Aパートからの続きです。)

・少年漫画の展開について−2つのストーリーパターンに分類される

  しめなわ形式:複数の主人公を据え、それぞれの視点から描かれるドラマが
         絡み合って流れていく。初期の手塚治虫が多用。書き下ろし
         単行本等に効果的。


  串団子形式 :各々のエピソードが、時間軸に沿って並んでいる。最初の敵
         を倒すとその背後により強い敵が・・・・と言うジャンプ漫画の
         パターンそのもの。

 週間の雑誌のペースでは、串団子形式にならざるを得ない。何十ページ先への
伏線を張っても、連載では忘れられる。
 串団子形式の原型は江戸時代の講談本(○○十番勝負)や、果ては西遊記まで
遡れる。大衆文学としては非常にポピュラーな形態
 漫画で最初に使ったのは、やはりというか、意外にもと言うか、手塚治虫の
「鉄腕アトム、史上(地上?)最大のロボット」において。


余談:本来手塚はドストエフスキーに傾倒していたりして、ストーリーテラー
  としてはしめなわ形式を好んだが、エンターテイナーのセンスもあった為、
  串団子方式を採用した。それが予想以上の効果を上げたため、以後アトム
  を初め、殆どの少年漫画に普及することとなった。
   ここから手塚のジレンマが始まった。人気を保つため、本人はやりたく
  ない形式のストーリーを展開せざるを得ないアトム(アニメ化されると尚
  更その傾向が強まった)に対し、非常に屈折した思いを持っている。その
  ためアトムに関する発言自体もその時によって変わっていく。
   しかし本人の評価はどうあれ、世間はアトムが手塚の代表作だと考える
  ので、ジレンマはいよいよ深まる。



 串団子形式の最大の欠点は、「強者のインフレーション」である。


  岡田さん「あれだけ強かったベジータが、最後は解説者になる
       ようなものね。」


 隣のクラスの→学校の→学生連合→ → ・・・・日本の影の首領(^^;)→・・・・  
                 ↓又は
                魔界からの使者(^^;)→・・・・


 どちらにせよ、最後は「宇宙の邪悪な意志」か、あるいは神様が敵となる。
宗教テーマへ、本人が教祖様になる人もたまにいる。


 例:デビルマン

    幽遊白書は危ないところで逃げ出せた。


 未だかってこの問題を解決できた者はいない。作品自体を終了させるか、
行き着くところまで行くかしかない。
 しかし考え方を変えれば、物語は完結しなくても良いのかも知れない。
結末を読者の手にゆだねることにより、それぞれが最高の最終回を想像
出来るのが理想なのではないか。

 補足:この考え方については、竹熊さんは先日の「基礎からのオタク」
    でも語っていた。それに対して唐沢さんは肯定的にコメントをし
    岡田さんは部分的には納得しつつも、懐疑的な反応を示していた
    ことが印象深い。


・ジャンプのシステムの限界

 週間少年雑誌4誌の栄枯盛衰の歴史を概観:オタク学入門補足


 作家の世代論

 マガジン全盛時代は、作家もハングリーだった。

 その後満ち足りてくると、興味の対象が移行する。
 そこで少女漫画の技法を取り入れ、恋愛を描いたラブコメと言うジャンル
が台頭してくる。先鞭を付けたのはマガジンの「跳んだカップル」だったが、
開花させたのはサンデーで、これによりサンデーは黄金時代を迎える。
 しかしサンデーも、高橋、あだちに続く新人の発掘が出来ず、その後ゆっ
くりと沈んでいくこととなる。

 それに代わってジャンプの台頭。作家も受験世代に突入する。アンケート
システムは、試験の結果発表を張り出すようなもの。
 作家の新陳代謝を活発にすることによって、常に新たなる刺激を提供、
ついには帝王として君臨する。
 しかし、最近はそのシステムにほころびが出始めている。ドラゴンボール
幽遊白書の終了はその現れである。
 毎週の試験(アンケート)結果を気にしながら連載を続けるのは、高校
3年の冬を何度もやっているようなもの。嫌気がさすのも当然であろう。




