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外の経験、営業経験を持つキーパーソン太田氏 |
白鷹町のイメージ発信に非常に貢献しているこれらの活動がうまく成立し、また継続している背景には、太田荘一郎という人物の存在が非常に大きい。太田氏は白鷹町の出身だが、神奈川県の大学に進学し、学生時代は全国のフォークソングの同好会をまとめたイベントなどを行なった経験を持つ。その後15年間碍子のメーカーの営業職として仙台、秋田、北海道など各地に住んだ経験を持つ。そのあと、北海道で知り合った妻を伴って白鷹にもどってきた。
地域の活性化のキーパーソンにはこのような外の経験を持つUターン組が大きな役割を演じていることが多いが、太田氏もその例にあたる。さらに同氏の強みは、学生時代に培ったプロデュース経験と、営業経験を通じて得た、相手の潜在ニーズの把握力と企画提案力、実践力であるように見受けられる。企画内容そのものもさることながら、小室等やおすぎ、大林宣彦監督などのちょっとした出会いをうまく活用してひっぱってくる力にそれが現れている。
◇おもしろいことを自前でやる
しかし、太田氏は、地域の活性化のためにとか、町おこしのためにという大上段にふりかぶった目標を置いてこれらの活動を行っているわけではない。単純におもしろく遊ぼう、という気持ちでやっているのだと本人はいう。これは氏一流の言い方ではあると思うが、基本はそうでなければ人が乗ってくるようなおもしろいものはできないし、継続もむつかしいということだろう。
実際にはやはり地域づくり、町の発信に貢献している活動だが、自治体などの公共の支援をあてにすることはあえて避けている。しばりが多くなって自由にできないからである。しかし、アルカディア財団という公的な組織をうまく活用して、実質的に公的な支援フレームを作っているとも言えよう。
◇場を相互につなぐ
プロデューサー太田に協力して、さまざまなセクターの中心人物たちが主体的にかつおもしろがって動いているということがまた、活気のある活動を生んでいるのだろう。太田氏を軸に、複数の場ないし活動がうまくつながり、相互に補完しあっているようにも見える。
◇町内と町外のコミュニケーション
「地域の活性化」において、地域のイベントは各地で行われているが、白鷹町の活動はかならずしも町内だけで行われているわけではないところが特徴的である。
たとえば「平成蔵人考」という酒づくりプロジェクトでは、1996年にいち早くインターネットを活用した会員募集PRにとり組み、町外の会員を獲得し、その関係性を維持することに成功しているため、9年たった現在でも、会員の入れ替わりはあるものの、東京はもとより、関西からの参加会員もいる。
勉強会やイベントなども随時、東京からゲストを招聘しているが、一般の興業というより「行ってみたい」と思っているゲストを見つけ出し、「共感」空間を作り出すことで、ゲストすら会員(というか、町のファン)になったような気分になる独特のもてなし感がある。
たとえば、町外からやってきた人たちに対しては、旬の食材を使った家庭的な田舎料理を提供するなど、贅を尽くすもてなしではなく、「旬をつくす」もてなしに長けているが、これは「町」全体がそうではなく、プロデューサーである太田荘一郎氏の食へのこだわりがなせることだと思われる。
都会人にとって、春夏秋冬、それぞれの「旬」を感じる「食」(と食の情報)を提供することも、白鷹の魅力づくりには大きな力となっている。
◇「平成蔵人考」の過去・現在・未来
消費者がオンライン・ショッピングで酒を購入するだけでなく、酒の原料になる米を作るための田植え、稲刈りなど年4回、農業に参加する機会を持つということを主眼としたプロジェクトで、1996年にスタートした。
人気の「蔵出し」には、全国から50人ほどのバーチャル農業参加者が白鷹町に集う。神戸から年4回、毎度やってくる熱心な参加者もいる。また参加者は、いつでもホームページで稲の生育状況等を確認できる(ということになっているが、それほどマメに更新があるわけではない)
組頭(リーダー)に、フォーク歌手の小室等さん、番頭役が太田荘一郎さん。
しかし、このプロジェクトに欠かせないのは、実際の「無農薬合鴨農法」で稲作を担当する鍬頭の紺野喜一さんと、加茂川酒造杜氏の鈴木七四郎さんである。
「平成蔵人考」で使われる「さわのはな」は「幻の米」と呼ばれるほど生産量が少ない。山形県の育成技術の発祥地・尾花沢で生まれた良食味米だが、稲が倒伏しやすく作りづらい等の理由から敬遠され、生産量は多くない。ところが、近年、食味の良さ等が再評価されている。品質は「コシヒカリ」とほぼ同じで食味が良く、年間通して食味が安定していて、たとえば普通は「梅雨時期や夏場になると米の味が落ちる」と言われるが、「さわのはな」はこの時期にさらに美味しくなる。ただでさえ作りづらいこの米を、完全に無農薬有機栽培で育てると、出来高は2割以上減るという。紺野さんが自家用に作っている米は「さわのはな」だが、農薬散布は1度行っているという。また、合鴨農法に慣れていない当初は鴨を離す時期が早すぎて溺れてしまったり、近隣の動物や鷹に襲われてしまうというトラブルなどもあった。
酒造については、2月に寒仕込み、3月に蔵出しを行い、それぞれ会員が集うが、蔵出しが一年のなかでもっとも参加者が多いイベントになる。
「平成蔵人考」では、田植えと蔵出しの時期にはNHKや東北ローカル局が取材に来るなど、マスコミPRも欠かさず行っている。
