山形から渤海へ「渤海倶楽部」
●環日本海地域の中の東北地方



磯の風景

chapter1〜渤海記念日〜

 私が仲間と遊びで設立したグループに、「渤海倶楽部」という集まりがあります。渤海(ぼっかい)というのは、日本でいえば奈良時代の始まる少し前から平安時代にかけてのおよそ200年程の期間、今の中国の黒竜江省からロシアのシベリア東北部にかけて勢力を伸ばしていた国の名前です。

 この渤海国が9世紀の中頃、初めて使者を日本に送りました。その使者が最初に辿り着いたのは、正確にはわかりませんが、現在の秋田の能代から山形の酒田にかけての海岸のどこかです。そして辿り着いた者の中には不幸にも土地の人に襲われて殺されたりした者もいましたが、ともかくその中の生き残りが奈良の朝廷に渤海国の国書を届け、これがきっかけで日本と渤海国との交渉が始まりました。渤海国からは30数回、日本からは10数回、使者が往復しています。

 当時は漢詩が漢字圏の共通の教養体系となっていた時代で、菅原道真など日本の知識人は、漢詩を通して渤海の使者達と交流を深めるなど、非常に友好的な関係にありました。こうした大陸と友好関係にあった歴史を振り返る意味で、3年前に渤海倶楽部を発足させ、そして渤海国の施設が東北地方の海岸に最初に辿り着いた旧暦の10月中頃の都合の良い日を、勝手に渤海記念日と決め、酒田で記念祝賀会を10人のメンバーで開催しました。

 実はこの時、たまたま国際交流を目的に、かつての渤海国のあった中国の黒龍江省のハルピンに住む中国人の夫妻が山形に来ていたので、彼らにも会員になってもらいました。そして式典として、酒田市内の日和山公園で、「北国の春」を渤海国歌に制定し、みんなで斉唱したわけです。

 

談話音声:chapter1-渤海記念日

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