 出版社ごとの体質

 講談社:戦前の名前=大日本雄弁会講談社(^^;)
     男臭い、汗くさい それでいてビジネスライク
     編集者がプロデューサー的働きをする。そのため原作ものや
     取材のウエイトの高い職業もの(例:将太の寿司)に強い


 小学館 学習雑誌発行
     おぼっちゃま
     作家主義:実力のある作家を引っ張ってきて、好きなように
     描いてもらう。レベルは高いがパワー不足。新人を育てづらい。


 集英社 小学館の子会社、
     小学館自身ではやりにくい娯楽性
     後発故のなりふり構わぬ姿勢でのし上がる。


 秋田書店 謎、
      独立独歩 
      漢(おとこ)くさい(^^;)



 ここで既に時間を20分超過。その後、なし崩しに雑談へ向かい、講義は
終了する。
 しばらく質疑応答が行われ、やがて教室から人があふれ出す。獅子児は、
人の流れをやり過ごした後、前の入り口から教室へ入る。
 するとちょうど岡田さんが出てくるところだった。かなり調子が悪そうな
ので挨拶しそびれてしまう。
 黒板の板書をメモしていると、ちからさんが声をかけてくる。しばらく雑
談した後、ちからさんはバイトがあるので退場。

 その後松原さんに挨拶しようかと思うが、どなたが松原さんか判らない(^^;)
ずっと立ち続けて疲れていた獅子児は、面倒くさくなって(^^;)そのまま教室
を後に、帰路に就いたのだった。



余談

 途中、品川駅前の本屋で「マンガ日本経済入門」なるハードカバー本を発見。
著者名は「石の森章太郎・島本和彦(!)」
 慌てて立ち読みしてみると(^^;)確かに島本和彦の絵だ・・・・・しかし・・・これは

 「こんなん島本和彦じゃないや〜い!!!!」

 コマ割りから構図、セリフ回しに至るまで、全編これ「島本の皮をかぶった
石の森」であった。燃える瞳も、食いしばった歯も、握りしめた拳もない、単
なる「島本キャラの抜け殻」が、わざとらしく日本の経済界についての蘊蓄を
垂れ流しつつ空虚なドラマを演じていた・・・・・。
 どうしたんだ島本和彦・・・・・・「メガMEGAみーな」が終わったのがそんな
にショックだったのか(そんな訳無いって(^^;)

 一日の最後に、心に深いダメージを受けた獅子児は、品川発京浜急行線快速
特急Wing号のシートに身を沈め、ダメージを癒すべく仮眠を取るのであった。

                                終わり

***********************************

 と言うわけで、お届けしましたレポート、いかがでしたでしょうか?
 講義ノートをまとめ直すときに、私自身の考えや、他で聞いた内容が
混ざっているかも知れません。もし「自分の聞いた内容と違う」と言う
方がおられましたら、訂正をお願いします。

 しかしまあ聞いててたびたび感じたのは、世代のギャップでしょうか。
竹熊さんのあげる例やギャグに、思わず頷いたり笑ったりした後で、周
りは全然反応して無いのに気づき、気まずい思いを何度もしました。
 さすがにエヴァのネタにはみんな笑っていましたが、竹熊さんのエヴァ
ネタは、どうも取って付けたような感じがして、古いマンガを例えに出し
たときの切れ味がないような気がしたのは私だけでしょうか(^^;)?

 私は今後も機会があれば聴講させていただくつもりではありますが、
しがないサラリーマンの身故、どれだけ参加できるか判りません
 これを読んで興味を持たれた方、是非とも東大に潜り込んで(^^;)今
後の講義の模様を教えて下さい。
 
 それとレポートの最後の部分はかなり誇張が入っています(^^;)

それでは また

                          獅子児/SISINJIでした。