chapter3〜太平洋戦争での活躍〜
その後、日中戦争が始まり、アメリカ、イギリス、オランダなどは、日本に対してABCDラインを引いて経済封鎖に出ます。そのため1941年初頭から日米交渉が始まるわけですが、その途中経過について報告を聞いた山本や須磨は、ほぼ間違いなく戦争になるという認識を持つわけです。
そして戦争になった場合、日本がどんなに頑張っても、アメリカと戦って勝てないということはよくわかっており、そのためにはあらかじめ軍事情報を収集し、緒戦で相手を徹底的にたたいて、早い内に和平に持ち込むしかないということになるわけです。そのため山本と須磨は、欧米の主要拠点に情報部員を送り込むとともに、須磨自身、自らスペイン公使となってマドリッドを拠点に、東情報という情報組織をつくりました。主に中立国のスペイン人を実働部隊にして、アメリカに送り込み、情報収集に携わったのです。
戦争中、須磨が日本に送った暗号電報が外務省の外航資料館に残っていますが、1943年時点でアメリカの原爆開発まで押さえており、また太平洋戦争で激戦となったガダルカナル戦の最中、サンディエゴから現地に向かう船の数まで把握していました。
こうした須磨弥吉郎の人生について、私自身、『梟の朝』という作品で書きましたが、彼のようなキャラクターを見ると、東北人は決して慎重とか鈍重といったイメージで語られるのではなく、外に対して出ていこうとする性格を強く持っているのではないかと強く感じます。
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