岡田斗司夫のオタク日記
2002年5月1日〜5月15日
(C) Toshio OKADA all right reserved.
日記INDEXへインデックスページへ

5月 その1


1日(水)

 カメラ付きの携帯電話に切り替えようと、au新型を買ってきてもらう。
 ちょっといじったけど、今までのDocomoと操作系が違いすぎてよくわからん。スケジュール帳を呼び出して書き込むだけで一苦労。機能が多いから入力項目が多すぎて面倒この上なし。
 写真は機能的には問題ないので、徐々に慣れるしかないだろうなぁ。


2日(木)

 ぶんか社のペントハウスJAPANから「妹ブーム」についての取材。ちょっと答えられるものではないので、何人か知り合いの名前を出して辞退させていただく。自分が心から面白いと思ったネタでないとなぁ・・


3日(金)

 タレコミで、マンガ家の江川達也が監督したAVをゲット。
 正式タイトルが「全編モザイク無し!全編声優吹き替え!全編主観映像!全編淫語満載!!女教師と女生徒がペニバンで犯し合い、男優は一切出てこない学園ドラマ。〜ボクの初体験〜」
 パッケージ裏のストーリー説明「ボクは彼女に恋をした… しかし、彼女の事を想うボクの心の妄想は、何故か先生にばれてしまう。なんと、先生はエスパーで心の中が読めてしまうのだった。(以下略)」
 …いや、いつもの江川節だねぇ。


4日(土)

 今日は連休最後の娘サービス。以前から「バトルロワイヤルが見たい」と言っていたのでレンタルして事務所で上映会。僕と和美は面白いけど娘は、と見ると母親の手をしっかり握っている。怖い、というより殺伐とした映画だった。
 上映後の感想は「面白いけどスカッとしないからイマイチ」だったらしい。しかし和美がアテられて寝込む。以前に「蛍垂るの墓」を見たときも彼女は寝込んでしまったけど、とにかく人間が残酷なのを見ると「自分の本性もあんなのではないか」と思って深く沈んでしまうらしい。なるほど、彼女のような人間嫌いには人間の本性というのはあのように浅いものに映るのかも知れない。僕や娘のような「王様タイプ」にとっては、バトルロワイヤルの世界は美少女アニメの世界同然にリアリティがないので、「人間の本性は」などと余計なことはまったく考えない。
 どのあたりがリアリティがないのか?小説は未読なので、映画に限っての話だけども、「さあ、殺し合いを」と中学生に武器を配っても、殺し合いなど起こらない。そんなに人間というのはクリエイターなどの期待するとおりに都合良く動いてはくれないのだ。自分に受け入れがたい現実が突きつけられたら、「生き残る」より「その現実を受け入れない」を選んでしまう。人間がギリギリ守りたいのは「自分の命」ではなく「自分の世界」なのだ。おそらく、武器を持たされた中学生たちは教室を出たところでなんとなく集まり、なんとなく3日間を過ごし、そして何の面白みもなく死んでいくだろう。
 さて、ここで(もう充分古すぎる話題だということを知りながら)、例の「バトロワ論争」にひとこと。この映画が公開されたとき、ある議員の要求でレート指定がされた。「中学生以下は見られない」映画になってしまい、その結果「バトロワ論争」みたいなのが一時期、ネットでも盛んにおこなわれた。「中学生にこの映画を見せてもいいのか?」
 結論から言うと、この映画を見ても良いのは大人だけだ。この映画には「暴力賛美」があきらかにあるから。「ない」と言うものは、この映画をバカにしてるのだろうか?圧倒的な暴力によってのみリアリティを取り戻す少年たちの話ではないか。暴力を賛美してるからこそ、この映画は面白いのだろう。その意味では、暴力という原始の欲求の復権を讃えたスピルバーグの「激突!」と似ている。
 こんなの、見ていいのは大人だけに決まっている。これを子供に見せても良い、という連中はいったい、どんなものなら見せてはいけないと言うつもりなのか。これを見せても良い、などと中途半端な主張はせずに、「どんなものでも子供に見せてかまわない」と主張するなら、それはそれで一つの見識であるけどね。


5日(日)

