岡田斗司夫のオタク日記
2001年12月01日〜12月15日
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12月 その1


1日(土)

 朝から小学校で、娘の音楽発表会。終わると大急ぎで新宿ロフトプラスワンへ駆け込んで、「第一回日本オタク大賞」の公開収録。


3日(月)

 オタク女子から手作りケーキの差し入れ。事務所でみんなで分けて食べたら、急に眠くなった。ブランデーがたっぷり入ったケーキで、酒を飲まない僕は酔っぱらってしまったらしい。
 夕食には評判がよい巨大ハンバーグを作ったら、どうにも眠気がすごい。ケーキで酔っ払ったと思ったらカゼらしい。


4日(火)

 カゼだけど、立教大の講義のプラン作り。受講する学生が七〇〇人以上いるらしいので、今回は「取説」でいくことにする。大人数を前にした公開実験は初めてなので楽しみ。


5日(水)

 立教大学で講義。とにかく受けまくり盛り上がりっぱなしで楽しい。こんな講義だったら毎日でもいいなぁ。


6日(木)

 朝からカゼでぼんやり。こたつで温まりながら、ワイドショーを見るとサッチー逮捕。事務所に行って日記書いて。学生から全員回収したアンケート(リアクションシート)を読破。王様、職人、軍人、学者の比率がほぼ4 : 3 : 2 : 1。左右の軸(具体↑↓抽象軸)がやや右にずれているということか?
 夜は倉田真由美さんらと飲み会。「だめんずウォーカー」単行本担当者の紹介で風俗ライターその他とにかく女性まみれになってしまった。なんかものすごく特殊な接待を受けたような気もする。


8日(土)

 母親の見舞いで大阪へ。


9日(日)

 母親の病状について姉と話す。


10日(月)

 母親の主治医から告知と説明。これよりカウントダウンに入る。


11日(火)

 朝から立教大の講義準備。集めたアンケートをタイプ別に分け、特色の出ているキーワードを選び出す。
王様タイプなど、笑っちゃうほどみんな明るいノリで、「楽しい」を連発。
軍人は、「参考になる」「実生活に役立てたい」。
学者は、「当たってるのが怖い」「ドキッとする」「鵜呑みにしないように用心したい」。
職人は、「当たっているのがイヤ」「腹立たしい」
 午後からくらたまと事務所で対談。夕方、マイクロソフトの取材。


12日(水)

 大学で講義後、急に震えが来たのでタクシーで帰る。
 風邪だろう。夕方から急激に発熱。


13日(木)

 昨夜から震えが止まらず、動けない。夜中に起き、豚汁を温めてもらい食べる。カゼ薬をしこたま飲んで寝る。


14日(金)

 風邪かと思えばインフルエンザらしい。関節が痛くてたまらない。


15日(土)

 熱が引いて、ちょっと楽に。少し頭が回るようになったので、ハリー・ポッターについて考えてみた。
 ハリーポッターは、全世界で一億部以上売れたという。「一億部」。何やねん、それ!聖書か、その本。
 僕も物書きのはしくれなので、自分より売れている作家が大嫌いだ。京極夏彦であれ、鈴木光司であれ、この前文学賞をもらった女子高生であれ、例外はない。どんな作品を書いているかも関係ない。
 全員、今すぐ炭疸菌にでもあたって死んでしまえば、どんなにいいかと思う。そうしたら、大手出版社から「今月出す本がないので、岡田さんの本、何冊でも出したいのですが。初版は15万部で」とオファーがいっぱいきて、バンバン刷ってくれるにちがいない。
 それなのに、ハリー・ポッター一億部。おまけに奥付をみると、翻訳しているおばさんまで「現在、講演会などで忙しく活躍中」と書かれてある。ハリー・ポッター翻訳しただけで講演会?ええかげんにせぇ!
 とは言え、実は僕、ETとかタイタニックとか、メガヒット作は大好きだ。売れる作品には駄作はない。さっそくハリー・ポッターを読んでみた。
 案の定、おもしろい。どんどん読んでしまう。早く続きが読みたくなる。4巻が出たらすぐ買うだろう。
 それでもだ。それでも一億部売れるほどおもしろいとは思えない。
 むしろ、ますます「なぜ一億部?」という気持ちは強くなる。
 何なの?この、「面白いけど、読み終えた後のあっさり感」は?噛みごたえのなさというか、重みのなさというか・・・
 理由は、すぐにわかった。キャラクター設定がめちゃくちゃ単純なのだ。
 良い者は、ただ単に良い。悪いものは、ただ単に悪い。
 キャラ設定表みたいで、多面性も深みもなければ、変化も成長もない。
 単行本一巻から三巻で、主人公は一年生から三年生になる。11歳から13歳という、心も体も目をみはるほど成長する時代だ。
 が、主人公のハリー。全然成長していない。行動原理も他人に対する思いやりも、まったく変化ナシ。
 スリザリン寮の生徒たちは全員ズルが大好きで、卑怯者ばかり。しかし主人公の所属するギルフィンドール寮の生徒は正しい良い子ばかり。いくらなんでも単純すぎないか?
 いや、これは子供向け小説、つまりジュブナイルだからという人もいるかもしれない。
 バカ言っちゃいけない。ジュブナイルでも、キャラクターに深みを持たせるなんて常識だ。山中恒だって登場キャラクターを多面的に描いてるし、アニメ「アルプスの少女ハイジ」ですら、キャラを重層的に描写している。ハイジにはどこまでも優しいアルムおんじが、村人の前では偏屈のがんこ者になる。貧しくて善良だが無教養な村人たちは、アルムおんじを受け入れようとせず、激しく差別する。
 こういう描写が作品に深みを与えるのだ。いくらジュブナイルだからといって、人間を描かなくていい、というわけではない。
 ハリー・ポッターには、そういう深みのあるキャラが皆無だけど、ああそれなのに、メガヒット。それも、歴史的な爆発的ヒット。
 わからん。
 インターネットで検索してみる。すると、ハリー・ポッターのファンサイトが、ものすごくたくさん見つかった。
 それぞれのサイトでは、クイズを出したり、用語集を作ったり、ファンのみなさんの盛りあがり方は尋常ではない。
 この盛りあがりをみたとたんに、35年前、似たような熱狂ぶりをみせてくれたある作品を思い浮かんだ。
 アメリカの特撮TVシリーズ「スタートレック(宇宙大作戦)」だ。

