少年時代の思い出
●父と重なる東北のイメージ
chapter1〜初めての記憶〜 東北のことなんて真剣に考えたことがなかったのですが、夏に山へ行ったとき、ある編集者が「こういう山は大きらいだ。僕は田舎で育ったから、虫や何かがいっぱいいるこういう田舎で暮らすのは大嫌いだ」と言ったのに、私は大変同感したのです。 私は仙台で育ったのですが、あまりいい記憶がないのです。わびしい、貧しいという記憶しかないものですから、東北というのは嫌なところだと思っていました。ずいぶん昔ですが、「初めての記憶」というエッセイを頼まれた時に、自分の初めての記憶は何だったかと考えてみたら、山形県の長井町という小さな町でした。 その頃、私の記憶にある父というのは、いつも機嫌が悪くて、家も粗末だったように思いますし、庭がいつもじめじめしていた記憶があります。柿の木か何か1本あって、それも実がならなかったように思います。家の庭の向こうに板塀があって、その向こうに原っぱがあって、隅っこに立派な家があって、そこへ母に連れていかれたという記憶があります。そこにはたくさんおもちゃがあって遊ばせてもらったのですが、それは誰の家だったのかと考えると、父の上司が住んでいた2階建ての家だったのではないかと思います。父のほうは、家に蓄音機があって、そこから聞こえてくるのは浪花節です。浪花節が大好きだったのです。桃中軒雲右衛門の『南部坂雪の別れ』とか、機嫌がいいときはそれを唸っていました。そういうことを書いたわけです。 それから2〜3年たって、新宿の御苑通りに本当に安いバーがあって、そこのママがそれを読んだと言うのです。私の書いたことに反対するわけです。「あんなにいい町はない。自分はそこで女学校を出て、それで上京して来た。あの頃はいちばん楽しかった」と。 そういうことで改めて、自分の目と彼女の目とが全然違うのだということがわかりましたし、そのとき一度、長井という町に行ってみないといけないかなと思ったのです。そのときがちょうど私がお酒を飲みはじめた頃で、飲むのが面白くて毎晩飲んでいました。今から20年前ぐらいに初めてそういうものに気がついてきたのです。 |
談話音声:chapter1-初めての記憶 ISDN回線用
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