岡田斗司夫のオタク日記
2002年7月1日〜7月15日
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7月 その1


1日(月)

 今日で44才の誕生日。昨年も楽しかった「24時間誕生日」を午後からスタートさせる。明日の午後まで僕は何を食べても何をやってもいい、という企画だ。と言ってもダイエット企画中なので、そんなに極端なことはできない。
 とりあえず夕食は和美に寿司をおごってもらう。寿司、といえばファミレスか回転しか知らない静は、本格的な店で直に職人に注文するシステムにびっくり。僕より個数を食べていた。いくらかかったかは聞かなかったけど、普段の質素な生活に比べて、こういう「いざ」というときの和美の金払いのよさにはいつもびっくりさせられる。カッコいいよなぁ。
 ホールケーキを買って目の前でカット、というのも無駄なので駅前のレモンドロップへ。静と和美はケーキを注文して、僕は端っこをほんの一口、もらった。久しぶりの甘味で心も体もがハイになってしまう。ああ、やはり砂糖は麻薬なんだな。


2日(火)

 朝、起きて即ミスタードーナツに行って、コーヒー牛乳(無糖)とホームカットドーナツを食べる。こういう高カロリー・高GI値の食品を食べたいときは午前中、それも朝食時に食べる方が被害が少ない。
 昼食は久しぶりにマクドナルドでハンバーガーを食べた。ちくしょー、美味ぇじゃねーか。
 と、この昼食までで「24時間誕生日」は終わり。来年は24時間、なにをしようかなぁ。
 午後から六本木でオフ会。今回は森ビルのショールームを借りたので、なんかひたすらカッコいい会場である。参加人数が多かったので二部制にして、車座になって話した。
 1部、2部間の休憩時間中にTVの収録。ロシアのオタク娘、「秋葉いつき」ちゃんと初の対面である。いつき、というのはもちろん芸名というかペンネームで、純粋なロシア娘でありながら日本アニメやゲームの超オタクな彼女は日本に憧れるあまり日本語のホームページを作って「私の夢は日本に行くこと。そして声優になること」などと書いていた。それがあまりに面白いというか本気度満点なので、とあるCS番組に口利きして彼女を日本に招聘してしまったのだ。
 日本にもファンの多い彼女、「いつきちゃんを日本に呼ぼう!」というファン団体もあるぐらいで、彼らの熱心な活動に助けられて、いつきちゃんはついに日本の大地にたったのだ!
 で、今回彼女と話して感動したセリフがこれ。
「お父さんはロシア軍人だよ」「いつきには彼氏いるんだけど、体が大きい人なんだ。熊みたい」「秋にはペテルスブルグでアニメ大会あるよ。カラオケ大会とコスプレコンテスト、あるよ」
 パパがロシア軍人!(しかも空挺師団)
 彼氏は熊!(それもロシア人が熊、というからには本物だ)
 ペテルスブルグ!正確にはサンクト・ペテルスブルグだな!たしか世界史で習ったぞ。
 ロシア革命でレニングラードと改名されて、その後はスターリングラードへ、そんでまたペテルスブルグに改名された受験生泣かせの街だな。いや、もともとはエカテリナブルグだっけ?スターリングラードからペテルスブルグに戻る前に、もう一度レニングラードになったんだっけ?
 とにかく、そういう教科書的な知識と、オタク的な世界が繋がった瞬間はいつも驚かされる。そういえば昔、フランスのオタク・セバスチャンが「アルゼンチンにはすごいオタクがいる」と言ってたよなぁ。世界は狭い。
 で、肝心のオフ会だけど、とにかく参加者が熱心でまるで討論集会みたいになって面白い。ファンの集まり、というとどうしても「教祖と信者」みたいのを想像してしまうがとんでもない。少なくとも僕の読者はそんなにヤワじゃないことを実感させてもらいました。




3日(水)

 秋のマンガ夜話スケジュールと韓国の講演旅行依頼がバッティングすることに気が付く。残念だけど韓国講演はお断りさせていただくことに。本場の韓国料理、楽しみだったのになぁ。
 夜、大阪へ移動。


4日(木)

