富士山よりもっと女らしく
十二単衣の裾を
銀杏の葉をさかさにたてたよう


小説『津軽』の中で、太宰治は岩木山をこう表現した。
「津軽富士」の名で親しまれ、弘前側から見たそのどっしりとした姿が一般にはなじみ深い岩木山であるが、太宰の育った金木町(岩木山の北側)から見ると、また違った姿をみせるようだ。




「岩木山」の観光情報はこちら