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●故郷での経験が一生に影響を与える
世嬉の一酒造では現在、地ビール「いわて蔵ビール」を年間100キロリットル製造し、98年9月にはヨーロッパのビールコンテスト「モンドセレクション」で見事、金賞と銀賞を受賞した。日本の地ビールでは初の快挙である。内海さんはホップの効いたフルーティーなイギリス風ビタービール「ペールエール」が大のお気に入りで、一関を訪れたときは世嬉の一酒造の経営するビアレストラン「クラストン」に必ず足を運ぶという。
さっそく一日の旅の疲れを癒すために香り豊かな地ビールを堪能し、内海さんに故郷や小説を巡るお話をさらに伺った。
……なぜ、一関という故郷を描くのですか?
「それが好きだからでしょうね。『早春の故郷を離れて』(「故郷を描くことは」)にも書きましたが、故郷を描くことは自分の出生、来歴、因って立っているものは何か、を自分自身に問いかけているようなものです。一関を離れてから過ごした他郷での経験や記憶は故郷での18年間を超えるものではなかったということでしょうね。というのも20歳前後までは純粋に自分の生き方を考えている時期だからです。その時代に染みついたものは、その人の一生に影響を与えます」
……ずいぶん、一関を舞台に作品をお書きになられてますが、ネタが切れるということはないのですか?
「書きたいけれど、書いていないことはまだまだありますよ。私の中に引き出しがいっぱいある感じです。必要に応じて、記憶の中からイメージが湧いてくるのです。覚えていないことは同級生に聞くこともありますが、大量のイメージが頭の中に残っています。私の文章が視覚的だと言われるのもそのせいかもしません。私は自分の感動を人に伝えたいのです。だからすべて実体験をベースに書いています。作り物を書く気はありません。人びとシリーズにもすべてモデルがいます」
……いつかは一関に戻っていらっしゃるおつもりですか?
「4、5年前までは一関へ来ても平泉の義弟の家に滞在することが多かったのですが、私の同級生が“蔵ホテル”というホテルを作ってから、ここに泊まるようになりました。最上階の部屋からは田んぼや釣山などが見え、いろいろなことを思い出しました。昔に比べると建物は高くなったり、きれいになりましたが、他はあまり変わっていません。あと5、6年経って孫が小学校に入ったら、妻と一緒に一関に戻ってこようと思っています。昔からそう考えていました」
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地ビールレストラン「クラストン」店内 |

「クラストン」外観 |
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