それぞれの民俗芸能と民謡で、現状課題とその支援の方法は異なっている。一般論で は語れない。今回調査の対象とした5つのケースでさえどのような点が問題でどのよう な解決策があるか、次のようなケースバイケースの方法が浮かび上がった。
(1)黒川能
黒川能の場合は宮座という結束の固い共同体が形成されている。将来において、現在 の宮座が維持できなくなった場合は、次なる仕組みの形成の問題となるが、当面は大丈 夫であると考えられる。伝承者がサラリーマンとなり、時間的な余裕が少なくなった。 また、演能の機会が増えたため、さらに負担が増加し、練習不足にもなりがちである。 そのため遠くへ出向いて演じるのではなく、地元で鑑賞者を集めて公演したいという意 向がある。依頼に対して、地元に呼べる体制作りを支援することが有意義ではなかろう か。また、最近では指導者の不足が問題となっているが、指導のメソッドの開発と蓄積 の支援も必要であろう。
(2)鳥海町獅子舞番楽
獅子舞番楽鑑賞会は伝統的な上演形態の模倣である。それにも関わらず、舞台でやる 競演会よりはるかに魅力的であった。これを外部の鑑賞者のためではなく、地元の人々 に対してもおこなえないか。地元の子供達も、また当然大人であっても、より「本物」 に近いかたちの方が面白いと感じるはずである。伝統的な共同体の年中行事としてでは なく、純粋に番楽を楽しむために開催してはどうだろうか。通常の民家で行うには接待 などの負担が大きいのであれば、会館とは異なる獅子舞番楽を楽しむパブリックスペー スを提供することも考えられる。そこに町の人々が酒や食事を持ち寄り、番楽を通じて 語らう。つまり言葉は適切でないかもしれないが、上演の場である民家をも「模倣」す るのである。ここで重要なことは、獅子舞番楽を観光のツールとするための体制を考え る前に、まず講中に入っていない町の人も含めてコミュニティを形成することが、その 中心に存在する獅子舞番楽を民俗芸能として生き生きさせるために必要なのではないか という点である。地域に支えられ、楽しませている構造がなければ、民俗芸能は続かな いのである。
(3)横手市金沢の掛唄
掛唄の保存会は地元の共同体との関わりが薄く、サークルといった方が適切である。
継承者の育成が難しいのは、鑑賞者が限られ、また、掛け唄大会そのものが地元でも知
られていないことに起因していると思われる。まず、大会そのものの認知度を高め、当
日大勢の人が会場である金沢八幡宮に集うようにするためには、少なくとも地元での宣
伝広報活動が必要であろう。支援としてはこれらの宣伝費補助および宣伝活動自体を請
け負うことが考えれる。
この掛け唄を中心にコミュニティを形成するためには、見る側も演じる側も楽しく感
じれらる仕掛が不可欠である。もともとこれは娯楽としておこなわれていた芸能である
上、掛け合いという最もお互いのコミュニケーションを必要とするものであることから
、演出次第では「共通の楽しみ」となる可能性を多く有している。それは大会の審査時
間の合間に、会場を巻き込んだ自由な掛け合いが楽しく行われていることからもわかる
。奉納とは別の大会をおこない、コンペティションの審査基準のヴァリエーション化を
図ることはできないだろうか。例えば、観客が選ぶ優秀賞とか、若手だけの賞とかを設
立するといったことが考えられる。
(4)三春町三匹獅子
三匹獅子は技術的に見ても芸能の内容をみても、観光化を図るためのツールとして用 いるのは難しいであろう。しかしながら、神社に集まった人々は幼児から老人までを含 んだ、紛れもない地元の住人で、自分のムラの祭りを中心としたコミュニティの姿があ ったと思う。このような、地域の人々が自ら楽しんでいる民俗芸能への支援のあり方は 、基礎的な部分から始めることが重要なのではないだろうか。すなわち、入手が困難に なった道具類の調達やそのための資金援助などである。また、より人々が集いやすい物 理的な空間環境の整備も考えられよう。
(5)会津若松市玄如節
玄如節の場合は既に「生きた」芸能としての継承はかなり難しい。すでに不可能かも しれない。そこで課題としては、第一に、いかにいい状態で玄如節を残すかということ が挙げられる。そのためには玄如節という芸能を理解し、愛着をもってそれに接するこ とができる人材を育てる必要がある。その手始めとして玄如節そのものを知らなければ ならず、支援の方策としては芸能の歴史的背景や経緯を含めた徹底的な再調査をおこな うことが考えられる。また、唯一の伝承者である猪俣トメノさんを囲む会などを催し、 貴重な生の玄如節に直接触れることで興味を持つ人を徐々でも増やしていくことも有意 義であろう。まずは問題意識の喚起である。
このような問題意識のなかには、外部の人間だから持つことができるものもある。例 えば、玄如節のようになくなりつつある芸能を、伝承者達は時代の流れと受け取って、 あえて事を起こそうとしないのが普通である。民俗芸能や民謡の価値は、外部からの指 摘があって初めて気づくことが多い。はっきりと問題意識があり、どのような支援が必 要か自覚できている保存会なら、もうそれでほとんど課題が解決できたようなものであ る。問題意識がないまま、ある日突然伝承者が高齢化してできなくなり後継者も育って いないということが一番厄介である。まず、問題意識を持ってもらうことの指導から始 めなくてはならないのではないであろうか。