用語化するという、かつてない現象も現れている。
 インターネット上にはOTAKUをタイトルのキーワードにしたページが600件以上、ANIME(アニメ)やMANGA(マンガ)を含めると2万件近くもあり、しかも日々、増え続けている。ハリウッドなど映画製作の現場にも大きな影響を与えつつある。
 このような世界的なオタク文化を支えている若者たちの価値観の変化を鋭く解き明かしたのが、昨年12月に発刊された『ぼくたちの洗脳社会』だ。この本の中で岡田さんは以下のような論旨を展開している。「工業化社会を支えてきた科学技術への信頼は崩れ、これからは、物質に対する無関心と精神に対する関心の高まりが顕著となり、“モノ不足・時間余り”社会へと移行する。また、情報通信技術の進歩は情報革命を引き起こし、誰もが情報発信者になり得る。その結果、マスコミの独占<洗脳>体制は崩れ、誰もが<洗脳>者になれる『自由洗脳競争社会』が現れる」
 ここで岡田さんのいう洗脳とは「多くの人々の価値観をある一定方向へ向かわせようとする行為すべて」。つまり情報や現象に対する見方や判断を人に伝えることが洗脳行為だ。「洗脳」というマイナスイメージの強い言葉をあえて使っているところに分かりにくさがあるが、彼によると、高度情報化社会とは「情報への解釈が無限に流通する社会」だという。
 言い換えれば価値観を選択する社会であり、これからの人間は複数の価値観と所属グループを併せ持つことになる、と予言している。


◇◆◇情報社会におけるパラダイム・シフトについての論考は多いが、「世界の若者の総オタク化」を切り口にしたこの人の主張は、「お笑い芸人」を任ずるだけあって?聞くと、なかなかにおもしろく、説得力もある。若い世代のよき理解者、代弁者といえよう。

◎このインタビューの音声や映像の一部は付録のCD‐ROM『COOLDOORS』に収録されています。岡田氏の肉声を聞いてみたい方は、ぜひご覧ください。

(富士通コンピュータサロンで)





以下を準備中!!

ニュータイプ
大学をおもしろくする雑誌
北海道の銀行誌
PASO
噂の真相




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