●ニューヨークから東京が見えた
「その昔は別にニューヨークに行きたいとは思っていませんでした。私を初めてニューヨークに連れていってくれたのが、早川書房を興した早川清さんでした。私がアメリカのジャーナリズムやニューヨークに興味を持つようになったのも早川さんおかげです。
 ニューヨークに行くまでは本を読めば分かると思っていました。本からすべてが分かると思っていたのです。ところが一目見てから経験を重んずるようになった。読むことは生きること、なんてとんでもない。
 例えばニューヨークタイムズを買って手に取ったときの感激。それまでは映画でしか見たことがなかったんです。五番街を一人で歩いたときの感激、本屋を覗いて全部、英語の本が並んでいるのを見たときの感激。恥ずかしくて結局、何も買わなかったんですけど。シャワーを浴びることさえ感激してましたから。マンホールから湯気が上がる景色もよかったですね。まさに夢のようでした。
 よくマンハッタンを歩きましたよ。ニューヨークでいかに歩くことが大切か教わったんです。以来、4年前までは毎年行っては1〜2週間滞在していました。住んだことはないんです。私は積極的な性格ではないので、住んだらダメだろうと思うんです。何しろアメリカは積極的な国だから。
 ところでニューヨークへ行ったらエリス島(かつて移民を審査した入国管理局があった)も絶対見るべきです。あれこそアメリカの原点です。ある意味では昔の上野駅に似ているかもしれませんね。いまや東北の玄関口ではなくなりましたけど。
 ニューヨークの中ではやはりグリニッジ・ビレッジが一番ほっとしますね。五番街より気取りがなくて物が安い。狭い横町などにある椅子が壊れかかったような喫茶店が落ち着きます。古本屋で本を買って、そんな喫茶店で本を読んでいると、バーテンが話しかけてくる。もっともチップ目当てで親切にするんでしょうけど(笑い)。
 ビレッジを知ったから平井のような町を好きになるようになったのかもしれません。その意味ではニューヨークから東京を見ることができたといえるでしょう」

 常盤さんは『ニューヨーク遙かに』の中でこう書いている。

(前略)
よくぞまたニューヨークへ来られたと思う。緊張する。
 その緊張は、大原が学生のころ、春休みや夏休みの帰省から上京したときの気持ちに似ている。

 常盤さんにとって東京とニューヨークは安らぎと緊張を与えてくれる場であるようだ。ひとりぼっちという孤独感と同時に、誰も干渉しない気楽さがあるのかもしれない。
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