漫画の分析


ではその、基本文献による漫画の分析という風なやつから話はじめます。
(スライド)
これはですね「漫画の読み方」という本の中の竹熊健太郎さんのパートですね。 「1コマのなかの構成要素」というやつです。漫画、その1コマの中にどのような構 成要素があるのか。

1、音喩
音喩っていうのは何かと言うと。ここに「ガッ」 と、これ星飛馬くんですね。もう巨人の星自体、割とマイナーなものになってしまい ましたが。これは、新宿のスケバングループ、、、すごいですね。新宿のスケバング ループのお京さんという人が、指から血をふいていますが。この人は、今ついさっき 指のエンコ詰め、つまり包丁で指をばしっと、やったわけですね。つまり、本来は、 新宿のお京というのは、フリーでなければいけないのに、星飛馬にほれてしまった、 やくざにおどされて仁義をとおすために指を切った。そこに星飛馬があらわれて、 「ガッ」と助けたというシーンですね。で、はい1、この「ガッ」ていうのは音喩で す。音喩っつーのはなにかっていうと、漫画における擬音とかですね、あと擬態語な ど、そういう風なものを、オノマトペといいます。オノマトペというのを総称して音 喩というふうに呼称します。こういう風な「ガッ」とか、擬音系ですね、「ビュッ」 とか、ドラゴンボールとかで「ズボボボボ」とか書いてあるやつがあったり、あと、 ジョジョの奇妙な冒険ではですね「ズバーッ」とか書いてありますよね。なんだっけ、 ジョジョの奇妙な冒険の一巻で、デュオと女の子がキスするシーンで「ドッキュン」 って書いてあって、こんなかっこいい音喩、俺見たことなかったですけど。

2、形喩
これ形容をあらわす形喩です。この星飛馬くんの頭から汗が飛び散っ ています。拡大したのがこれですね。ぽんぽんぽーんと散っていると。漫画を読み慣 れていないと、これが汗とわからないわけですね。当然日本の漫画というのは、海外 に輸出する時に、こういう風なものを、人に読ませるところから始まんなきゃいけな いんです。国民によっては、これを何か思い付いたぞというサインに見えちゃう場合 もありますし、なんか汗が頭から吹き出すはずがない、というふうに思っちゃうわけ ですね。この額の、頬の汗はなんとかみんな汗とわかるんですけど。頭から飛び散る ものが、この、汗であると。それは、汗であるのと同時に、本人のあせりもあらわし ていますよね。なんかこう、「京子さんっ」とやって「ガッ」とやって、心配である という、こいつの心情表現をするための汗でもある。それは別に、暑いから急激に運 動したから汗をかいたのではなくて、この本人の心情表現のための、形容するための 形喩である。こういうふうに、音喩と形喩というのがある。

3、吹き出し。
英語ではスピーチバルーンといいますけれども。これは、漫画の中で これがセリフとして、登場人物が発した言葉、という風にわかるようになっています。 この吹き出しの形が変わることによって、心の中だけでしゃべっているものとか、マ イクを通じて、スピーカーを通じて聞こえてくるもの、あと、思い出してるだけの声、 とかそういう風なものが、いろいろわかるようになっています。

4、この形喩。
この動きですね。これ何かというと、こいつがさっと動いたと、つま りこの京子さんというのが、フラッと倒れそうになった時に、こいつが画面のこちら、 右側から中央に移動して、パッと受け取ったというのがわかる流れになっています。 こんなの言わなくても当り前と思うんですけど、これも、漫画というものを、今まで 読んだことがない人が見たら、わからない表現です。何でこいつが、こう髪の毛が伸 びてるんだろう、(笑)とか考えちゃうんですね。こういう風なものも分類すると。 構成要素として形喩というのがあると。

で、最後のひとつ。もうひとつ、これが形容の形喩ですね。
この、足のところに出ている、このサイン。これは別に、ここの所にマッチがあって、火が付いたわけでも、 何か爆発したわけでもなくてですね。足元のこれ、すいませんわかりにくいですけど、 土煙ですね。土煙がふきだして、足元に火花がるほどの勢いで、右足を「ばん!」と 出して、この女の人を受け止めたという、本人の動きの力強さとか、あと、こいつ自 体が、地面と足とが接触してる強さ、心理的なもの、もしくは肉体的なもの、双方で 形容している形喩です。
今のが、漫画の読み方の中において、竹熊健太郎さんがまとめた漫画の構造というや つですけれども。現在までのところ、僕が知っている限りで漫画というものの構造と いうものに関して言及したやつです。まあ、これは評価できるなとか、あ、これは、 参考になるなというのは3つあります。ひとつは、くれともふささんの言語モデル。 この人の漫画の定義というのは「コマを構成単位とする物語進行のある絵」という、 まあ、ちょっと難しい言い方ですが。もうひとつは、スコットマックロードというア メリカの漫画家が、作った定義でですね「シーケンシャルアート、連続性のある絵で ある」これが漫画の定義です。で、夏目、竹熊、斉藤、この3人が作ったモデル、定 義ですね、「漫画は絵とコマと言葉から成り立っている」厳密に言うとここまでしか、 漫画というのは定義付けられないんじゃないかと。

