13.旅の終わりに 〜地ビールを飲みながら内海さんと語る




「世嬉の一」オーナーと
「世嬉の一」オーナーと

●「文学の蔵」で一関の町興し
 町の中心部、磐井川河畔に大正8年創立の歴史ある酒蔵、世嬉の一酒造がある。銘酒「世嬉の一」を生み出しているだけでなく、東北一の規模という土蔵をいまに伝え、伝統的な酒造用具1600点を保存展示する「酒の民俗文化博物館」を併設している。
 レストラン、ビアガーデンには県外からのお客も集まり、四季を通じて音楽会や落語会などのイベントも開催している。
 世嬉の一の前身である酒造家「熊文」にはかの島崎藤村が21歳の頃、しばらくの間、滞在していた。井上ひさしさんも母親や兄弟と一緒に飯場として使われていた世嬉の一の蔵に寝泊まりしたことがある。井上さんは敷地内にできた新星映画劇場という映画館で切符もぎりの手伝いをしながら映画に浸る生活だったという。
 文学者にゆかりのあるこの地でいま、「文学の蔵」構想が進んでいる。
 貴重な熊文の土蔵を改造し、一関ゆかりの文学者たちの業績展示、大槻文彦の『言海』を中心とした古今東西の辞書を集めた博物館、色川武大記念室などを併設するという興味深い活動だ。
 作家の三好京三さんが設立委員会会長、及川和男さんが副会長、世嬉の一酒造の佐藤晄僖社長が事務局長を務め、井上ひさしさんや内海さんなど多くの作家たちが特別会員となって支援している。だが今のところ行政側の協力が得られずに難航しているのが現状だ。


●故郷での経験が一生に影響を与える
 世嬉の一酒造では現在、地ビール「いわて蔵ビール」を年間100キロリットル製造し、98年9月にはヨーロッパのビールコンテスト「モンドセレクション」で見事、金賞と銀賞を受賞した。日本の地ビールでは初の快挙である。内海さんはホップの効いたフルーティーなイギリス風ビタービール「ペールエール」が大のお気に入りで、一関を訪れたときは世嬉の一酒造の経営するビアレストラン「クラストン」に必ず足を運ぶという。
 さっそく一日の旅の疲れを癒すために香り豊かな地ビールを堪能し、内海さんに故郷や小説を巡るお話をさらに伺った。

……なぜ、一関という故郷を描くのですか?

 「それが好きだからでしょうね。『早春の故郷を離れて』(「故郷を描くことは」)にも書きましたが、故郷を描くことは自分の出生、来歴、因って立っているものは何か、を自分自身に問いかけているようなものです。一関を離れてから過ごした他郷での経験や記憶は故郷での18年間を超えるものではなかったということでしょうね。というのも20歳前後までは純粋に自分の生き方を考えている時期だからです。その時代に染みついたものは、その人の一生に影響を与えます」

……ずいぶん、一関を舞台に作品をお書きになられてますが、ネタが切れるということはないのですか?

 「書きたいけれど、書いていないことはまだまだありますよ。私の中に引き出しがいっぱいある感じです。必要に応じて、記憶の中からイメージが湧いてくるのです。覚えていないことは同級生に聞くこともありますが、大量のイメージが頭の中に残っています。私の文章が視覚的だと言われるのもそのせいかもしません。私は自分の感動を人に伝えたいのです。だからすべて実体験をベースに書いています。作り物を書く気はありません。人びとシリーズにもすべてモデルがいます」

……いつかは一関に戻っていらっしゃるおつもりですか?

 「4、5年前までは一関へ来ても平泉の義弟の家に滞在することが多かったのですが、私の同級生が“蔵ホテル”というホテルを作ってから、ここに泊まるようになりました。最上階の部屋からは田んぼや釣山などが見え、いろいろなことを思い出しました。昔に比べると建物は高くなったり、きれいになりましたが、他はあまり変わっていません。あと5、6年経って孫が小学校に入ったら、妻と一緒に一関に戻ってこようと思っています。昔からそう考えていました」


地ビールレストラン「クラストン」店内
地ビールレストラン「クラストン」店内









「クラストン」外観
「クラストン」外観
トップページ
トップページ
  前ページ
前ページ