頭領(シカリ)と親友(ドヤク)
『凍(しば)れる瞳』(1988年5月文藝春秋刊)所収/1982年『別冊文藝春秋』初出

 「晩鳥内は山峡の村落である。又鬼の古里として日本中にその名を知られた、打当(うっとう)に隣接している。この山峡に入るには、以前は北からの道しかなかった。秋田県北部の町鷹巣から阿仁川ぞいに南下し、比立内(ひたちない)で東に折れる。比立内までは国鉄の阿仁合線(現秋田内陸縦貫鉄道)が入っている。ここから晩鳥内まで、およそ七キロ。現在は、県南の角館地方からも容易にやってこられるようになった。」

 「彼は、森吉山から鞠森にかけて、熊が冬眠するために入る穴を、四十数ヵ所おさえている。又鬼としての彼の財産だった。彼にかぎらず古い又鬼は、晩秋から厳冬期の冬眠熊は、狩る対象からはずして来た。除く理由はふたつある。ひとつは、まだ胆が小さい、ということである。もうひとつは、雌熊の腹子である。熊は、冬眠中に出産する。それが初産であれば一頭、そして翌年の冬からは二頭ずつ出産する。出産前の雌を狩ることは、資源の再生産という意味からすれば、失うところが大きい。古い又鬼は、そのことをよく心得ていた。」

(西木氏のあとがきより)
「…世間的に大成功した事柄や人間にはあまり興味がない。大多数の人間にとって、人生は挫折の連続だと 思うし、それがすなわち人生だとも思う。…過去数年間の仕事をふり返ってみると、驚いたことに、そして無謀にも、そうした人生の夢や挫折、絶望などをテーマにしたものが、いくつかあることに気がついた。」

((読者の独り言))

○北国の荒々しい自然、もがきながら生きる人間、それらが絡み合って展開される西木正明さんの世界。北国はいいですよ…



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