この3つ似ているようで、大体何か、コマを中心として連続になって、ストーリーが 展開してるというニュアンスだけは、似ているんですけれども、少しずつ違っていま すので。大体、現在までのところ、僕が知っている限り漫画の分類で、構造でですね、 面白いなと思ったのはこれぐらいですので、少しずつこれを見てみましょう。

これは、くれともふささんの言語モデルです。まず先程の漫画の定義ですね。この人 の漫画の定義「コマを構成単位とする物語進行のある絵」というのを、非業論的に、 もう1回見直すと、「現時性とセンジョウセイとが複合した一連の絵」という風にな るそうです。現時性とセンジョウセイというのはこういう字を書くわけですね。現時 性というのは絵画とかでよくあるやつなんですけれども、「その全貌が一目のもとに 見渡せて、一瞬にして内容が全体として把握できるさま」というのを現時性といいま す。センジョウセイというのは、言語、あと音楽なんかもそうなんですけど、個々の 構成要素が、その度ごとに、部分として見えたり聞こえたりすると。で見ている人間 聞いている人間というのは、それをたどりながら、全体を自分の心の中で構成して把 握する、これが線上性ですね時間によってだからずっと聞こえてくる。言葉もそうだ し、小説も一文字一文字読んでいくと。一文字一文字読んでいる最中に目を止めたら そこには字があるだけですよね。字自体にはたいして意味がないですけど、文章とな って流れとなった時に、全体で初めて意味を持つ、こういうのをセンジョウセイと言 います。絵とか写真みたいなもので、一瞬にして全貌がつかめるものが現時性である と。くれさんの定義によると、漫画というのはこの現時性である絵と、センジョウセ イであるストーリーを持った、特殊なものとして定義してます。これを彼は、日本語 との類似、として捕らえているわけですね。なぜ漫画が日本でこんなに盛んになった のか。なぜ日本の漫画が海外に輸出して力を持っていて、海外の作家が日本の漫画み たいなものを作ろうとしても、なかなか作れないのかというと、実はこれは日本人が 使っている言語と大変密着な関係があるのではないか、というのがくれさんの主張で す。

コウチャク語としての日本語。日本語というのはみなさんも習った通り、ウラヌアル タイ語属に属するコウチャク語です。コウチャク語というのは何かと言うと、形容詞 とか名詞とか、動詞という風なものを、助詞でくっつけると。「きれいな花を花瓶に さした」とかですね、そういう風な「きれい、はな、かびん、さした」というのを、 「きれい『な』はな『を』かびん『に』さした」という風な形で、助詞とか助動詞で つなげちゃってると。これがコウチャク語ですね。こういうふうに接着しちゃう。で、 それと同時に、日本語っていうのは、漢字かなまじり文として使われます。漢字と言 うのは一文字で、意味が分かる、これだけで意味が分かる表意文字ですね。ところが ひらがなというのは表音文字で、一文字だけではなかなか意味がない。この漢字の部 分は、この部分、この部分で意味がある。大変現時性が高いわけですね。ところが、 ひらがなの方は、「まじり」とか、続けて読まないと意味を持たない、大変センジョ ウ的なものです。「漢字、かな、漢字、漢字」これ熟語ですね。「かな、漢字、かな」 この構造も、大変コウチャク語としての特長を持ってる。

で、これが、「コマ、コマ、ちいさいコマ、コマ、コマ、余白」という漫画の進行に すごく関係しているのではないかと。実際に、漫画の場合は、漫画というものを見た らわかる通り、必要なコマだけでなっていないんです。つまり、こういう名詞とか形 容詞だけのコマでなっているのではなくて、助詞や助動詞にあたるようなコマがある わけですね。例えば、少女漫画でよくある、カットの変わり目のシーンで、捨てゴマ という形で、小さいコマの何も描いてないやつだけが、連続している場合とかもあり ます。そういう形で、こういう風な余白のコマ、何も描いてない場合とか、あと黒く 塗ってあるだけの場合とかよくある。こういう風な形で、コマとコマを接着するため のコマがある。これだけで進行するというのは、大体戦前の漫画なんですけれども。 戦後手塚おさむがコマ使いを大胆にして石之森章太郎がどんどん進めていった結果、 徐々にこれに近づいていった。で、これが日本人が、漫画というのを一目で見て、あ の複雑な構造を理解できる理由であり、同時に世界的に漫画がヒットしても、なかな かよその国の人に漫画が作りにくい理由というのは、この辺にあるのではないかと。

で、これと似たような構造もっている言語として、ハングル語、韓国語があります。 漢字とハングル文字が組み合わさっているわけですけれども。だから韓国では漫画が 盛んだ、とくれさんは言ってますけれども、この辺ちょっとわからないですけれども。 韓国で盛んな漫画というのも、何かそんなに、僕も読んだことがないですので。責任 を持ったことがなかなか言えません。

