| 狼奉行 1992年3月文藝春秋刊 |
黒森館は杉林に囲まれた六十坪ほどの屋敷である。巨大な萱ぶき屋根に圧しつぶされそうな玄関の脇に、羽州上山藩のほおずきの紋所を描いた高張堤灯が立ててある。館の前は広場で、三日月形の池があり、冬はその池に屋根を捨てる。山側に木戸があり通行人の取締りをするが、黒森山の奥は遥か月山、湯殿山に連なる深い山なみで、国境の木戸を通る者はほとんどいない。 ……「狼をこの土地ではかせぎと呼びます。毎年初夏になると里近くにあらわれます。退治をせねばなりますまい」……「またぎ連中は狼を狩ることに気が進まぬようです。白山権現の使いだとか…… 若殿様(お奉行)……穏忍自重ですぞ。どうぞお心を鎮めて。どうでもとならば、わたくしめをお斬りなさい……脱藩するのに仲間を誘い込むような武士が、大事を為した例しはありませぬぞ 「病狼ごときにかかずりあう暇はない。狼のことは黒森館で処置すればよい。貴公が狼奉行をつとめるのが筋合いだ」「狼奉行ですか。おもしろい役職だ」 山奥でかすかにかん高い吠え声が響いた。「狼だ」月に照らされた山影を見上げた。「ああ、まだ生き残っていたか」十兵衛が感にたえな声をもらした。……「山奥のどこでたって生きて行ける」みつはすでに心を決めていたかのように、靱負(ゆきえ)の袖をつかんで揺すった。 |
((読者の独り言))
○高橋義夫さんはこの「狼奉行」で直木賞を受賞されました。受賞時の選考委員の一人(故)藤沢周平さんは「この作家が山形の辺地に滞在した体験は冬の風景描写に生きた。自分の目で見、膚で感じたしたたかな自然が書けている」と評しています。 ○「狼奉行」の舞台は上山市の西端の黒森山の周辺のようです。その上山市の東端、蔵王山の麓に古屋敷という集落があります。藁葺き屋根の民家が保存されつつ、実際に人々が生活しております。夕暮れ時、古屋敷からはるか山々の尾根に続く杉林を見やるとき、ふと「狼奉行」の舞台に迷い込んだ気分になります。 |