いわずと知れた、飯野氏が「セガサターンの飯野」の名を世に知らしめたイベント。なぜ有名なのか説明すると、飯野氏がプレイステーションエキスポのゲームの発表会で「エネミー・ゼロ」と言うゲームの制作発表をするときに、一番金を掛けた(5000万円)ブースを使い、後ろにある巨大なビデオモニターにプレステのロゴが出るときに、そのロゴがぐにゃりと歪みモーフィングがかかったかと思うとサターンのロゴに姿を変えると言う、SONYからすれば悪夢のような演出をして、しかもそれだけでは飽き足らず、プレステからサターンに移動すると言う記者会見までしてしまったから。
> しかしこれは当然のことながら、かなり効率の悪い事。SONYを敵にまわすと言うだけでなく、ビジネスの面から考えても、夏にプレステ版を出し冬になってそれをサターンに移植すると言うのが一番効率が良い方法だった。
そこまでして、プレイステーションを見限りセガサターンにしぼった理由は、
1,始めSONYは、「ゲームの面白さはやってみるまで分からないのだから、メジャーな(大きな)会社もマイナーな(小さな)会社も、すべての会社を同等に扱う」と言ってどの会社からも同じ掛率でゲームを買い取っていた。ところがある会社(仮にSQとする)が参入してきたとき、そのSQからはもう少し高い掛率で買い取る事にしてしまった。飯野氏は、そのSONYの自分の言葉に責任を持たない態度に憤慨したから。
2,ソフトウェアメーカーが自分の力だけでプロモーションをしたとしても、自ずとそれには限界があり、またゲーム人口そのものを増やす事にはつながらない。だがハードウェアメーカーの協力があおげれば、プロモーションも共同しておこなう事ができ、ゲーム人口を増やす事もできる。そう考えた飯野氏はワンハードウェアにしぼる事によってハードウェアメーカーの協力があおげるのではないかと予想したから。
と言う二つの大きなものがある。あと小さなところでは、サターンのほうがデータ量が少なくてすむために、プレステでは5枚組みになるところが、4枚組みで済むからということもある。
これはおまけになるが、ロゴを変形させたモーフィング、あれは最初から計画の一部としてビデオにいれてあったわけではなく、ステージの上にあったマッキントッシュから直接実行したそうだ。他のほとんどの映像がビデオにいれてあったものであったのに、これだけがマックを使って行われた理由は、マックを使えば飯野氏が直前まで(詳しくいえば2秒前まで)やるべきかやらざるべきか考える事ができたから。そして最後にその決断にきっかけを与えたのが、ステージにあがる前に楽屋裏で読んでいた「サラリーマン金太郎 5巻」だという。
モーフィング、その裏にいろいろな理由があるとは思いませんでした。僕のイメージの中での飯野さんはただ面白いと言う理由だけでそれくらいのことは何のためらいもなくする人だったので、とても意外でした。やはり飯野さんも人間だったんですね。