ファーザーズ・イメージ
1992年8月毎日新聞社より単行本刊行 1996年5月講談社より文庫本刊行

 父は東北の小都市、というより田舎町を転々としていた。ふりだしは福島県の平である。私の名前は父の新一という名前と平の町を組合わせたにすぎない。後藤新平にあやかったのかと言われたことがある。父には偉い後藤新平のことが頭にあったのかもしれないが、平で税務署の署員になったことが、父にすれば出世の第一歩として忘れられなかったのだろう。

 「さあ、ゴッコとはいれ!」
ゴッコというのは、まだ調べていないが、「早く」という東北地方の方言だろう。福島の言葉ではないかと思うが、父は税務署の下っぱ役人として東北六県をまわっているので、各地の方言を身につけたにちがいない。
父も母もしばしば、ああ、えんがみたとこぼした。苦労したという福島の方言であ る。父は風呂にはいっていて、えんがみたと言うことがあった。

 小学校三年生のころだったか、元日の夜、私たち兄弟六人がそろって映画を観に行ったことがある。(中略)
 次兄のおごりで鮨を食べた。立ち食いで、私は煮烏賊(にいか)ばかり食べた。東京でもどこでも煮烏賊を握ってくれる鮨屋がなくて、だから九段下の「寿司政」にこれがあるのがうれしい。
 映画館は仙台の日の出劇場だったろうか、鮨屋は「與五郎寿司」だったろうか、寒 い夜だった。もう半世紀も前のことだ。

 酒が飲めるようになってから、仙台をいい町だと思うようになった。学生のころに酒を知っていたら、仙台の魅力がわかったのではないかという気がする。
 仙台に帰れば一泊する仙台ホテルが好きだ。古きよきものがこのホテルにまだ残っているのだ。それは気品をそなえた伝統といってもよい。仙台ホテルに泊まりたくて、仙台まで出向くということもある。父は仙台ホテルを知っていただろうか。そのことを思うと苦笑がわいてくる。

((読者の独り言))

○『ファーザーズ・イメージ』の父親の姿は、著者の記憶の中の東北を代表するものでもあり、「父」を「東北」に置き換えて読むことができる。そして、本書の主題である「父の恥ずかしいこと」は身内の恥というより自分自身の恥なのである。身内や郷里に対する嫌悪感が、じつは自分に向けられているということに思い至る人は少なくないのではないか。

○年齢を重ね、東北への思い入れが徐々に深くなり、故郷のことを書いてみたくなっ たという。仙台駅前の仙台ホテルは、一泊で帰仙するときの定宿で大好きなホテルの 一つだと、以前、週刊誌にも書いておられた。帰仙するたびに二人のお兄さまたちと 国分町のバーや料理屋をはしごするそうだ。



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