 朝から万博会場跡のエキスポタワーを取材。まずエキスポランド広報の芝さんに聞くと「タワー周りにはフェンスが張ってあり、近寄れない」とのこと。「入れないんですか?」と聞いたら、なんとなく言葉を濁された。次に万博管理協会の田中さんに聞くと「鍵はないんですよ。誰が持ってるかも、こちらではわからないんですよ」と言われる。
 こりゃウソだろう。旧ソ連じゃあるまいし、そこまで管理体制がデタラメなわけがない。
 しかしそこまでキッパリ言われたら逆に反論できないので、フェンス越しに取材して、もっとマシな撮影ポジションを探して管理協会ビルの裏側に回ろうとしたら守衛室に入ってしまった。ところがそこで守衛のオジサンに「フェンスの鍵はエキスポランドが持ってるよ。鍵の管理はあっちだから」と教えてもらう。なんだかドラクエやってるみたいな謎解きである。で、ランド側の芝さんに尋ねると「たしかに鍵はこっちにあります」と言う。それでもタワー自体は管理協会の管轄だから田中さんの許可を取ってくれ、と言われて田中さんに再交渉。「鍵はない。誰が持っているかわからない」と言っていた彼女、今度は「いままでの取材でも全部、フェンスの外からということでお願いしていた。あなた達だけ例外にするわけにはいかない」という理由にならない理由で断ってくる。「危険だから」とも言われたけど、実はタワー根本にはランド側の倉庫があって、毎日のように在庫や備品を動かしているらしい。ぜんぜん危険じゃないじゃないか。
 最後には「いままでも断ってきたから許可できない」の押し問答に時間切れでついに引き下がる。あー、お役所仕事!
 午後から宝塚の「手塚治虫記念館」に。こっちは問題もなく流れるがごとき取材であった。


5日(金)

 2週間ぶりのダイエット会議だけども、体重が減ってないので落ち込む。しかしサイズは順調に落ちているらしい。
 NHK恐竜特番の打ち合わせ。調子に乗って恐竜絶滅についてのトンデモ学説を次々に紹介する。「関節炎説」「UFO乗員は恐竜から進化した人類だ説」「ティラノサウルス屍肉漁り説」「カルシウム不足で骨折絶滅説」「下痢で絶滅した説」などなど。



6日(土)

 静と和美を連れて「少林サッカー」を見にいく。僕はもう一度見ていたけど、なんとしても娘に見せたかったし、僕自身ももう一度見たかった。静は大喜びで「こんな面白い映画、見たことないよ!」と叫んでいた。さすが我が娘である。


7日(日)

 エアコンをつけっぱなしにして寝たら、夏風邪をひいてしまう。不覚。喉が痛くて食事ができない。


8日(月)

 風邪、熱が下がらないままに日経トレンディとエンジニアtype取材を受ける。朦朧としながら、水谷さるころさんと夏同人誌の表紙打ち合わせ。
 今夜は食事当番で、生協に買い物に行くと月に一度の休みに唖然。「ごめん、今日は休ませて」と和美に後を頼んでなにも食べずに寝る。主婦だったら風邪でもお店が休みでも、それでもご飯は作るのに、と考えると自分が情けなくて悔しい。体調だって自分の管理不足である。なのに不調になるたびにこの日記でも不満を書いていた自分が、ああ情けない!


9日(火)

 相変わらず食事ができない。喉が痛くて普段の1/4も食べられない。
 集英社文庫の「イマジン」後書き打ち合わせ。槇村先生直々のご指名だそうで、これはもうやらせて頂くしかありませんです。
 続けて同人誌・日記本の表紙打ち合わせ。熱は下がったので会話は平気である。


10日(水)

 朝、マクドナルドでハンバーガーを食べる。ついに一個まるまるを完食できるようになった。まだ喉の痛みは残っているけど、まぁ一安心。
 おもしろ会の武さんと5年ぶりぐらいに会う。なにかと思えば「物書きになりたい」という相談。彼女の同人誌を預からせてもらって、編集さんを紹介する約束をする。
 続いて京都から宇野くん。彼とは初対面だけど、昔に彼が浅羽通明氏に説教された話を教えてもらう。浅羽氏の書き下ろし本『教養とはなにか』を院生たち取り巻きと話してるときの浅羽さん「これで革命を起こす」と叫んでいたらしい。当時10代だった宇野君がこれに疑問を呈したら喫茶店で閉店まで説教されたらしい。やはり浅羽さんは熱くて面白い人だ。


11日(木)