これが、くれさんの言語モデルですね。言語というものを中心として考えて、漫画と いうものをとらえたというやつです。

次は、スコットマックロードの、絵というのは、イコンである。アイコンである。つ まり抽象化である。という風なものを、のっとった三角形のモデルというのを提示し ています。ここではそれをすごく簡単に説明します。

(スライド)
これが、リアルな絵とすると、どんどんどんどん漫画というのは、この線を簡単にす ることで出来ているわけですね。どんどん簡単に出来ちゃうわけです。簡単にすると 極限はどこまでいくのかというと、リアルの絵から、こうやって、これは何かという と、要するに、顔である、フェイスであると。フェイスとは何かというと、ツーアイ ズ、ワンノーズ、ワンマウス。目がふたつ、鼻がひとつ、口がひとつ。ここまで字で 書いても、これとこれとの差は、ほとんどなくなっちゃうと。これとこれとの差も、 あんまりなくなっちゃう。じゃあこれ、さらに進むと、これを手書きでかいてそれで OKということになる。つまりどんどんどんどん簡略化できるわけですね。それで、 漫画というのはこの流れの中にあるんですよと。実際の絵ではない、確実にピクチャ ーとかアートではなくて、同時に、ここまで抽象化されたアイコン、抽象化された絵 でもない。この間に存在しているのが、漫画の表現なんだ、という風なことでですね、 彼は大変おもしろい図式を提示しています。

これは、スコットマックロードが作った「漫画表現の三角形」というやつです。こち ら側がリアリティ、こちら側がランゲージ。絵が、無限に言語になっていくわけです ね。こちら側が、ピクチャーとかプレーンピクチャー、図形ですね。「リアリティ」 「単なる図形」「ランゲージ」、この三角形の中におそらく、あらゆる漫画表現、絵 としての漫画表現が、入るだろうと。スコットマックロード自身、自分が絵を描く漫 画家なので、漫画の分析というものをする時に、先ほどの言語的な分析とか、構造的 なものよりは、どちらかというと実際の絵を描いた時に、どういう風に自分が考えて いるのかということに教義が集中しています。この形ですね。ほぼリアルな絵から、 それをどんどん単純化して言語化していく。このフェイスとかこういう風なものにな ると。ここまでいくともう漫画からはずれていくわけです。どんどん絵から字へ、そ してリアルな絵から単なる図形へ、この間の方に漫画表現があるということで、彼は、 「アンダースタンディングコミックス」という、漫画で描いた漫画を理解するための 本、という力作を、5年ほど前に発表して、この中で、彼の考えている漫画理論を大 々的に展開しています。

これは、今私が翻訳中でありまして、年内か来年の初頭ぐらいに、美術出版社という ところから出版できると思います。まあ、翻訳書が出てから見ていただいて結構です。 大きな洋書屋さん行くと売ってます。英語自体すごい簡単なので、興味がある人はの ぞいて見てください。「アンダースタンディングコミックス」というスコットマック ロードの本です。彼が考えている漫画の構造図式、とは、まあ、言えないですけど、 大体分類というのはこういうふうになってるんじゃないかと。

次です。次が一番ややこしいんですよ。竹熊夏目斉藤の構造モデルというやつでです ね、見ただけでくらくらするようになっています。

コマと言葉と絵でできている。絵はこれだけにわかれると。絵というのはまず、線と 同じ意味であると。これは枠線、コマ枠線、あと間白(まはく)、コマがぜんぜんな い空白、吹き出し。絵を描く線は描線ですね。輪郭の線、それは主体としての人物を 描く、客体としての背景を描く。ところから、客体背景以外の主体に対しての形喩で すね。先ほどの汗とかですね、「ガッ」とかいう効果音とか、その音喩。この音喩が ほぼセリフとつながっていると。場合によってはこの間がわからなくなっている時も あるし、解説というのもこの中に存在すると。つまり、作者が欄外に書いたり、作者 がコマの中に書いている解説です。このセリフも、ひとりごとと、会話とにわけられ ると。この形喩、さっきの汗みたいなものも。漫符と効果にわけられると。効果とい うのは、実際その画面の中で、物理的に起こっていること。漫符というのは、起こっ ている表現で、ここのところに四角形描いたりしますよね。青筋立てて描いたり、も しくは、泣いてる時に、涙をびろーんと、描いたりするんですけれども、別に本当に そんな涙が出ているわけではなくて、記号として、符号としてかいているわけですね。 そういう風なのを、竹熊さんは漫符と呼んでいます。で、この外側に背景というのが あると。これ全体はおそらく絵というものであろうと。で、進行に関して、コマの枠 線と間白が関係している。言語、言葉という風なことに関しては、音喩、セリフ、解 説が関係している。で、絵というものはこういう風にして、ここまで構造というもの を明らかにしました。で、更にこの言葉というのは、セリフ、解説、音声にわかれて いて、セリフはひとりごとと会話。解説はナレーション、音声は音喩として、漫画の 中に組み込まれる。で、この相対がおそらくで漫画あって、これ以上分解をしちゃう と、もう既に、分類のための分類になってしまうだろうというぎりぎりが、この辺で はないかと、あの人達はいっています。


NextPage
海外の漫画市場
Back To Index
タイトルへ