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| ●アル・カポネへの友情 常盤さんはマフィア研究家としても知られ、多くの著作や翻訳がある。マフィアを調べるようになって常盤さんはマフィアと東北の農民のしたたかさみたいなものが似ていると感じた。 「マフィアというのはシチリアの貧しい田舎から生まれた成り上がりものです。しかも自分が一番ダンディーだと思っているところが東北に似ていますね。実は昨年、『カポネ』というアル・カポネの生涯を追いかけたルポの翻訳をしました。ローレンス・バーグリーンというユダヤ系の作家の作品ですが、私が翻訳した中で一番いいのではないかと思うほど優れた作品です。今年はその下巻も翻訳しました。 その中で私はカポネを一人の人間として扱い、ギャング言葉を普通の言葉で翻訳しました。 カポネには法律の外側であのような生き方をするしかなかったんでしょう。禁酒法という偽善に満ちたおかしな法律の中で、精一杯生きたと思いますよ。 以前、シチリアを訪ねたとき山の上の教会からパレルモの町を見下ろしたら、小さな競馬場が見えた。そのときマフィアも人間なんだなあと思いました。 ある服役中の大物マフィアは小学校しか出ていないが、奥さんは大学卒で相思相愛なんです。善悪では人間を簡単に割り切れないものです」 直木賞受賞後の第一作『アル・カポネの父たち』(講談社文庫『遠いアメリカ』収録)で常盤さんはこう書いている。 カポネのお父さんは善良な働き者だったにちがいない。九人も子供をつくるなんて、いくらなんでも多すぎたし、息子のアルはそういう融通のきかない、実直な父親をさぞ軽蔑したことだろう。イタリア人の先祖に誇りを持たなかったのは、きっと父親を馬鹿にしていたからだ。 カポネは十九歳のとき、妻を連れてシカゴに逃げている。殺人事件で追われてもいたからだが、貧乏な父や家族のいるニューヨークにきっと未練はなかったのだろう。シカゴでべつの人間になりたかったのだ。 常盤さんは当時、カポネと自分を重ね合わせ、父親と故郷から逃避するカポネに同志愛的友情を感じていたようだ。 |
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