「伝統民族文化の継承と支援」―日本文化の創造と地域の創造―  目次  前項  次項
本論 伝統民俗文化の継承と支援
III 伝統民俗文化の支援の意義

1 伝統民俗文化の社会的機能

 民俗芸能はそれを伝える地域社会を精神的に統合する機能を持っていると言われてい る。いわゆるアイデンティティ形成あるいはコミュニティ形成の機能である。確かに、 今回調査した三春町でもアメリカの姉妹都市ライスレイクへ太鼓の芸能を持って行って 披露している。また、ライスレイクから訪れたアメリカ人にさっそく長獅子を見せてい る。このような異文化を持つ人々との付き合いなどという極端な例でなくても、アイデ ンティティを発揮し、確認することの必要なとき、すぐにも民俗芸能が持ち出される。 今日ではムラの境界を越えて毎日職場へ通い、学校へ通う。そこでよそのムラの人と共 同作業をすることになる。そうなってくると、ムラというアイデンティティの表出の方 法は、結局民俗芸能だけになってしまったといっても過言ではないであろう。アイデン ティティというのはつまり、平たく言うなら「私は仲間なのだ」ということであろう。
 東北地方では男性だけに、しかも長男だけに参加が許される民俗芸能が多い。「次男 ・三男に教えるとよそへ持って行かれる」から教えないという言い方をよく聞く。確か に、跡継ぎ以外は、ムラを離れる可能性がある。しかし、ムラのなかで分家したり、労 働力として一生を終える者もいたはずである。にもかかわらず、「長男だけ」だったの は農村では過去において、民俗芸能に参加することは、家督の相続者であり、農業経営 権の後継者であるための必要条件であったからである。そして、民俗芸能を通して、将 来のムラのリーダーが育てられ、リーダーを取り巻くネットワークを育てるという現実 的な教育機能も持っていたのである。むしろ、このようなムラの仕組みを構築するもの としてあったといえる。
 このように民俗芸能や民謡が持つ機能は1つではない。それには次のようなものが考 えられる。

[1]信仰の機能
[2]共同体に適応させるための教育の機能
[3]共同体を統合する機能
[4]アイデンティティ確認の機能
[5]男女を結びつける機能
[6]娯楽の機能
[7]芸術の機能
 1つの民俗芸能に、これらの機能のうちどれか1つだけが作用しているのではない。 全部が平等に発揮されることもあれば、このうちのいくつかの機能が組み合わさって発 揮されることもある。あるいは1つだけ突出していて、信仰の機能が著しく強いものも あれば、芸術の機能が強くなっているものもある。
 最近の全体的傾向として、『[1]信仰の機能』が薄れてきている。それは祭りの前の別 火精進があまり取り沙汰されなくなったなどというところに現れている。現代において 純粋に信仰心から民俗芸能を続けていくことには難しいものがある。むしろ、これを「 続けたほうがより望ましい」というメンタリティのほうが、継続の力になっている。こ のメンタリティというのはつまり、今自分たちの代で途絶えさせてしまうことに対する 後ろめたさとか、先祖への申し訳のなさという心持ちである。しかし、この場合そのよ うなメンタリティを持つのは、既に演じていて次の代に伝承する側の人間であって、こ れから伝承される側の人間はあまり責任を感じていない。また、信仰と深く結びついて いるからこそ、行われなくなる民俗芸能があることも確かである。
 『[2]共同体に適応させるための教育』の機能と『[3]共同体を統合する機能』は、共同 体の生業が農業から他に変わったために、その機能も質が変わってしまった。つまり、 共同体としての農作業の実施のロールプレーイングの役割は変わってしまったといえる 。しかし、新しい共同体に対して、新たな役割として作用しているといえる。  『[4]アイデンティティ確認』の機能は、最近の村起こしの「一品一村」運動が民俗芸 能や民謡に及ぼした影響のおかげで非常に強調されているが、この機能は今日では大き な意味を持つものとされる。
 『[5]男女を結び付ける』機能については、かつてはあったが今はないという話ばかり を聞く。農家の嫁不足がいわれ続けているのだから、この機能を夜這いなどではなく、 新しい形で発揮できないものであろうか。せめて、祭りの日は学校を休みにして、若者 達も芸能の場に引き込みたいものである。
 『[6]娯楽』の機能は両面性を持っている。1つは、他にもっとおもしろい娯楽、例え ばテレビや映画、コンサートなどが溢れているので、民俗芸能や民謡はつまらないとい うものである。反対の意見は、自分や知人縁者が参加しているのでおもしろいというの である。これは参加性の問題である。野球やバレーの試合、さらには運動会の娯楽性の ように、実際に飛び込んで行ってみると楽しくなるものである。民俗芸能などに興味が ないといわれている現代っ子でも、憧れの先輩が出るとキャーキャー集まって、ムラの スーパースターが誕生するなど、人気者の活躍の場でもある。
 『[7]芸術』の機能も強くなっている。民俗芸能や民謡が、舞台芸術として演じられる 機会も増えている。日本青年館や国立劇場の舞台にでることがあると、楽屋ではどこの 伝承団体でも念入りな打ち合せがおこなわれ、ゲネプロが終わってからも練習に余念が ない団体さえある。芸の質の向上をめざす伝承者は多い。舞台芸術化に向かってしまっ た民俗芸能や民謡もある。特に民謡はプロの民謡歌手が歌うようになり、民謡の場が変 質していることが指摘される。この『芸術』の機能は、そのもの自体が芸術化しなくと も、芸術に多様な形で影響を与えている。素材として多様な活動にとり入れられている 例は多い。
 最近では、この7つの機能以外に、観光産業資源として「経済活動を活発にする機能 」などというのを加えなければならないかもしれない。
 学校制度ができると[2]と[3]ような共同体に対する機能が忘れられていたが、最近再び 人々の意識に上るようになってきた。学校教育の中では教えきれないこと、教えられな いことがあったのに気づいたのである。いずれにしても、機能別に民俗芸能や民謡を眺 めていくことは、今後の支援の方策を考えるに当たって、その支援がどのような効果を もつものであるのかを考えていく上で有効なものである。民俗芸能や民謡は、このよう な生活者や地域に対する多様な機能をもつところが、いわゆる芸術文化活動と異なると ころである。生活や地域に根ざす文化が今後の社会にとって重要なのは、このような機 能があるからであり、それがこれまで弱まっていた地域社会の活性を新しい形で呼び戻 すことにつながるからである。


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