<オタク文化論とは>
あ、じゃあ、このゼミの目的みたいなモノを話したいと思います。
その、オタクっていうのはですね、人種ではないですね。別に、アニメとかマンガとかゲームとかばっかりやってる紙袋下げてるやつ(笑)のことをオタクというのではなくて、そのバックグラウンドにある文化、ですね。で、この文化に首まで浸っちゃうとだんだん太ってきたり紙袋を下げたりするというだけであってですね、そんなに特定の人種で、遺伝子上になんかあったりするのではないです。
で、「オタク文化」とはなにかと言うとですね、これまで単独の、「マンガ文化」とか「アニメ文化」とか「ゲーム文化」というのは語られて来たんですけど、それを総称して「オタク文化」というというのは、誰もやってない指摘だったわけですよね。で、これをやっちゃおうと。現にですね、日本でも今はそうですけど、海外でも評価されているのは「マンガ」「アニメ」「ゲーム」の、それぞれ単独のものではなくて、どうもそのバックグラウンドになんか共通点があるらしいと、膨大なつながりがあるらしいと、日本という国はなんか変なモノをこの数十年間育成してきたのではないか、と。
その「変なモノ」というのは文化、いわゆる「メインカルチャー」に対して驚異であるわけですよね。そういうようなモノをやってるというのでですね、おそれられているのですけれども、なんかその「オタク文化」、「アニメ」「マンガ」「ゲーム」その他全てを縫合したものを一つの文化として見て行こうというものが、今回のゼミの目的であります。
ではその、世間で言われている「オタク像」、「オタク文化的なモノ」というものをある程度疑ってみようとはじめるわけですね。その一例をしてですね、オタクの語源というのがありましてですね、オタクの語源というのは「現代用語の基礎知識」にはですね、中森明夫という評論家の方が、1983年に「まんがぶりっこ」というマイナーな漫画誌でですね、「おたく族」と命名したのが最初と載ってますが、それより1年前の、2月の10日にですね、「超時空要塞マクロス」で「オタク」というセリフが使われている証拠が・・・
(ビデオ再生)
一条輝(ヒカル) 「これ、かぶって。」
リン・ミンメイ 「うん。」
ヒカル 「オタク、ヘルメットを真っ直ぐ・・・」
え、第4話の「リン・ミンメイ」の回
ヒカル 「ちょっと、まずいんじゃない? こんなとこで寝ると・・・。」
「風邪ひいちゃうぞ。」
ミンメイ 「キャァ!」
「んー? オタク、そういう人だったの。」
今、ニューヨークに在住してるアーティストの飯島真理さん(ミンメイ役)に「オタク、そういうひとだったの。」と言わせるくらい、「オタク」という言葉は、比較的上品な言葉だったわけですよね。で、それはですね、なぜかというとそれまでのアニメのスタッフというのは、割と貧乏人が多かったわけですよ。えー、まあ、東映動画に入ってる宮崎駿さんたちは、学習院大学卒でですね、比較的生活が良かったんですけどね、日本のアニメ文化の中心である虫プロ系ですね、手塚治虫の虫プロ、手塚プロ系列の人たちというのは本当に貧乏でしてね、ごちそうのシーンというとステーキと寿司しか描けないような・・・
と、アニメーターたちは悪口を言われたくらいでしたけども、まあ、この「マクロス」というのは、企画段階から「スタジオぬえ」に入った河森正治、美樹本晴彦という2人の幼稚舎から入った慶應ボーイ、ですね。そういうような人たちがアニメーションを作り出して、当然セリフとかも全面的に関与してきたわけです。そうすると彼らが日常生活で、当時の慶應ボーイたちが幼稚舎のころから使ってきた「オタク」という言葉が浮上してですね、その「オタク」という響きのかっこよさに、みんな真似して使うようになった、ということが、「オタク」という言葉の、ホントの語源なわけです。
((注:その後、「銀河旋風ブライガー」が語源であるとか、「機動戦士ガンダム」が語源である、などの指摘をいただいております。))
どちらかというとポジティブなものだったんです。1982年から83年、「超時空要塞マクロス」のテレビ版がオンエアされている最中は、「オタク」という言葉がはっきり言って格好良かったわけですよね。それが84年から85年くらいの、そのコミケがだんだん人が増えてきてですね、その87年の宮崎君事件というのがありまして、あのあたりをボトムとしてですね、「オタク」という言葉のイメージが「バシュッ!」と悪くなったというわけです。まあ、それで現状の、誤解されてる状況に来てるわけですけれども。
こんなペースでやってると、オリエンテーション終わらないすね。すいません。
じゃあ、あの、ゼミの、肝心な概要説明をしますね。
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