| 江川氏とは、長いつき合いになる。 僕は新しい人とつきあうのが大好きで、友達に対しても、熱しやすく醒めやすい。でも彼とは本当に長くつきあっている。江川達也の魅力的とは何なのだろうか。この原稿では彼のマンガから離れ、マンガ家・江川達也自身のキャラクターの魅力を語ろう。 僕にとっての彼の魅力は、「アンバランス」にある。彼は本書、『BE FREE!』でカルトな人気を得、『まじかる☆タルるーとくん』で伝説の最盛期『少年ジャンプ』を牽引した。『東京大学物語』はSMAP主演のトレンドドラマ化され、押しも押されもしないメジャーマンガ家だ。 そんな彼の一面は「フツーのいい人」だ。お正月には、長男・毅ちゃんの写真がでかでかと印刷された年賀状を送ってくる親バカ野郎だし、どんなにスケジュールがきつくても、編集者に何度も何度も頼まれると、つい情にほだされて新連載を引き受けてしまう。カラオケに行くと、何人で行っても2曲に1曲は自分が歌いたがる迷惑野郎だが、単行本でアシスタントの名前をキチンと公表する律儀な実業家でもある。 これだけ並べると、「まぁ江川さんって、偉いのにイイ人ね」で終わりだが、彼の場合、決してこれだけでは終わらない。 まず何と言っても、絵が上手い。単に上手いのではない。過剰なほど上手いのだ。 僕は以前、彼が高校の時描いたという『盾と矛』という変なマンガを見せて貰ったことがある。「弁証法をマンガにした」というその作品は、地球の果てから最強の盾を持った男が、反対の果てからは最強の矛を持った男がやってきて、最終戦争が始まるというストーリーだった。こいつ、なに考えてんだ、と呆れたことを憶えている。大学ノートにびっちりと数百ページもある大力作でそれでも未完だったが、これが結構読ませるのだ。流石としか言いようがない。 また、大学アニメ研でみんなと作ったという紙アニメ「鬼」も見せて貰った。ただの素人が作った紙アニメなので、画面も白っぽくて見れたものではないのだが、江川氏が担当したシーンだけ、異常に上手い。鬼がリアルで怖い。鉛筆の描き込みがすごく、そのシーンだけ真っ黒なのだ。「これ描いてるヤツだけ上手いよなぁ。可哀想になぁ」と思ったのをよく憶えている。 この上手さを本人も心得ているところも、またイイ味だ。「人体の解剖図って、どれもこれも絵が下手なんですよ。見れたもんじゃない」 江川氏は、絵に関しては他人を厳しく批評する。「ところがこの前、結構上手いのを見つけたんですよ。おっ、こいつ、僕と同じくらい上手いじゃん、って思って見たら、レオナルド・ダ・ヴィンチだったんですよね」彼は、大マジメで教えてくれた。聞いてる僕らが大笑いしても、彼は「何でみんな、笑うの?」ときょとんとしている。そこも江川氏らしい。 江川くんのアンバランスさは頭の良さでも発揮される。そんじょそこらの頭の良さではない。江川くんに会ったマスコミ人・編集者が声をそろえて「頭のいい人ですねぇ」と感心するぐらい有名である。 複雑な現象を単純化し、問題点をまとめてわかりやすく図解する手際は、いつ見てもほれぼれする。以前、『東京大学物語』のストーリーメモを見せて貰ったことがある。たいてい、マンガのストーリー・メモなんて、他人が見ても何が何だかわからないし、わかっても面白くもなんともないものだ。が、江川氏のメモは、何と見事に図解化されていて、それを読むだけでも面白いのだ。これは本人がいかにストーリーを、キチンと論理的に把握しているか、そして表現の多様性を持っていないとできない技だ。 本書『BE FREE』も、江川氏にとっては、教育問題に関して人々がもっと考えるようになるように描いた啓蒙の書であるらしい。彼によると「世の中は放っておくと、頼みもしないのに戦争を起こしたり、官僚が腐敗したりして、僕自身が住み難くなる。僕は本当は、他人のことなど放っておいて、楽しくマンガを描いて暮らしたいのだが、そうも言っていられない。世の中がダメにならないように、仕方なくこういうマンガを描いているんだ」ということになる。 僕は、彼のこういうお節介な、ヘンな、壮大な考え方も大好きだ。僕の目には、こんな江川氏が『BE FREE』の主人公、笹錦のように映る。心優しく、頭も良く、何でもできるスーパーヒーローであると同時に、その熱心さ、思想の壮大さ、過剰な行動力ゆえにギャグマンガの主人公にもなってしまう人物である。僕はいつも心の半分で「スゴイ!」と賞賛し、心の半分で「なんて大仰なヤツだ」と大笑いしている。この、アンバランスさこそが、江川達也の最大の魅力であろう。 |