少年時代の思い出
●父と重なる東北のイメージ


 

chapter2〜重厚な東北人と軽薄な東北人〜

 その頃(20年前)じゃなかったでしょうか、藤沢周平さんの小説を読むようになったのは。最初は『用心棒日月抄』というのを読みました。それは婚約者の父親を切って脱藩して江戸へ逃れてきて用心棒をして暮らしていくという話です。脱藩したところが東北の庄内藩みたいな小さな藩で、そこで藤沢さんが東北というものを非常に懐かしげに書いています。

 そのあとは『獄医立花昇手控え』というのがありまして、これも東北の小さな藩で医学を勉強した青年がどうしても江戸に出て医者になりたいと。それを読んだときに、東北から出てきた青年が、出世するかどうかわかりませんが、町医者として生きていくという、それが一種のサクセスストーリーになっているのではないかというふうに思いました。藤沢さんのことですからけっして大きな出世はさせないのです。藤沢さん自身が自分は農村の出身だから権力の側にはつかない、つつましく生きる人たちの側につきたいというふうにエッセイなどでもおっしゃっているのですが、そういうスタンスというものにも魅かれたのです。それが藤沢さんの生き方だったのではないかと思いました。それが藤沢さんの小説の主人公にみな共通しています。

 例えば『三屋清左衛門残日録』にしても『蝉しぐれ』の主人公にしても、どちらかというと体を小さくしてじっとこらえながら一歩一歩階段を登っていくというところが常にあります。だいたい中ぐらいまで出世するというか、そういうところで老境を迎えていくというのも、私には好ましく思われたし、それこそ東北人の生き方ではないかと思います。藤沢さんご自身がういうふうに生きていらっしゃったのではないか、そんなふうに思って、いっそう何度も何度も読みました。

 それは私とは全然違った生き方だったのではないでしょうか。山形県人というのは藤沢さんを見ても、また丸谷才一さんもそうですが、なにか重厚なところがある。太平洋側の宮城県や岩手県と、青森の東側というのは、東北人の特徴として軽薄なところがあるのではないかと思っているのです。『おだつ』という言葉があって、はしゃぐというか、そういうところが多分にあって、それで失敗するのです。私の父も家では仏頂面をしていましたが、外では非常に調子がいい。外面がよかったのです。

 私の場合、東北そのものに反発したのは、父の記憶と結びついていたのです。私の父親というのは非常に泥くさい父親で、そういうことでかえって反発したんです。

 

談話音声:chapter2-重厚な東北人と軽薄な東北人

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