 テレビで「スターウォーズ・ジェダイの逆襲」を見る。しかしその前にFOXチャンネルで「ザ・シンプソンズ」を見ていたので、声優の印象がダブって困る。ダースベイダーの声がホーマー親父で、ルークが三流俳優トロイ・マクルアー。ジャバの奴隷長ロボットはインド人のコンビニ店員アープーだしな。


6日(月)

 大阪のミニコミ誌から「恋愛について」のコラムを受けていたので考えた。以前、この日記でも「男性には恋愛してもメリットがない」と書いたけど、もうすこし説明してみよう。
 女性は恋愛が好きである。もちろん例外はあるけど、いわゆる「女性向け」と分類されるドラマや小説・マンガには、相当の重要度で恋愛が取り扱われている。男性向けのヒット作品では、恋愛のレの字もでない、なんて珍しくないのに、だ。女性にとって恋愛とは「二人と、それをとりまく状態」である。ライバルに関係をアナウンスしながらも、いつも二人の距離を測っている、という状態。それが恋愛だ。
 しかしこれ、男性には大変面倒くさい。
 男性が好きなのは「関係」であって、「状態」ではない。「恋愛したい!」なんていう男性はほとんどいない。男性は「彼女が欲しい!」のだ。彼氏と彼女、というはっきりした関係になりたい。そしてその上で、恋愛なんて面倒なものに心煩わせずに安心して、仕事なり趣味なりもっと自分の大切なものに打ち込みたい。10代20代の坊やたちには無理だろうが、モノマガジン読者諸兄なら僕の言いたいことは酌み取っていただけるだろうか。
 「素敵な恋愛をしたい」女性と、「いい彼女が欲しい」男性。極論すれば女性にとっては「恋愛さえできれば、彼氏は別にいらない」はある意味ホンネであるのと同様、男性も「彼女さえいれば恋愛は不要」と考えている。だから、男性は付き合っている女性、または結婚した妻にはあまりサービスをしない。「やっとお互いに本当の関係になれたんだから、そういう社交辞令みたいな事(または口説く手順みたいな真似)はもう止めよう」というわけだ。しかし、関係より状態を望む女性は「彼がいま、恋愛という状態ではない」という裏切りに我慢できない。
 ああ、このあたりは永遠のすれ違いなんだろうなぁ。


7日(火)

 自伝用の年表作成開始。まずはカードを作成する。


 TBS「スパスパ人間学!」の出演打ち合わせ。収録はさ来週で、これは問題なし。内容は「男女の恋愛観の差」みたいな話。なんとまぁ、ちょうど昨日考えていたところだったけど、ちょっと違うみたいだ。「岡田さんは女性の立場で発言してください」と言われてしまう。
 夕方、某ウェブマガジンでの連載企画の会議。この企画で僕はダイエットに挑戦する。現在の体重108キロを78キロまで落とそうと企んでいるのだ。今日は僕担当の管理栄養士さんと初顔合わせ。何をしてもいいかダメかを教わろうとする前に、とにかく今の生活について自分の考えていることを話す。途中で「いつも飲んでるドリンクを、カロリー順(つまりヤバい順)に並べる」という実験もやった。


 さて、体重は減るのかな?


8日(水)

 来週の日〜月で大阪の母親を見舞うことに決定。難波の大和屋本館を予約する。
 撮り貯めていた「ザ・シンプソンズ」をまとめて見る。一番おもしろかったのはダフ・ガーデンに行く話。シンプソンズ世界にはダフ・ビールというブランドのビールが存在して、アニメ内にもしょっちゅう登場し、飛行船は飛ぶしTVCMはうつし、登場人物たちのアル中の原因ともなっている。で、僕が見たのはそのダフ・ビールのテーマパーク「ダフ・ガーデン」に行く話。
 「ビアリウム(もちろん水槽・アクアリウムのもじり)に住むのは、世界で一番ハッピーなお魚さんたちです!」というナレーションで超巨大なビールジョッキ内でビール付けで死にそうな魚たちが写り、もう僕は大爆笑。
 とにかく全編、悪意とディズニーに対するからかいが満載。
 ダフ・ガーデンに到着したら子供たちは「見て!七人のダフよ!」「本当だ!ヨロヨロ、むかつきんぼ、むっつり屋に後悔君、みんないる!」と叫ぶ。もちろん7人の小人のパロディである。
 クライマックスは「イッツア・スモール・ワールド」そっくりの世界の民族子供人形がビール飲んでるボート型アトラクション(流れる川はビール)だけど、ここで流れる曲がディズニーそっくりというかギリギリというか。
 こういうネタに僕は大喜びなんだけど、まず誰にも理解してもらえない。和美も眉しかめるしなぁ。
 で、思ったんだけど、これっていわゆる「ブラック・ユーモア」って奴かな?誰かを傷つけるような種類の面白さ、とか。
 どうも日本人はコレが嫌いみたいで、だから日本のギャグはどうしてもぬるい。ああ、クレヨンしんちゃんにも、ブラックユーモアがあったら、今の100倍好きになっていただろうに。

