岡田斗司夫のオタク日記
2002年1月1日〜1月15日
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1月 その1


1日(火)

 自堕落な一日だった。何をしたのか書き記すのも躊躇われる。
○朝、モチを焼いて喰った。
○『ピクミン』をやりかけて、こたつで居眠り。
○そのまま昼寝。
○夕方、マンガ喫茶へ行って、名前を挙げるのもバカらしい三流劇画を読む。
○元旦からシェーキーズに繰り出し、ピザを食って帰る。
○満腹で苦しい、と泣き言。


2日(水)

 朝から吉祥寺の駅前映画館で『ゴジラ モスラ キングギドラ 大怪獣総攻撃』を見に行く。和美と静は併映の『劇場版とっとこハム太郎 ハムハムランド大冒険』だけがお目当てなので、僕だけがゴジラを見ながら席を取った。ゴジラ映画には、その年ごとにマニアにだけ通じる略称が与えられる。たとえば『キングコング対ゴジラ』はキンゴジ、『怪獣総進撃』には総進撃ゴジなど。このデンでいけば本来なら「総攻撃ゴジ」とか、あるいは東宝が流行らせようとしてるGMKゴジなどがふさわしいのかも知れないけど、今年はあまりにも併映の印象が強すぎた。人呼んで「ハムゴジ」である。


 中身はというと、いやぁこの二〇年ばかし、こんなに面白いゴジラ映画は初めてだ。なんだ、やれば出来るんじゃん!個人的にはシナリオが(悪い意味で)オタク臭かった平成ガメラシリーズよりずっと面白かった。なにより登場人物に「え?なんで?」と行動動機を尋ねずに済んだのが嬉しくて、と怪獣映画のレベルはここまで下がっていたので、それが本気で『面白い!』といえるレベルに完成されていたので大満足。久しぶりにDVD買おうかなぁ。
 ところが驚いたのは併映の(というより大部分の観客にとってはこっちがメイン)『ハム太郎』だ。面白かったか、と聞かれたら面白くなかった。話も幼稚だし、展開も平坦。小学校六年生の娘も終わった後に「退屈だった」とボヤいていた。しかし、である。面白くないのに、退屈なのに、それがなぜかイイのである。まったく、どこにも、本当に注目すべき部分など一つもないのに、なんでこんなに目が離せないんだ?
 『ハム太郎』にあてられてしまって、午後から昼寝までしてしまう。大のオトナを寝込ますようなアニメ、『ハム太郎』恐るべし。


3日(木)

 また何もしない一日。
 事務所で『アリーMyLove』見て、そのあと寝て、もうその後の記憶がない。風邪がぶりかえり出したので、咳き込みながらベッドに入った。


4日(金)

 今日から静のスキーキャンプ。和美は東京駅まで送り出しに行き、僕は犬を散歩屋さんに預けて、伊勢丹の上で中華を食べる。ネットで近所のブックオフを検索したら荻窪に大きい店があったのでさっそくのぞきに行く。和美は『ボクは婿養子』を買ったけど,僕には収穫なし。風邪が治らない。鼻水もひどくなってきた。


5日(土)

 朝からお雑煮食べたけど、風邪のせいか味がしない。本屋をのぞいた後は早々に帰って昼寝。夕食は李朝園で焼き肉を食べた。報道のせいか、焼き肉屋はどこも空いているようだ。


6日(日)

 デニースで遅いブランチをとって、今年の出版計画を和美と相談。しかし熱があるので話がまとまらない。車のドアを閉めるときに顎にドアを当ててしまい、口中を怪我してよけいに落ち込む。
 こたつとベッドで、ひたすらバナナフィッシュを読んで逃避。


7日(月)

 プチタンファンという育児雑誌から対談依頼。お相手はまついなつきさんなので、これは楽しくなりそうだ。柳瀬君にメールを転送して、事後処理を頼む。


8日(火)

 朝起きた、と思ったら風邪で寝込む。
 油断大敵。


9日(水)