これらの活動は、当初は「アルカディア財団」(第三セクター)が全面的に事務局機能を果たしていたが、町の財政状況などから現在ではボランタリーな運営形態になりつつあるように見受けられる。それについては、番頭の太田荘一郎さんの「これはオトコの遊びだから」のひとことに集約されており、「遊び」の範疇で楽しめればいいというアクティビティとなっている。
2002年に「おすそわけ.com」がプロジェクトとしてスタートしてからは、都会からの新しい参加者も増え、「おすそわけ」と「平成蔵人考」の相互乗り入れをしている。
毎年米の作柄や気候、環境などによって味が一定しないところが「手づくり感」があっていいと好評である。
これまで「遊び」の範疇で行ってきたアクティビティは、しらたかブランド育成に寄与した面が大きかった。しかし、今後は継続するための経費や人材、新会員の動員方法などについて、課題となっている。
<後日談>
★2005年になり「白鷹 蔵人考」は少々方向転換を余儀なくされることとなった。というのは、仕掛け人でもある太田氏が財団を退職して独立。財団にはイベントに関してのスキルがある担当者がいないため、改めて「組織を作らなければ、今後持続することは難しい」「そのためには、利益が出るプロジェクトであること」などの意見が出てきた。ひとりのプロデューサー(あるいは地域活性化の仕掛け人)にたよらず、自分たちのエンパワーに目覚めなくてはいけないという動きも出ている。
★太田氏が町を離れるということが決定した2004年年末時点で、関ってきたメンバーのなかで新たに、地域のブランドづくりを研究する「しらたか的いっぴん塾」が結成された。「いっぴん」は「一品」と「逸品」をかけている。ここでは太田氏のリーダーシップに頼らずに、6名の生産者がそれぞれの特技や素材を持ち寄り、協働開発することで「利益をあげるものづくり」という以前の、モチベーション・アップを図っている。
◇しらたか的いっぴん塾
平成14年度ふるさと財団助成事業として、白鷹町のこだわりある農家の農産物と、都心の食のプロをつなぐ「出会い系菜人」として「おすそわけ.com」が開設された。
しかし、生鮮食料品以外の加工品生産者も白鷹町を支えている。
日本酒(加茂川酒造)、味噌(すずき味噌)、漬物(丸山食品)等の発酵食品は地域の伝統食文化を形成してきたが、「町内のコラボ-レション」による商品開発や勉強会はこれまで、ありそうでなかった。そこで本年度より始まった
「おすそわけ.com」から分科会とした「しらたか的いっぴん塾」では、おたがいの技術や商品を持ち寄り、オリジナリティがある商品づくりや、町の特産品づくりに取り組もうという働きである。
☆ここでの「いっぴん」とは「一品」であり「逸品」でもあるため、あえてひらがなでの明記になっている。
今回の試みでは、味噌や酒を入れたチーズケーキを和菓子屋が製造するといった新しい町の銘菓が生まれている。
白鷹町の加工品業者はもともと生産量が限られているとはいえ、町内と近隣の顧客層により安定的商売が成り立っているため、販路拡大に対する「熱意」はさほどない。
しらたか的いっぴん塾に参加している加工食品生産者たちは、販売量・購買量を増やすことよりも、「白鷹町」のブランド価値をどうやって高めるか、そしてブランド・エクイティにつながる「白鷹町ならでは」といった商品づくりに対する関心が高い。
◇まあ、どんな会
田舎町にはかならず、農業に従事している女性たちの会がある。
白鷹町でも「若妻会」が発展して(つまり、若妻ではなくなってきたこともあり)「まあ、どんな会」と改称。夏に限り、スキー場に併設しているレストランで予約制会食の提供をしているほか、手づくりの梅干や漬物、クッキー、有機栽培野菜などの産直に取り組んでいる。
現在7名の会員で運営しているこの会は、まだ組織としては法人化やNPO化には至っていないが、無添加の良品を製造販売・提供してる。
こうした組織の問題点は、男性型のビジネス的な組織と違うコミュニティ的組織として運営されているため、販路開拓が難しく、また利益も相応ではない。どちらかといえば「生きがい」「やりがい」が目的にならざるを得ないが、徳島県の株式会社いろどりhttp://www.irodori.co.jp/ のように高齢者福祉事業として利益をあげているケースもある。 人がいて、活動があり、ものがある。 それにプラスする支援としての交流には、人の交流だけでなく「情報交流」というものも考えられる。
◇ゲートキーパーという存在
今回の調査においては、このような白鷹におけるビビッドな活動の場(複数)が、相互につながった関係ごと観察することができたが、それ自体大きな成果だったと言えよう。
では、どうしてそのような立体的な観察ができたかと考えると、今回の調査チームの中の伊藤淳子の存在が大きい。伊藤は白鷹が気に入って、年の何度も現地を訪れ、前記それぞれの<場>の人々とは非常に親しい関係をつくりあげており、農家や町の商店主などとのコミュニケーションを実践している。行くたびに野菜などのおみやげまでももらっているが、その「親戚感覚」が地域交流の原点にあると考えている。インターネットを用いたサービス「おすそわけ.com」は「白鷹町」(農家)と「東京」(消費者)を結び付けることに役立っているが、実際にはITシステム以上に太田荘一郎、伊藤淳子というアナログなふれあいと連携が重要である。
伊藤は研究調査チームと現地側の両サイドにまたがっている。
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