6.400戦無敗とは何か残念ながら、ホイスの天下は長いことは続かなかった。続く第二回アルティメット大会も軽く優勝したものの、第三回では、途中の試合でボコボコに殴られ、結局トーナメントの次の試合から欠場。しかも相手が悪かった。キモという、弁髪で、入れ墨だらけで、しかも入場の時に巨大な十字架を背負って現れた胡散臭さ世界一の野郎(しかも東洋人の悪役マネージャー付き。グレート東郷以来の定番だわね)にやられたのである。試合自体は、弁髪を必死に引っ張ってどうにかホイスが勝ったものの、顔ぼこぼこに腫らして印象わる〜い。で、血圧下がって次の試合出られないって、そりゃなんかみっともなぁ〜い。更なる追い打ちは第五回大会でのウェイン・シャムロックとの再戦。どうにか30分時間切れに持ち込んだものの、試合中ずっとシャムロックに上に載られて殴られっぱなし。判定があったら負けだって。でも、グレーシー一族は「死んでも負けない、俺たちゃ世界最強」がスローガンだからそんなこたぁ認めない(グレーシーUSAのホームページには「リングの上だけじゃなく、ストリートでもグレーシーは最強!」とか書いてある)。キモに殴られた時は「朝から具合が悪くって」、シャムロックに殴られた時は「大体向こうの方が体重多いじゃないか。だから時間切れってことは僕の勝ちさ。悔しかったら20kg減量しろ」。勝った時は一族総出で肩に手のせてトレーン作って踊るくせに、ちょっと様子がおかしくなった時は言い訳三昧。最後には「試合時間30分なんてホントのヴァーリ・トゥードじゃない。僕はもうアルティメットには出ないぞぉ」。はいはい、わかりました。 しかし、グレーシー神話はこんなことでは崩れない。何と言ってもホイスはエリオのひ弱な末息子。ほんとに強いのはお兄さんのヒクソンだ(と一族、弟子筋みな口を揃えていっている)。ヒクソンは、歳端のいかぬ子供の頃に一回負けただけで、後は、アマレス、柔道、柔術、そして勿論ヴァーリ・トゥードで400戦全勝なのだ(と本人がいっているのだから確かだ)。おぉ、そうか。グレーシーは奥が深いぜ。 で、ここで動き始めたのが、何とあの佐山聡。UWFを辞めた後、シューティングという総合格闘技を始めたはいいが、今一つ地味。それで金繰りに困ったかしらんが、新日の若手を第三代のタイガーマスクに養成してみたり、突然自分も、あんだけぶぅぶぅ文句いってたのに、初代タイガーマスクとしてマットに復帰してみたりしていた。それが、グレーシー騒ぎにピンと来て、再び世界最強路線に復活して来たのだ。お菓子の食いすぎでお腹は出てるが、動きは流石素早い。94年7月29日、アルティメット大会が始まった翌年には、はやばや、世界最強のヒクソンを日本に上陸させてしまった。シューティング主宰のヴァーリ・トゥード・ジャパンは、勿論、ヒクソンがぶっちぎりの優勝。世界最強の男、日本マット・デビューである。 どうする、日本プロレス界。どうするUWF。 世界最強のロマンをブラジル人に取られていいのか。 あいつら、グレーシー・ダイエットとか言って、オレンジ食って、野菜炒め食って、酒飲まないんだぞ。そんなエステな奴等ほっといていいのか。ちゃんこ食って、ステーキ食って、ウィスキーをアイスペールで一気のみが日本人プロレスラーの心意気じゃぁなかったのか。 案ずるには及ばない。プロレスは逃げない。まず立ち上がったのが、200%の男、安生洋二であった。 |
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