 文春の田中さんと自伝小説の会議。なんか最近、これの準備すると落ち込んじゃうので、それについての話など。
 夕食は南口の回転寿司屋で、いつも行列の「天下寿司」へ(辞書が添加寿司と変換した。そんなの怖くて喰えるか)。
 隣にすごくに変な客がいた。小皿に醤油をなみなみと注ぎ、もう一皿にしょうが(ガリ)を山盛りに積み上げる。お茶も湯飲みを二つ使い、これまたこぼれんばかりになみなみと入れている。回転台からヒラメの握りを取って、なんと同時に2個を箸で掴んで、醤油にドボーッと漬けた。そのまま二つ同時に口に入れ、大振りの湯飲みのお茶をグイーッと一杯、一気に飲み干してガリを一掴み箸で掴んでガブーッとやる。とにかくこんな豪快に寿司を食う人は見たことがない。次に鉄火巻きをまた箸で同時に二個掴み!ドボーッ、グイーッ、ガブーッとやって顔を上げ「兄ちゃん、鉄火巻き二つ!」「二皿、ですか?」「ふたつ!」
 ああ、男だねぇ。でも俺、男じゃなくてもイイや。


12日(金)

 和美と静を連れて大阪行き。新幹線が予想外に混雑していて、グリーン席しか取れない。中学一年の小娘にグリーンなぞ、と腹立たしいけどあらかじめ切符を手配しなかった自分のミスなので哀しい気分でグリーン席を買う。
 新大阪→大阪→西九条→ユニバーサルシティ駅と乗り替えて、ようやっとスタジオ入り口前の近鉄ホテルにチェックイン。静と和美はそのまま寝るが、寝るには早いので「坂の上の雲」をトイレで読む。


13日(土)

 バイキング形式の朝食は家族連れには便利なもんだよな、と思いながらチェックアウト。朝イチでユニバーサルスタジオ・ジャパンに入る。この日のために和美は静に「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や「ターミネーター1、2」「E・T・」を見せていたらしい。二人のお気に入りは「バック・トゥ・ザ・フューチャー・ザ・ライド」と園内ライブの「ブルース・ブラザーズ・ショー」。あとは「ターミネーター3D」の前フリ進行役のお姉さんの過剰な演技にも喜んでいた。
 3時過ぎにはスタジオを出て、難波の大野屋本店という温泉ホテルにチェックイン。さっそく温泉に入って、「坂の上の雲」を読んで、そのまま幸せに昼寝する。ああ、極楽だぁ。
 しかし、極楽はいつまでも続かない。今回の大阪旅行もう一つのメインイベント、「母親を温泉に入れる」が待っている。去年の末からずっと「あと2、3週間で死ぬ」と主張し続けている僕の母親だが、今のところ電車で繁華街に出てこれる程度には元気である。難波駅まで迎えに行って、そのまま銀座アスターに入ったら「私、なにも食欲がない」と言いながらいきなりフカヒレスープを頼みやがった。「もうスープしか食べられへん」とは言うもののあいかわらず顔色はいいし、フカヒレは一人で全部食べるし、でこのオバハンの「もう死ぬ」宣言だけは絶対に信用できない。
 ホテルに帰って温泉に入って、さてみんなも寝静まって僕はロビーで「坂の上の雲」を読んでいると、もう午前4時だ。慌てて寝ようとしたら、母親に「話がある」と呼び出された。で、遺言だ。紙に書け、紙に。いや、遺言といっても「私の遺骨はお父さんの骨といっしょに、沖縄の海に投げてほしい」とか、そういう内容なんだけど。「前は琵琶湖て言うてたやんか」「いや、やっぱり沖縄の海がええなぁ、てお父さんと話してん」
 断っておくが、父親はもう二年前に死んでいる。そういうデンパっぽいことを「と学会」会員の前で言われても困るなぁ。「とにかく沖縄の海に捨てたらええねんな?」「捨てるんとちがう。蒔いて欲しいねん」わかったわかった、蒔いてやるよ。しかし沖縄とは面倒な指定だなぁ。沖縄の海かぁ。どこまでが沖縄の海だろう。沖縄の周囲五百海里の海、だったら大阪湾でもいいに違いない。


14日(日)

 東京へ帰る和美と静をタクシーに乗せて、僕は日本橋でんでんタウンの「ジャングル」へ。ここのカフェコーナーが新装オープンするのに合わせたイベント「岡田斗司夫トークショー」出演のためだ。カフェコーナーはなんと「ゼネプロ再現」というコンセプトで、僕が二十年前に大阪で開いたSFショップ「ゼネラルプロダクツ」の関連商品や会誌などがショーケース一杯に飾られていた。


 一時間半のトークショーはまず成功。オフ会やサイン会とは違い、でんでんタウンのアニメショップ、それもメイドさんコスプレ喫茶の企画なので、ソレっぽいお客さんばかりなのも当然で、最近はそういう人たちとのつき合いが逆に減ったので楽しかった。



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