chapter1〜一関で過ごした日々〜
昭和12年に名古屋で生まれ、東京での暮らしを経て、昭和16年、3歳の時に岩手県一関に移り住みました。両親は福岡県博多の出身で、父親は現在の黒川木徳証券の母体である米穀・雑穀を扱う木徳という会社の社員でした。福岡から名古屋、そしてちょうど東京に赴任した頃に戦争が近づき、米穀・雑穀が統制になるということで、父に命令が下り、会社存続のために子会社という形で一関に亜炭鉱山を開くことになったのです。その頃の東北は交通の便も悪く大変遠い所で、両親や姉たちにとっては島流しに近い状態だったそうですが、私にとっては物心がついたのが一関なので非常に愛着を感じています。
3歳から一関第一高校を卒業するまで一関で過ごし、その後、ある獣医大学に入学しましたが、19歳の時に父の炭鉱がつぶれたため中退し、一関に戻りました。それからの2年間の青春を再び一関で過ごしたわけですが、その間に東北の文化に触れることとなりました。その後、再度上京し、いくつかの職業を経て、改めて大学に入りました。その頃から付き合っていたのが、現在の妻なのです。
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