私案:「クレヨンしんちゃん」をブラックユーモアにしてしまおう!
第○○話「ヒマワリは天才幼児!?」の巻
 駅前で幼児教室体験無料チケットをもらった母ミサエ、ヒマワリを連れて行って、すっかりそこのカルトめいた技法のとりこに。「全ての赤ちゃんは天才なのです」「赤ちゃんは前世を記憶しています」など、教えはいかにもアヤシゲだけど「あーら、ソニーの会長だって幼児教室やってるわよ!」とミサエは取り合わない。
 どんどんハマるミサエを利用しようと、教室経営者はヒマワリを「天才赤ちゃんだ!」と誉める。大人向けの本をミサエから読み聞かせさせて、ヒマワリに質問すると、ミサエが「ヒマワリは、こう言ってます」と代わりに答える。もちろんミサエが勝手に答えてるんだけど、「ひょっとしたら私の子供は天才」という夢や、どんどん有名になる快感に止めることができない。
 しだいにヒマワリのご託宣はエコロジーじみた政治がかり、もはやヒロシやしんのすけの入る隙もない新興宗教へと膨れあがる。
 しかし、しんのすけと遊べないヒマワリはミサエの元を脱走し、「ヒマワリの教え」教はオジャンに。
 「そうよね、ヒマワリが天才だから素敵なんじゃない。私たちの子供だからよね」と気づくミサエで、メデタシメデタシ。

 さて、原案料はいらないけど、誰かこれアニメにしない?


9日(木)

 年表作業を黙々と続ける。一昨日からはじめたダイエットで、やたら腹が減る。


10日(金)

 もう一日、「次は何を食べようか」「これなら食べても大丈夫かな」と考え続ける。しかし、もともと僕はそんなに大量に食べる人間ではない。食べなくても太る体質のはずだ。きっと「食べてはいけない」という禁忌がストレスとなって、余計に「食べて何もかも終わりにしたい」という衝動を生んでるのだろう。


11日(土)

 試しに体重を計ったら、なんと3キロも減っていた。ヘンだ、明らかにおかしいぞ。
 HPにダイエットの話題を書いたら、ファンの人から「低インシュリンダイエット」を勧められる。なんでも「白いご飯やパンはダメ!」というダイエット法らしい。そんなの、絶対にイヤだ!


12日(日)

 お台場の東京ビッグサイトで「デザイン・フェスタ」に出展。初出展だけどオリジナルTシャツが作れなかったので、今回はスイッチを量産して販売した。


 午前10時過ぎから準備したのに、客が来だしたのは午後1時過ぎ。さすがデザイン系、朝が遅い。前をとおる人でスイッチに目を留める人は五人に一人。声をかけて触ってくれるのは、そのまた五人に一人。で、買ってくれるのはさらにその中でも百人に一人ぐらいだろうか。結局、二十個売ったけどいったい何人の人に声をかけたかわからないぐらい消耗した。途中でスイッチ工作者ののぶさんとみのうらさんが陣中見舞いに来てくれたけど、即売り子にしてしまった。いや〜、みのうらさん、嬉しそうに客引きするな〜。


13日(月)