 ハリー・ポッターのファンタジー設定は、「指輪物語」「ゲド戦記」といった本格的ファンタジーに比べると、ものすごく薄くて子供っぽい。
「魔法やドラゴンが登場する非現実的な世界での物語だからこそ、その他の要素、人間描写や価値観をリアルに描くことが大切だ」というのが、これまでのファンタジー小説の法則だった。おかげで本格的ファンタジー小説は、小説として読み応えのある、立派なものになった。かわりに、大人も子供も関係なく、国や価値観に関係なく、誰もが気軽に楽しく読める作品とは、遠いものになってしまったのも事実だ。
 それに比べて、ハリー・ポッターのファンタジー設定は、実に簡単だ。ほうきにまたがれば空を飛べる。呪文をとなえれば杖から火がでる。変なものを混ぜ合わせれば変身薬ができる。
 安直で明快。おとぎの世界そのままだ。これが、単純なキャラ設定と実によく合う。
 頭が疲れず、スラスラと読めるファンタジーは、実は今まで存在しなかったのだ。
 こういう部分、ここがスタートレックとよく似ていると思う。60年代に放映されたスタートレック以前のSF作品は、そのどれもが本格的SF作品をめざしていた。怪獣だの宇宙人だの非日常的な要素を入れるからこそ、他の部分はリアルにという考え方で作られていた。結果的に、カルトでマイナーな作品にまとまってしまっていたのだ。
 そこに登場したスタートレックは、SF設定も実に簡単だった。
難しい理屈ぬきに、宇宙船はワープするし、転送装置(物質を瞬間的に別の場所へ送る装置)が登場したり故障したりする。
 300年未来の設定のはずなのに、主人公のカーク船長はいつも、民主主義とアメリカの理想論をふりかざす。宇宙人との混血という設定のスポックはいつも「それは非論理的だ」と、頭の悪い現状批判。ケンカ仲間のドクターマッコイは、スポックを「冷血漢め!」と理屈も現状もぬきで叫ぶ。
 たしかに頭が悪い。しかし、この単純さが受けた。
 学生運動とか黒人問題で国中が荒れていた時代、アメリカ国民は心底、逃避したがっていた。そこへ、当時はやりの世界観(SF的未来世界)と安直なキャラクターたちで構成される作品が放映された。頭も心もわずらわされずに、誰もが気楽に感情移入できる作品。
 だからこそ、世界中に放映され、熱狂的に愛された。今でもトレッキーと呼ばれる熱狂的ファンたちは、コスプレをし、同人誌を作り、インターネットのサイトでクリンゴン人の辞書を発表している。元祖オタクたちが、大量生産されたのだ。
 で、35年後の現在。
 同時多発テロで始まった21世紀。世界情勢、世界経済は、先行きの不安を目いっぱい抱えている。
 そこへ、現在はやりの世界観(科学は信じられなくなったので、ファンタジー世界)と、安直なキャラクター設定で構成された作品が登場したのだ。
 だからこそ、一億部のメガヒットとなったのだ。
 なるほど。僕も炭疸菌に願いをかけている場合ではない。
 もう公式はわかった。
 逃避できるはやりの世界観 + 安直なキャラクター。
 今ならまだまだ、ファンタジーでOKだろう。
 うす〜いファンタジー小説を今すぐ書いたら、売れるんだろうなぁ・・・
 ファンタジーねぇ・・・
 SFじゃダメなんだよねぇ・・・


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