 立教大学総合演習「遊びと人間」のまとめ。今日はパネルディスカッションで討論。教育について立教小学校の田中校長が「子供は全て天才なのです」と言って、ゼミ担当の松尾先生が「岡田さん、どうですか?」と振るのでしかたなく反論。「どんな芸術作品にも、それがこの世界で流通している限り『作品性』と『商品性』の両面があるはず。孤高のアーティストといえども自分の作品は人目に触れてほしいから、その商品性は意識せずにはいられない。またどんな低俗な大衆芸能でも、流行っているものには必ず人の心を打つ芸術性が隠れている」と語って、ここまでは大丈夫なんだけど、続けて「教育も子供も同じだ。一人の子供には作品性と商品性の両方が必要だ。作品性だけ伸ばしてはいけないし、商品性だけで子供を扱ってはいけない」と展開させると、もう場内息を呑む。「あああ、俺はいま、マズいこと言ってるよな〜」と思っていたら案の定、質問コーナーではとんちんかんな反論されてしまった。とほほ。



10日(木)

 昨年からの約束で、和美を「東京ジョイポリス」へ連れて行く。しかし彼女は落下感覚のある乗り物全てダメ、僕はお化け屋敷全部ダメ、という組み合わせなので、バーチャルものぐらいしか楽しめない。意外な拾いモノはマサチューセッツ工科大学メディアラボ提供の「未来体験」という実験室。超指向性スピーカーや手動式プログラミングロボットなど、けっこう楽しめてしまう。それでも午後になるとまた熱が出そうなので帰ることにする。くそー、今年の目標は「風邪をひかない身体」だぁ。


11日(金)

 池袋西武のリブロ書店ででサイン会。


 今回はサインに並んでくれる列を思いきって離して、一人一人と対話しながらゆっくりサインしたりおしゃべりした。時間にして一時間強だったと思うけど、予想以上に疲れてカフェでスタッフたちと打ち上げ。その後、目白のイタリアンレストラン「シャーク」で出版社打ち上げ。しかし途中で疲れ果てて、デザートを食べたらタクシーで帰らせてもらう。
 いかん、本当に体力がなくなっている。


12日(土)

 母親の見舞いで大阪へ。しかし通信キットの最重要部品を忘れたので、せっかく運んだノートパソコンも無用の長物。新幹線の中でもずっと『課長 島耕作』を読む。来月末のBSマンガ夜話のネタだけど、これがもう面白い。というより本当に売れ泉ではない絵や時代の最先端とはいいがたいセンスで、よくもまぁここまでのヒットが飛ばせた、と思わず感動してしまった。続いてキオスクで買った文春文庫『ギャンブルに人生を賭けた男たち』を読む。面白い!ラスベガスに行くことを決意する。


13日(日)

 母親のマンションへ初めて行く。「もうホンマに狭いところで」というけど、僕もこれ以上の広さに住めたのはこの一〇年ぐらいだ。一人暮らしで余命はあと一年とか言われてるくせに、なんでこんなに…。いや、元気だからなにより。
 久しぶりに母親にお好み焼きを作ってもらって、ソファーで昼寝する。思い切って楽にしたけど、これも一つの親孝行である。


14日(月)

 事務所に戻り、やっと通信環境が復活した。
 少年サンデーの軌道エレベーターの件について岡田康志氏よりメール。
「1959年、レニングラード工科大学のアルツターノフが提案し、その新聞での紹介記事がクラークらの目にとまった、というように聞いております」
 ふぅん、そんな昔からアイデアはあったのか。本当に一時は「ソ連の科学は世界一ィィィ!」だったんだなぁ。


15日(火)

 朝から?オタキングの決算会議。あんまり明るい話題じゃないね。
 NHKより鼎談の依頼。日本のアニメの海外戦略についてBS1で話してくれ、とのこと。お引き受けする。
 と学会会長の山本弘氏がオタクアミーゴス会議室に発言していた。
「軌道エレベーターの最初の考案者は旧ソ連の技術者Y・N・アルツターノフで、1960年にプラウダ紙が彼のアイデアを載せたそうです。この案は英語圏にも紹介されたのですが、すぐに忘れ去られ、1975年にライト・パターソン空軍基地のジェローム・ピアソンが独自に考案したことで有名になりました。アルツターノフの案は当時、日本にも紹介されたそうですから、長岡氏が
それを読んだ可能性は充分にあると思います」
 …みんな、なんてスゲえんだ…。それに比べてオレって…本当に…ラクチンだよなぁ。


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