私と東北文化との関わり
●一関と平泉の文化に触れて



夏の須川高原
(栗駒山)

chapter2〜劇団北風〜

 大学を中退し、再び一関に戻った19歳の頃は、今のように地方の若者がみな東京に出てくるような時代ではなかったので、有能な青年が地方都市に残っていました。そういう若者たちは、自分たちの才能や望みなどを発散させる場を求めていたのです。

 一関には「未明座」という劇団があり、田舎の劇団であったけれども農村演劇はやらず、森本薫やモリエールなどを演じていました。それが発展解消して「劇団北風」となり、そこで自分も演劇に携わるようになりました。「劇団北風」も、加藤道夫の名作『思ひでを売る男』など、割と新しいものをやっていたのです。及川和男は当時の仲間です。

 自分が一関を離れて以降も、音楽や演劇や文学のサークルが出来ていたけれども、ほとんどが停滞気味でした。その中で、劇団北風をかろうじて継続していた男が中心になって、劇団四季を呼んで公演を行ったりしていたけれども、やはりかなりの停滞状態だったようです。ちょうどテレビが出てきた時代でしたし、また演劇や音楽を鑑賞することに農村の人々が慣れていなかったことも原因の1つだと思います。今でも地方都市では同じような状況だと思います。

 

談話音声:chapter2-劇団北風

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