 銀座の居酒屋じゃぽねで「平成オタク談義」の収録。オタク向けのBSマンガ夜話、というコンセプトのこの番組、前回は「サンダ対ガイラ」「ガンプラ」という濃すぎるテーマだった。で、今回は「ゴジラ84」と「ファミコン」。
 ゴジラの回のゲストは樋口真嗣監督。もういきなり「『ほしのこえ』ですけど、あれ元ネタより出来が良いですよね!今の庵野秀明にはアレが作れないんですよ!」と飛ばす。しまった、最初からカメラ廻せばよかった。と言っても別に樋口監督は庵野君を否定してるんではなくて、「絵が描けないから背景オンリー止めにモノローグ」などの技法を指摘しながら、「エヴァのファンが望んでるのは、ああいうのだったんですよ!」と語るのであった。
 二本目の「ファミコン」、ゲストは落語家の立川志加吾さん、パックス・パワーグローブや四角ボタンファミコンなどレア物をひっさげて熱く語ってくれた。番組中、久しぶりに「スペランカー」をやったけど、やっぱり五秒で死んだな。


14日(火)

 くみかおるさんからメール僕の日記3月25日の「ヤマト裁判」についての事実誤認を指摘していただく。以下、まず僕の日記を引用する。

 今回の判決で、西崎氏は「ヤマト作品の著作者」として著作権とは別に「著作者人格権」というものを有しているということが認められた。『著作は著作者の自己表現であるから、著作権が別の人の手に渡ったとしても、著作者に勝手に作品の内容を改変したり、ゲーム化したり、続編をつくったりしてはいけない。それらには著作者の同意が必要である』という権利なので、今後は西崎氏の同意なくば新作も制作できなくなる。せっかくヤマトを西崎氏から取り上げたバンダイにとっては大きな誤算だろう。

 これに対してくみさんは、

 著作者人格権についての理解はこれでいいのですが、西崎氏に認定されたのは、いわゆるファースト・ヤマトより完結編までの8本(TVシリーズ含む)についてで、新作やゲーム化については著作者人格権は及ばないようです。つまり、旧フィルムにCGで第三艦橋を新たに描きこむとか、西崎氏の名をクレジットより削るとか、そういった行為は認められないけれど、これより製作する分については西崎氏は口を出せない。
 と、私は理解しております。それからゲーム化については昨年すでに最高裁で決着済みです。西崎氏の敗訴でした。

ということだ。
 ある程度は調べて書いたつもりだったけど、間違いだったみたい。訂正します。皆さん、そういうことだそうです。


15日(水)

 編プロH社の方が来て、「フロン」の続編を書くように依頼される。

テーマは「なぜ妻は婚外恋愛をするのか、もしくは一妻多夫制の実践的方法論」。「フロン」から1年、その後、家族は、そして女性たちはどう変貌し、今後どうしていくべきか。

 と、注文されて考えてしまった。たしかに考えていることならあるけど、まだまとまっていない。それにもう、語るべき事は語ってしまったような感覚が自分にはある。なにより今年は自伝小説に没頭したい。
 しかし、すごく積極的な編集者の方なので、なんとかこういうパワーを自分の著作にも生かしたい、とも思うしなぁ。
 映画ガチンコ兄弟・ドリー氏よりメール。

 ところで昔の話なのですが、我々のロフトトークライブが終わり、みんなでお好み焼きを食べに行った際、『日本沈没』の話になったのを覚えていらっしゃるでしょうか?
 あのとき岡田さんが、「原作先行派としては、田所博士のイメージは小林桂樹じゃない」とおっしゃってました。
 僕らはもう完全に田所=桂樹で完全に刷り込まれているのですが、岡田さんにとって田所博士のキャスティング像って?のような感じだったんでしょうか?

 う〜ん、僕にとっての田所教授というのは、科学者のくせに政治家と付き合うのが上手く、きっと学会からは「あいつは科学者じゃない。政治家だ、タレントだ」と悪口を言われながら、しかし実はもっとも科学者らしい内面を持っている人物。実在の人物ではカール・セーガンとか民俗学博物館を作った梅棹忠夫とか。これを日本の俳優で表現したら、悪い意味で「清濁併せ持つ」というキャラだから、う〜ん今でいうとビートたけし、田原総一朗あたりかな?
 ああ、でもいま「日本沈没」をリメイクするんだったら、田所=たけし、っていい線じゃない?


日記INDEXへ 次項へインデックスページに戻る