恐山といえば、いたこの「口寄せ」が全国的には有名であるが、その歴史は意外に浅く一説では昭和に入ってからともいわれている。 菅江真澄が下北半島を旅した際に綴った『奥の浦々(おくのうらうら)』にも、いたこの記述があるが、それは医療のまじない、うらないをする人であったようだ。