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フィギュア王というのは、いま流行りつつあるオモチャ系の雑誌である。確かにこの雑誌、他の類似品に比べて見所はある。まず洋モノフィギュアの記事が少ない。まぁこれは編集長が、スポーンの代理店であるレッズとケンカしてるから当然なのかも知れないが、なかなか見上げた態度である。
しかしこの雑誌、まだまだ改良の余地があるな。まず平成に入ってからのオモチャなんか、載せなくてよろしい。読者の95%までは「超合金魂」なんぞ、どーなってもエエと思っている玩具憂国の士である。そんな彼らのニーズに応えるには、昭和30〜40年代のオモチャで誌面を埋め尽くすしかないだろう。
ピカチュウ?
限定版エヴァ?
そんなもん、赤羽の玩具屋の倉庫の屋根裏に30年ほど寝かして、ネズミ達のエサにするがよかろう。その後なら、おそらく語るべき「何か」が醸し出されるかも知れないが、それまでは駄玩具である。ガキのオモチャである。フィギュア王が取り上げるべき素材ではない。
逆にライターには、もう少し新鮮味が欲しい。もうどこのオモチャ雑誌見ても、みうらじゅんとか佐竹とか唐沢なをきとか岡田斗司夫とか、似たような奴等の顔ばかり見る。はっきり言って、飽き飽きしたぞ。全部、切れ。
あとこれはマジなんだけど、「オモチャには夢がある」なんてタワゴトは、死んでも載せるなよな。パソ通の玩具会議室あたりにいるじゃん、そういう気持ち悪い手合いが。超合金魂、入手したからと言って「少年の日に戻った」とかホザくバカ。へ〜え、お前はたかがオモチャ1個与えられたら、少年の日々に戻れるのかよ。てめーの頭、プリスターパックか?
なんでお前らはオモチャに惹かれるんだ?そしてなんでみんな、いつかオモチャを卒業すると思ってんだ?オモチャとは、絶望を形にした実存である。この世界を把握し、理解し、参加しようとする心がオモチャに手を伸ばさせ、そこにあるのはただの安っぽいプラスティックと亜鉛合金だと絶望して、やがて離れる。お前らに、そんな気持ちが分からないとは言わせない。
オモチャは「手に取ればまた、絶望することがわかっていながら、手を伸ばさざるを得ない」という麻薬なんだ。酒なんだよ。明るく語るなよな。
さぁ、これぐらいで原稿量としては充分だろう。編集長、約束通り原稿料がわりのメディコム「峰不二子フィギュア」をくれよな。それで欲情しようが、絶望しようが、それは僕の勝手なんだから。
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