1.異種格闘技戦とは何か世界最強を決めるためにはまず打ち破らなければいけない壁がある。ルールという奴だ。一般に勝負事というのはルールが決まっていて、それに応じてしか勝敗がわからないことになっている。それはスポーツでも、格闘技でも同じことだ。でも、これだと、ルールの数だけ世界最強がばらばらとできることになってしまう。それじゃロマンというものがない。世界最強は一人じゃなきゃいかんのだ。他のスポーツでこんなことをいったら「頭に電波入っているんじゃないか」とか絶対言われる。サッカーと野球はおろか、アメフトとラグビーみたいに、知らない人にはどこが違うのかようわからんスポーツ同士の対戦=異種「球技」戦だって、提案はおろか、想像する人もいないのが現状である(当たり前か)。でも、こと格闘技の世界では違う。「ルールなんか邪魔だ」と言っている人は星の数ほどいるし、実践している人間にも事欠かない。その中でも一番派手だったのがアントニオ猪木の提唱した「格闘技世界一決定戦」である。例のモハメッド・アリ戦の類だ。 格闘技世界一、おぉなんと魅惑的な言葉。このスローガンのもとに、猪木は、マーシャル・アーツの選手をしとめ、ボクサーをバック・ドロップで失神させ、肝心のアリには引き分けたものの、足を破壊(試合後アリの足は紫色に膨れ上がっており、歩行困難だった)、プロレスラー世界最強を余すところなく証明したのだった。八百長?とんでもない。八百長で猪木vsアリ戦のようなつまらない試合はやらない。猪木は真実勝ったんである(猪木は格闘技世界一決定戦、格闘技世界ヘビー級王者戦を9戦戦って7勝2敗。引き分けはアリと極真のウィリー・ウィリアムス。そう、梶原一騎「四角いジャングル」のクライマックスである)。 もしプロレスラーが世界最強、ということに疑念があるとしたら、ちょっと冷静に考えてみて欲しい。格闘技世界一決定戦は、猪木vsアリ戦を除いて、パンチ・キックあり、投げあり、グラウンド技ありのルールで行われた。「こんな技出しちゃダメ」みたいな軟弱な発想は当然ない。何せ世界最強を決めるのだ。シビアなのはと〜ぜんであろ〜。こういうルールだからして、ボクサーにはローキックすればいいし(ボクサーは蹴りの防御をしたことがない)、キック・ボクサーだったら組み付いて投げりゃいいし(打撃系選手に打撃を入れるのはとても難しいが、クリンチするのは、根性とガタイさえあれば取りあえずできる)、それでもダメなら寝技に持ち込めばお仕舞いである。柔道の選手には、逆に、殴る、蹴るしたりすればいいわけだ。 「何かプロレスラーに有利なルール、というか、殆どプロレスのルールの様な気がする」とか、あるいはもっと進んで「卓球の選手が、サンプラスやアガシに、ピンポンで勝って喜んでいるのと同じでは?」とか、そういう理性の声に耳を傾けてはいけない。猪木は一連の格闘技世界一決定戦をやるために借金で火だるまになったんである。それほどにアリのファイト・マネーは高かったんである。ここに現実の重みがあるのだ。並の人間にはできないのだ。我々に残されているのは、猪木の夢に、世界最強のロマンに酔いしれることだけだ。 かくしてプロレス世界最強は証明された。なかんずくアントニオ猪木率いる新日本プロレスは、馬場さんが猪木との対戦を避けまくっていた以上、最強の中の最強である。これはもう1970年代の話だ(格闘技世界一決定戦は1976年から80年まで)。であるからして、80年代前半、新日本プロレスが毎週毎週視聴率を30%近く稼ぎ、古館伊知郎が「全国3千万人のプロレス・ファンの皆さん!」と絶叫していたのも当然なんである。なんたって世界最強なのだから。他の格闘技やスポーツとは、そもそも、グレードが天と地ほど、月とスッポンほども違うわけなんである。新日本プロレスのトレーニング・ウェアに百獣の王ライオンが描かれ、その回りに「キング・オブ・スポーツ」と麗々しくロゴが入っているのは伊達ではないのだ。 ところが、好事魔多し、という奴であろうか。1984年、我が世の春を謳歌していた新日本プロレスに大問題が持ち上がる。なんと「プロレスなんかみんな八百長だ」という集団が、こともあろうに、新日本内部から現れたのだ。 UWF革命の幕開けである。 |
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