(1)伝統民俗文化の認識転換へ
前章までにみたように、日本の伝統民俗文化は必ずしも良い状態にはない。日本の文
化状況のなかで片隅に追いやられ、その支援についても充分な対応がなされているとは
いいがたい。伝統民俗文化に対する正当な評価が地域の人においても、一般の人におい
ても必ずしも認識されていない。また、行政においてもその対応は不十分なものに留ま
っている(終論参照)。
伝統民俗文化も他の伝統文化と同様に、過去の『遺産』であり、それを『保護』し『
保存』するものであるという認識が一般的である。それはどちらかといえばマイナスの
イメージであり、将来への展望はないといったとらえ方がされているといってよい。
そのような状況のなかでの、伝統民俗文化への支援は、単に資金や物品を提供すると
いうことだけでは充分な成果を産まないのである。それは、『保存』することには意味
があるとしても、『伝統の先端としての現在』における『創造的な』文化活動としての
伝統民俗文化本来の姿を活性化していくことには寄与しないからである。伝統民俗文化
は人々の文化的創造の基本にあって、伝統的な継承を経ながら常に同時代性をもって創
造され、変化し、現在に至っているものである。それは人々の日常的な創造性の発露な
のである。それが変化してはいけないもの、守るもの、創造ではなく維持であるといっ
たとらえ方がされるのは極近代においてのことである。
そのような伝統民俗文化の現状にに対して必要なのは資金や物品ではなく、伝統民俗
文化の持つ素晴らしい価値とその意味を地域の人や一般の人に知らせ、それを地域の人
が具体性をもってその創造的継承のために動き出すことに対する支援なのである。
現在のような『保存』の発想に立った活動を変えていくには、地域の中の人だけで対
応していくのはなかなか困難である。全国的なあるいは普遍的な立場から、その文化の
意義と価値を評価し、その意味を説く必要がある。そのことが、実は大きな支援となる
のである。そもそも伝統民俗文化は地域のなかの内発的な活動であり、地域のなかに活
性への原動力が無い限り継続していかない。伝統民俗文化についての正しい認識と自信
を与えることが大きな支援なのである。過去の形を守るものではなく創造していくもの
であり、それぞれの地域の文化は特殊なものではなく、固有の創造性をもった価値ある
ものであることを理解することが重要である。それにより、地域アイデンティティが形
成され、伝統民俗文化に対する誇りと自信が生まれていくのである。これが今日の伝統
民俗文化に対する支援の第1歩ではなかろうか。
この前提がみたされない限り、安易な支援はむしろ不健全な状態を継続させ、自律的
な活性化の道を閉ざすことにも成りかねない。
(2)自律的な活性化の意義
第1の前提が達成された次には、地域のなかでの自律的な活性化の仕組みづくりへの 支援が重要になる。それは実態把握、記録の作成、技法の抽出といった作業から入り、 それを教え覚えるための組織を作ることが次にある。このような段階で重要な要素が2 つある。「世代間コミュニケーションの実現」と「新しい人間関係の形成」である。
[1]世代間コミュニケーションの実現
高齢化社会はどの地域でも大きな問題である。そして高齢者こそが現在においては伝
統民俗文化を継承している人材である。地域のなかでの継承の仕組みづくりは、この高
齢者と子供を含めた若い層との交流から出発する。伝承者の語りや唄や踊りを見て、そ
れを記録する、といったことから始まる。判らないところは長老に聞く、地域の中を調
べるといった作業は、これまでとかく分離していた高齢者と若者、子供たちといった間
に会話を発生させるものとなる。このような世代間のコミュニケーションを産みだして
いくのである。
[2]新しい人間関係の形成
同時に、伝統民俗文化活動を介した人間関係を発生させる。農業など一次産業を基本
とした地域社会から多様な職業化した今日では地域の人間関係も分断されるようになっ
てきている。文化活動を介した人間関係の形成は、これまでの地域の人間関係にさらに
新しいつながりを発生させていく。
このような効果を発生させながら、地域の活性化のもととなる意識共有やコミュニテ
イの形成がなされていく。それが伝統民俗文化を支える基本ともなっていくのである。
このプロセスにも、適切な指導者や、そのような地域の人を集め活動をリードしてい
く人材が必要となる。このような人が地域の中にいればよいが、一般的には適切な人が
存在せず、また、地域の人であるとかえっていろいろなしがらみから自由な活動ができ
ないこともあり、外部の人が入ることが有効である場合が多い。
これは指導者というよりも、地域の人同士を会話させ、結びつけ、円滑に共同作業を
行わしめる人、インタープリター(仲介者)であることが望まれるのである。このよう
な人材の提供のための支援が強く求められている。
今求められる支援とは、このような地域を動機づけ、一緒に考え、自律的な活動を始 動させていくための支援であり、それはお金の支援ではなく、知恵の支援なのである。